クナピピ 5
たちまち、ブリッジ全天型モニターが、何かの形を描き出す。赤・橙・黄・緑・紫・藍・青と言ったグラデーションに色づいた空間に、無数の白い点、何かの生物のような黒い影、線や曲線で描かれるパターンが浮かび上がり、グラデーションのように形を変えながら、ゆったりと揺れている。
「す、すげぇ」「時空間、半径約一キロ相当の範囲で、安定し始めた。隊長でも苦戦してたのに……」「チ……」マヤとミアは感嘆し、エリックは舌打ちする。
「サニ先輩……」クリバヤシが心配げにサニを見つめていると、インターフェースモジュールの発光が落ち着きを取り戻してくる。
「うっ! ……はぁ……はぁ……ど、どう?」
目を開いたサニは、言いながらモニターを見回す。まるでアートの世界に迷い込んだような空間の様相に息を呑まずにはいられない。サニは、この世界に、どことなく懐かしさを感じていた。クリバヤシもまた、空間の描き出すアートをどこかでみたような気がして、呆然と見つめていた。
「……通信は?」意識して、気持ちと呼吸を整えながら、サニが問う。ハッとしたクリバヤシは、さっそく通信の調整に取り掛かる。
『……ちら……MC……こちら、IMC。ライラだ。応答せよ、<クナピピ>』
ブリッジに響く、聞き慣れたハスキーボイスに、オセアニアチームの一同は、ほっと胸を撫で下ろす。
「こちら<クナピピ>! 通信回復した。どうぞ」クリバヤシが応答した。
『……よかった。時空間転移は問題なく跳べたようだな。波動収束フィールドも展開済みか。いい判断だ』
映像回復した通信モニターには、ライラ、モーガン、ロワナらの姿が見える。
「時空間変動率が高まっています。通信回復させるためにも波動収束フィールドを展開せざるを得ませんでした。サ……サニ先輩の判断です」クリバヤシは、伏せ目がちに言った。
『センパイ……?』「あ、いえ、サニの」
『了解した。シドレアも動いているな。シドレアのメモリーバンクにこれまでの調査データが蓄積してある。ファビオの魂の固有PSIパルスは掴みにくいが、データからある程度、調査ポイントを絞れるはずだ。それを頼りに、まずは、ファビオとのリンク形成を!』ライラは、素早くサニに指示する。
「了解よ。シドレア、さっそく、調査ポイントを割り出して」
『了解……優先ポイントをスキャン……特定しました』
「ミア! ポイント探索! PSIパルス照合!」「了解よ……かなり微弱だけど……パターン判定できた! ビンゴよ!」
「つないで、シドレア!」
『PSIパルス接続……試行……エラー……再試行……エラー……』
「ちっ!」何度も繰り返される接続エラーに、サニは苛立ちを隠せない。そうしている間にも、父のPSIパルスは、検知レベルが下がっていき、全天モニターに描き出された空間の様相もまた、意味を失いつつある。
「先輩! サブ・アンプ・ペタルを! 特定したPSIパルスを増幅できます!」「OK! シドレア!」
<クナピピ>の中央付近の、やや小ぶりの四枚のパネルが開く。これによって、観測可能レベルを切りそうなファビオのPSIパルスは、ギリギリで補足できる。
「誘導パルスは使えたわね⁉︎ 引っ張り上げるよ!」「わかりました! マヤ、頼む!」
「了解! 対象者のバイオパラメーターを誘導パルスにセット。放射、開始!」
マヤの操作によって、<クナピピ>全方位へ、誘導パルスが放射される。シドレアの監視モニターに描かれるPSIパルス波が、次第に隆起し始めた。
「さぁ、来なさい! アタシが誰かわかる? あんたの娘よ! 少しでも覚えているなら、出てらっしゃい‼︎」
再び、シドレアとのPSI-Linkレベルを上げながら、サニは呼びかけた。
『エラー……エラー……』
