クナピピ 1
『ブリッジ・コア、全閉鎖。搭乗員PSI-Link接続を確認。ブリッジPSIバリア、展開します』
「チェック! PSIバリア展開確認! IMC、ブリッジ・コア、ドッキングをどうぞ!」
IMCからのオペレーションに従い、クリバヤシは、自身の監視する船体情報モニターを確認しながら、<クナピピ>の発進シーケンスを手順どおりに進める。
<アマテラス>よりオートメーション化が進められており、<クナピピ>クルーらが、操作に手を動かす作業は少ない。サニがやや手持ち無沙汰に、ブリッジに映る外部映像を眺めていると、正面に伸びる誘導灯が全てグリーンに灯った。
『IMC了解。<クナピピ>へのドッキングルート、オールクリア! ゲート開放!』
『ブリッジ・コア、誘導開始』
開かれたゲートに向かって、サニらを収容した[ブリッジ・コア]が進んでゆくと、ゲートの先に、直立するロケットのような<クナピピ>本体の全容が次第に見えてくる。
「わぉ……アレが<クナピピ>?」「そうです!」
<アマテラス>の倍ほどある、十八階建てのビル相当の全高は、間近によるほど圧巻だ。既に資料で、サニはその船影を確認済みだが、実物は想像を凌駕する。
クリバヤシは、得意気に船の説明を始める。
「あの船体全てが時空共鳴感応器となっているんです。シドレア最大稼働時には、船体自体が時空変異する為、ブリッジは単体で原点時空座標を維持する必要がある……」「あ、それでこのブリッジ・コアシステムなワケね」
「そういう事です。さあ、ドッキングしますよ」
サニらを乗せたブリッジ・コアと呼ばれるユニットは、ブリッジと長時間のミッションに備えた簡易的なサニタリーと備蓄庫、休憩スペース、そしてシドレアの制御ユニットを組み込んだ、直径八メートルほどの完全な球体ユニットである。その球体が、<クナピピ>中央にぽっかりと口を開けた円形空洞へと導かれてゆく。
「……それにしても……なんか、コレ……」サニは、モニターに映る<クナピピ>の船体を見上げながら呟いた。
<クナピピ>の際立った特徴として、上部から六枚、やや下方に四枚の花弁のようなパネルがある。『花弁』は、船体色である落ち着いた黄色と、濃緑の縁取で塗装され、船体を幹に見立てると、配色と相まって、葉のように見えなくもない。一方、中央のブリッジ収容部の膨らみや、下方の球体状のオリーブ色の機関部は、何かの果実や、種子を連想させる。
「なんつーか……パイナップル……いや、椰子の木?」思ったままを口にするサニ。
「ぷっ……」「くくく……」「ほーら、リョウちゃん。やっぱ皆、そう思うんだって」オセアニアチームも同じようだ。
「ち、違います! こ、この船影はニュージーランドの国花、コファイをモチーフに……」
クリバヤシが、顔を上気させて反論するので、サニは思わず口に手を当てた。
「えっ、何? アタシ、なんか悪いこと言った? クリバヤシくん」
クリバヤシは眉を八の字にして俯く。
「船の基本デザインしたの、リョウちゃんなの。こう見えて、<クナピピ>の開発チームに居たのよ、コイツ」マヤが薄笑いを浮かべて言った。
「えっ、そうなの! なんか、色々詳しいと思ったら」「ま……まぁ、一応……」
「ふーん……」クリバヤシが副長に選ばれた理由——単に隊長のペットというわけではなさそうだと、サニは思った。
「いいんじゃない、可愛くって。気に入ったよ、<クナピピ>」
サニは、あえて日本語で言った。クリバヤシは、顔を上げてサニを見つめた。
「マ……マルティーニさん……」
クリバヤシの頬が、まだ赤い。が、表情は、途端に和らいだ。
「マティーニよ。日本じゃ、それで通しでたから。それに……」
