ドリームタイム 2
トンネルは、何処までも暗く、果て無く続いている。シドレアのダイレクト接続に身を投じて、気づけばこのトンネルにいた。
入り込んで、どのくらいの時間が経ったのだろう……。
接続限界可能時間の五分など、とうに経過しているのではなかろうか?
絶える事なく、前方から吹き付ける生暖かい風に押し返されながら、トンネルの先にある僅かな父の気配だけを頼りに、サニは進んだ。
……パパ! ……まって、パパ!! ……
サニの渾身の叫びが、空間を開く。
眼前に人影が浮かび上がる。
……パパ⁉︎ ……
暗闇で振り返ったのは、父、ファビオとは、まるで違う、しかしよく知った長髪、無精髭の顔だった。
……待ってたぜぇ……サニ……へへへへ……
……あんた⁉︎ ケビン⁉︎ ……
ケビンは、舐め回すようにサニを見つめている。後退りするサニの肩を、がっしりした手が掴む。ハッとなって、サニは振り返った。
……オットォ〜〜、オレたちも忘れねぇでくれヨォ〜〜……
一人は、酒瓶を片手に、髭面の顔を赤らめた、町で暮らす太めのアボリジナルの男、そしてもう一人は、小綺麗なスーツを身に付けた、比較的整った顔立ちの若い白人の男だ。
……ディック、ジョン⁉︎ ……なんで、アンタたちが出て来んのよぉ!!……
……何言ってんだぃ⁉︎ 呼んだろぉ〜〜? 『パァパァ』って……
……ふ、ふざけんな! 消えろぉ! ……
サニはもがいて男たちの手を振り解こうとする。その度に男の手が、肩にめり込んでくるようだった。
……そう言うなって……ディックが酒臭い息を吹きかける。サニは咄嗟に顔を背けると、反対側からケビンの顔が覗き込んでくる。
……俺たちが、可愛がってやるよ〜……さあ、こっちへ来い……
……い、いや!! ……いやあああ!! ……
三人の男どもに、サニは、闇が一段と深くなっている方へと引き摺られていく——
「ぬっ……く……やだ……やめて……」
PSI-Linkインターフェースモジュールの光に包まれたサニは、目を瞑ったまま、キャプテンシートの上で身悶える。悪夢にうなされる、まさにそれだ。
「サニ先輩……ミア、敵は⁉︎ 敵はどこ⁉︎」
クリバヤシは、通常PSI-Linkインターフェース
モジュールに左手を乗せたまま問う。ミアもまた、同様にしながら、意識コントロールで、レーダー領域を隈なく探索している。
「ダメ! 波動収束フィールドの変動に紛れて……いや、この波そのもの? ……通常レーダーではとても補足できない」
船へ何らかの力が働き、身動きが取れない。PSI-Linkダイレクト接続によるPSIバリアの最大稼働も、それに掛かる四人の心身に、強い圧迫となってフィードバックされている。
五分も持たないかもしれない……ふつふつと湧き上がる、最悪の事態をクリバヤシは、首を振って消し飛ばす。
「急いでくれ……<アマテラス>」
****
男たちの手が、全身を弄り、ベトベトとした不快な感触に舐め回される。サニは必死に声を上げた。
……パパ! ……助けて、パパ! ……
…………だぁかぁらぁ〜! 俺たちがオマエのパパさぁ……楽しもうぜ……
男たちのただひたすら己の欲望を満たそうとする行為には、愛情の欠片もない。サニは、その事を痛感していた。
もみくちゃにされる中、サニは再び、あの低く唸る音を聞く。
……うぅ……これは! ……これは、パパのディジュリドゥ? ……どこ⁉︎ ……
何とか群がる男達を突き放し、音のする方へと駆け出そうとするが……
……おおっと、逃がさないぜえー……
サニは、ケビンに腕を掴まれ、引き戻される。
……そんなんよりさぁ、オレたちのほうがいいさぁ……
……ほれぇ、タァっぷり味わえよぉ〜……
三人は、何処からともなくディジュリドゥを取り出して、これよこれとばかりに、見せつけてくる。それぞれの体型や人格を表すかの如く、三者三様のグロテスクに歪んだ形のディジュリドゥ。表面には、酒、女、金……彼らの趣向をそのままに描いたペイントが、浮き上がっている。
……な、何でアンタたちまで、それを……
……当たり前よ……男なら皆、持ってるもんさ……グヒ、グヒヒヒヒ……
ディックはニヘラ笑いを浮かべながら言った。
三人は、ディジュリドゥの吹き口をサニに向けながら迫る。
……ほぉら、吹けぇ、吹いてくれよぅ〜〜……
「や……やめ! ……うっぐっ……」キャプテンシートのサニは、息苦しそうに苦悶を浮かべている。