「何度でもリトライよ! シドレア! ……アタシの……⁉︎」
突然、サニの全身を電流のような感覚が走り、内側から震わせる。それが、あの音であることにサニは直ぐに気づいた。
「……まただ……聞こえる……」
「アン・ノウンPSIパルス! パターン照合! 昨日のやつよ!」ミアの報告に、エリック、マヤ、クリバヤシが、腰を浮かして息を呑む。
『何だって⁉︎ サニ! 一旦、同調中断だ! 私をイカれさせたPSIパルスだ! シドレアで受けたら、お前も!』ライラが通信モニターの向こうから、サニに向かって叫んだ。
「うぅ……くぅ……シドレア! 音声変換!」『サニ!』「だ、大丈夫……」
『パルス判定……可聴領域にて音声変換可能。出力します』いたって冷静なシドレアは、サニの命令を淡々と実行する。
程なく、サニに聞こえている音が、次第にブリッジに響いてくる。低く唸る音だ。
「なんだ、音⁉︎」「このPSIパルスの正体は、音だったのか?」エリックとマヤ、ミアは耳に入ってくる音に、困惑顔を浮べている。
クリバヤシは、その音を知っている気がしていた。
「こ、これは……そうか! ディジュリドゥ!」
サニは、ハッとなって顔を上げた。
「ディジュ……なんなの、それ?」ミアが問う。
「アボリジナルの楽器だよ。何度かファビオさんが、鳴らしているのを聞いたことがある。そう、この空間のアートも……ファビオさんの楽器に描かれていたものだよ、きっと!」クリバヤシは、シドレアの開発初期の頃、ファビオとは何度も顔を合わせていた。その頃の記憶が蘇る。
「なら、この音は……」「時空間がこうも入り乱れてちゃ……特定は難しいよ。とにかく……対象者の深層無意識から来ているみたい」ミアは、レーダーモニターを覗き込みながら言った。「でも、これが楽器の音、音の波形だったとはね。ファビオのPSIパルスといくら照合しても、気づかなかったわけか」一人納得したように、ミアは何度か頷いている。
「ディジュリ……ドゥ……ファビオ……」IMCでミッションをモニター越しに見守るロワナは、唇を戦慄かせていた。
「どうした、ロワナ? 具合が悪いのなら、無理はするな」顔を青ざめさせるロワナをモーガンは気遣う。「いや、大丈夫だ……もうしばらく、ここで……」ロワナは、力無く言った。モーガンは、無言で頷く。
「身体は動かなくても……きっと、ファビオさんはずっと吹き続けてたんだ。魂が……ディジュリドゥを」クリバヤシの胸に心と身体の自由次第にが利かなくなっていきながらも、懸命にディジュリドゥに息を吹き込んでいるファビオの姿が去来する。
「それをアタシも受け取っていた……」ここ数日、聞こえていた音、それは死を間近にした、父の助けを求める声だったのだろうか……いや、そんなことより、もっと大切な、何かを……サニの胸中に湧き上がる想いの中に、一際、異質な、禍々しいものが紛れ込んでいることにサニは気付く。身体が戦慄き始める。
この、沸き立つ黒い感情は、憎悪⁉︎
……見ぃつけ……た……
「何⁉︎」確かに声だ。サニは咄嗟に顔を挙げ、周囲を警戒する。
「せ、先輩?」クリバヤシもサニが警戒するものを見つけ出そうと、モニターを見回す。
……くそ、アマァァァァ……
声は、サニの胸の内に、より鮮明な言葉を吐き出している。<クナピピ>が、何かに反応し始めたのか、ブリッジが小刻みに揺れ始めた。
「こ、今度は何だ⁉︎」エリックは、操縦桿を硬く握り、ミアはレーダーを仕切に切り替えて、何らかの反応を伺う。
『警告。警告。警告。波動収束フィールド外縁に、強力な指向性思念波を探知! フィールドが干渉を受けています』全天モニターに警告アラームが立ち上がるとともに、シドレアの乾いた合成音声が、ブリッジに響いた。