サニが喋っている間に、ブリッジは完全に<クナピピ>の内部へと収まる。モニターが一時、暗転し、再び表示される。ブリッジの接合箇所を固定する物理音に続き、ブリッジの照明が、光量を増す。<クナピピ>からの電力供給に切り替わったのだ。
「サニでいいよ」
照明のせいなのか、サニにはクリバヤシの頬が、さっきよりも一段と赤く見えた。
「……は、はい……わ、わ、わかりました!」
クリバヤシは、慌てて椅子を戻し、サニに背を向けると、自席のコンソールパネルに視線を落とす。
「ん?」また何か、悪いこと言ったかしら、とサニは怪訝気味に、クリバヤシの方を見やった。
ブリッジ後方で扉が閉まる音が、ブリッジに響いてくる。
『ブリッジ・コア、ドッキングを確認。ハッチ閉鎖。<クナピピ>、発進シーケンスへ移行します』
静まったブリッジに、シドレアの合成音声が、淡々と報告を挙げた。
****
電気照明の無い本堂は、闇に潜み、差し込む月明かりと幾つかの灯篭のみが、かろうじて室内の様相を浮かび上がらせている。
廊下より本堂の闇へ分け入った尼僧は、下座に正座して一礼すると、左手に浮かび上がる光形成ディスプレイの文面を読み上げ始めた。
「烏より定時報告。神取殿、本日、午前中は救急外来の支援。午後には療養棟へ戻る。ほぼ医局に在室。目立った動きは無し。神子との接触、昼食後の回診時一回のみ……」
月明かりに白く照らされた阿弥陀如来に対面した、登高座の尼僧が、そっと右手を上げた。
「もう良い……」向かって右に座るもう一人の高齢の尼僧が、報告をそっと制する。
「えっ?」報告に来た幾分若い尼僧は、左手の文面から顔を上げて、戸惑っている。
「もう良いと言っておる」「は、はい」
右の尼の苛立ちを含んだ声に、若い尼僧は、ひれ伏した。
「おのれ、青二才が……すっかり医者気取りか」左側の暗がりからも声がする。
右の尼よりは若干若く見える、そのもう一人の尼は、豊満な身体を大義そうに揺すり、忌々しげに毒づく。
「神子を宿し娘と……神取が言うところの、神子の御霊を運び出すための器。烏共が難なくその二人を特定できたところまでは良かったが……ここ一週間、まるで動きがないとは」
「よもや……神取に気取られたか?」
左右の尼僧が、苛立ちのまま発言するのを許していた登高座の尼僧、夢見頭は、阿弥陀如来に一礼すると登高座を降りる。その場の三人へと向き直ると、微笑を浮かべながら口を開いた。
「ふふふ……神取が、あの烏共に気付かぬはずはない。それは織り込み済みじゃ」
「では、あの者らは、何故?」
「なぁに。ちょっとした、こちらの意思表示よ」そう言う夢見頭は冷淡な笑みを浮かべる。
「意思表示?」配下の尼僧らは戸惑いを隠せない。
「左様。あまり舐めたマネをするでない、いつでも観ているぞ、とな。それに……」
「んっ?」報告に上がった若手の尼僧が、再び左手にディスプレイを開く。
「如何した?」「烏より第二報……六時頃から、神子、並びに器の姿を見ず。異界船絡みの可能性、濃厚……だそうです」
「なに、異界船?」「なるほど! 神子と器の動きから、不意の異界船の行動も、ある程度予測できると!」知らせを聞くや、夢見頭の両脇に控えた、高齢の尼僧二人は、途端に顔を綻ばせて言った。
「お見事です! 頭」
「ふふ、ちょっとした思いつきよ。ムサーイドの報告だけでは、心元無かったのでな。これで、我々が異界船、いや神子に干渉する機会も掴みやすくなろう」浮き立つ二人を、片手を広げて宥めながら、夢見頭は答えた。
「なるほど、異界であれば、異界船と神子を夢見で追うことも!」「なれば、さっそく準備に!」
年配の尼僧二人が腰を上げた時、廊下の方から、今度はうら若い女の声が呼びかけてくる。
「お頭……」
本堂の四人は、動きを止め、声の方へと顔を向けた。
「熾恩様が……」
若い女の短い報告に、夢見頭は眉を顰めて立ち上がった。