「サニ先輩! ダメだ! シドレア! 強制解除!」
クリバヤシは、シドレアに向かって叫ぶ。
『コマンド拒否。外部からの操作はロックされています』「なに⁉︎」
……ヒィイヒヒ! ……うひゃはははー! ……
……こいつはいいぜぇ〜〜……
暴行魔らは、各々のディジュリドゥでサニの全身を嬲り続ける。サニは必死に抵抗するも、次第にその力を失っていった。
****
「波動収束フィールド、力場変容⁉︎ シドレアを通して、サニの無意識が干渉している⁉︎」
ミアが報告を上げる。レーダーは、波動収束フィールドの変動場に、サニのPSIパルスを検出していた。
『……うっぐっ……うぇええ……ママ! ……
……助けて、ママァ!!』
「音声が!」
サニの心の声が、自動的に音声として認識されていた。モニターには、波動収束フィールドが感応し、人影のような形がうごめいているが、定かではない。
『……呪いだよ』低く澱んだ声が、ブリッジに忍び込む。
『…………サニ……お前……ディジュリドゥを吹いたね……ファビオのディジュリドゥを……』
『ママ⁉︎』『……これは、その報いさ』
『えっ⁉︎ な……何の……こと?』男達の暴行に耐えながら、サニは母の言葉を何とか聞き取ろうとしていた。
『ディジュリドゥは、女が吹いていい楽器じゃない……それを、お前は……』ブリッジに再現された、ロワナの音声には、憎悪が滲み出ていた。
『アタシ、知らない! そんなこと!!』
『いいや、吹いたのさ! ディジュリドゥを!! ワタシのファビオの!! ……お前は、一生、子を産めやしない……』
『!!』母のその言葉と共に、一瞬、何かの光景が見えた気がした。その瞬間、サニを取り囲んでいた男達の姿が消え失せる。えづきを覚えながら、辺りを見回すサニ。
『……堕ろせよ……』
背後から声がして、振り向く。椅子に腰掛け、ギターをだらしなく爪弾く、虚な目をしたケビンがそこに居た。
『……え……ケビン……そんな……』
腹のあたりに、違和感を覚える。サニはそっと手を添えていた。
『いいから、堕ろせ! そして、オレの前から消えてくれ!』ケビンは目を合わせる事なく、吐き捨てた。
『ケビン……』
<クナピピ>の皆は、サニの心象の会話に、言葉を失う。
<クナピピ>の警告アラームがけたたましく鳴り響く。船への何者かの『攻撃』は、まだ続いているのだ。
「くっ! 皆、もっと集中して! PSIバリアが破られたらお終いですよ!!」クリバヤシは、動揺を腹の内に呑み込んで、叫ぶ。
副長の一声に、<クナピピ>のブリッジが再び、PSIバリアの維持に集中を戻す中、サニの両目がうっすらと開く。その青き瞳は、光を失っているかのようだ。皆、その様子に気づくことはない。
サニの口元が小さく動く。
「……さよなら……アタシの……」
サニの頬を生暖かい雫が、つたい落ちていった。
****
灯篭の影が、水瓶の水面で揺れる。水面に波紋が一つ、拡がってゆく。
熾恩の介抱部屋に持ち込まれた水瓶を囲んで、座禅を組む小夜、盈月、そして夢見頭は、深い瞑想に入っている。
横になったままの熾恩を囲む、看護を命じられた、三人の尼、そして術の支援に集められた数名の尼達は、夢見頭ら三人を固唾を飲んで見守っている。
夢見頭の目が薄らと開き、口元には微笑が浮かぶ。
「落ちたな……」
小夜、盈月は、その言葉に気づくことはない。彼女達は深く意識を落としたまま、あの奇妙な大木の如き船の相手をしているのだろう。
夢見頭は、懐から呪符を一つ取り出すと、水瓶の水面へと、念を込めながら差し出す。
「……お休みなさい。二度と起きることなく……禍ツ神子よ……」
「んっ⁉︎」
水面の波紋が一つ、また一つと増えていく。
「これは⁉︎」
二条の光の螺旋が、<クナピピ>の船体の両脇を掠め飛び、空間を切り裂いた。<クナピピ>のクルーらは、唖然とその光の束を見送る。
光の束が、波動収束フィールドの二点にぶち当たると、その周辺が激しく流動し、座禅を組んだ人のような形が、大きく姿勢を崩すのが見えた。
「嗚呼!」「っう……」板間に倒れ伏す、二人の尼。
「盈月様! 小夜! ……何が……頭⁉︎」
傍で熾恩の看護にあたる三人は、動揺に震えながら、彼女らの頭を伺い見た。
徐に、夢見頭の両目が見開かれる。
「ふふ……来よったな……異界船!」




