クナピピ 2
「<クナピピ>、次元エントリー完了! 現在、[現象境界]、セカンド・ジーランディア沖合、水深200メートル近傍の余剰次元に反応確認! 通信、回復します」オペレーターの報告が 、オセアニア支部IMCの緊張漲る沈黙を破る。
「よし、繋げ」室内に安堵の空気が戻るのを待たず、モーガンは指示を飛ばした。正面の大型パネルに、<クナピピ>のブリッジが映し出される。
『こちら、<クナピピ>。副長、クリバヤシです。船体各部良好。エントリーダメージは有りません』「シドレアは?」
『はい、現状、通常航行モードで安定稼働しています。マルティ……サ、サニ……とのリンケージも、今のところ問題ありません』
ミッションの立ち合いを許されたロワナは、クリバヤシの報告に、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「そうか。ファビオの容態は分刻みで悪化している。転移座標を送った。時間が惜しい。一気に個体深層無意識レベル4まで跳んでもらう。いいな⁉︎」モーガンの隣席から、ライラはさっそく指令を下す。
「おい、マジかよぉ。のっけからヘビィだぜ」エディは肩をすくめて言った。
『やれないの? エリック』モニターの向こうから、眉を吊り上げ、目を細めたライラが覗き込んでいる。
「ん、んなこたぁねぇすよ! け、けど、お客さんにはキツいかと思ってね」エリックは、言いながらサニを一瞥した。
「気にしなくて結構。転移時のハーモナイズ調整は慣れっこよ」自身に合わせて、コンソール周りのセッティングを調整しながら、サニは返す。
エリックは、舌打ちして操縦桿を握り直した。
「言ってくれる。それなら遠慮なく。ミア、指定座標確認は?」
「問題無しよ。ただ、ファビオのPSIパルスがどんどん減衰している。急がないと」
「オッケー、んじゃ、とっとと行きますかね! 時空間転移座標セット! カウント30!」
「行きますよ、転移が終われば、さっそくシドレアの出番です! いいですか?」クリバヤシは、後方を振り返って、一段高い位置にあるキャプテンシートのサニを仰ぎ見た。
「……」サニは、作業の手を止め、ボンヤリと上方を見上げていた。
「……サ……サニ……さん?」クリバヤシは、サニの視線の先を追う。
ブリッジの壁面、全天型の球状モニターには、現象界(物質界、この世)の様相と大差無い映像が映し出されている。現象境界と呼ぶこの次元域は、インナースペースの最浅部であり、この世を構成する情報そのものの世界であると言える。
そのモニターの中に、クリバヤシは、サニが見つめる、ゆらゆらと揺蕩う青白い光の円盤を認めた。
「……今夜は……満月……」
その光を見上げたまま、サニは、誰にともなく一人、呟いていた。
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「……なん……だ……なんな……んだ……よぉ……オメェは……うっ! ……」
わずかな灯りが木板の壁面に作り出す、光溜まりの中に、中空に何かを掴み取ろうともがく手影が震えている。
「し、熾恩様! お気を確かに!」寝間着姿の中年程の尼が、板間に敷かれた布団に寝かされた、熾恩の手をしっかりと握りしめ呼びかける。苦悶を浮かべる熾恩の、蝋燭の灯りに照り返る首筋、額に滲んだ汗、はだけた寝間着から除く、若々しい肌艶の胸元——女はまじまじと見つめながら、生唾を飲み込む。
「わ、私目が」手を握りしめたまま、女は熾恩の傍らに身体を添わせてゆく。
「ちょっと、何やってんの、あんた! 今日はワタシの担当!」熾恩を挟んで向かいに座していた、同じく寝間着姿、痩せ型で神経質そうな女が、すかさず、年増女の肩に掴み掛かり、引き離そうとする。二人は熾恩を挟んで火花を散らす。
「はいはい、どいてくださいな、二人とも。相性はワタクシが一番。ここは一つ」熾恩の足元に座していた、もう一人の饅頭を積み上げたような女が、にこやかな表情のまま、立ちあがろうとするが……
「スッこんでろ、ブスが!」年増女と、神経質な痩せ女は、同時にその豊満な女を睨みつけた。
「うぅ……うう! ざけんなぁああ、この、クソアマぁあああ‼︎」うなされた熾恩が突如叫ぶ。驚いた三人は、三人揃って仰け反り、床に尻を打ちつけた。
「クソアマ」「いえいえ」「いや、アンタでしょ」三人は、順に互いを指差し罵り合っていたが、部屋に人が入ってくる気配を察っすると、途端に口を閉ざす。
「三人とも、お退きなさい!」
最初に部屋に入ってきた年配の尼の姿を見るなり、三人は、低頭のまま後退りする。年配の尼の後ろから、あと四人の尼姿の女性達が入室してきた。
「か、頭⁉︎」その中に、夢見頭の姿を見た年増尼は、さらに深く頭を下げる。
「小夜……お前ぇ……」神経質な細身の尼は、夢見頭の後ろに控えている、あどけなさを残す少女を睨みつけた。
「先ほどから熾恩様は、何かを感じ取っておられたご様子。故に頭をお呼びしたまで……お気付きではございませんでしたか? お姉様方は?」小夜は、臆する事なく、抑揚の無い声で返答する。
「チ……」「と、当然……」「こ、この程度のことでお頭をお呼びしては……」三人は、低頭のまま、モゾモゾと言う。
「いいえ。よく知らせてくれました、小夜。熾恩の魄は、だいぶ癒えてきておる。しかし、心に抱え込んだ何かが、目覚めを拒み、意識を異界深くに置き去りにしている。それは何か……」
夢見頭は進み出ると、うなされる熾恩の枕元に膝を下ろし、荒っぽい呼吸に上下する熾恩の胸の辺りにそっと手をかざす。
「ん……? この気配……もしや……」
夢見頭は、ずっと立ち上がると、連れ立ってきた尼僧らの方へ向き直った。
「夢見じゃ! 小夜、すぐに夢見の支度を。盈月、其方も同伴せよ!」
小夜、その隣りに立つ盈月と呼ばれた年配(夢見頭より若干若くみえる)の尼は、静かに頭を垂れる。
「お、お頭、自ら⁉︎」「わ、わわ、私らもお供を」「是非とも……」平伏し、畏まったままの三人の願いは、夢見頭の微笑一つで打ち消される。
「お前達には無理だ……場合によっては、熾恩の肉体にも負荷がかかろう。術中は引き続き、熾恩の看護にあたれ」「は……はい……」
しょぼくれた三名を脇目に、『夢見』の儀式の準備が淡々と進められていく。




