サニ・マティーニ 5
「<クナピピ>を出す⁉︎ それにサニが乗ってるだと⁉︎ どういう事なんだ‼︎」
<アマテラス>の最終確認を行なっていたアルベルトは、寝耳に水の報告に眉間に皺を寄せ、通信パネル向こうのアイリーンへ怒鳴りかけた。
『それが……ミッション対象者の容態が急変したとか……あ、オセアニアの支部長が話すそうです。繋ぎます!』アイリーンは、通信パネルを切り替え、オセアニア支部IMCのモーガンを出す。
通信は、<イワクラ>を中継して、日本本部のIMC、およびアルベルトが作業指揮を執る<アマテラス>メンテナンスエリア制御室に共有され、其々が分割されたウィンドウに表示された。
『オセアニア支部のティアナ・モーガンです。ミッションプランの一方的な変更になってしまい、申し訳なく思っています。ミッション対象者、ファビオ・マルティーニの容態急変に伴う緊急処置とご理解頂きたい』
『モーガン支部長、仔細を教えてくれ』
本部IMCのウィンドウの中で、藤川が答えた。
『はい。<アマテラス>の到着まで、少なくともあと三十分……それまで、<クナピピ>による生命維持活動を展開します。ファビオの魂は、既に深層無意識領域LV6界面付近まで達していると推測されます。この領域の探索は<クナピピ>のシドレアを用いる他、ありません。ファビオの魂情報を見つけ出し、<アマテラス>到着までシドレアとのPSIパルスリンクを維持する予定です』モーガンは、冷静に説明する。
「変更プランは了解した。だが、なぜ、<クナピピ>にサニが?」藤川の隣に立つ東が厳つい顔を顰めて問う。<アマテラス>チームの皆も一様に怪訝な表情を浮かべていた。
『私の……うっ……代行です』モーガンの隣から、ラウラがウィンドウに姿を現す。
「君は、確か……」
藤川が、事前に確認していた名前を思い出す前に、ウィンドウに現れた、頭を抑え、苦痛をこらえた女性は、話を続けた。
『<クナピピ>隊長、ラウラ・パテル-トンプソン。ファビオとシドレアの同期サンプリングの事故……アレは私の心身にも……うっ……。見兼ねたあのコが代わりをやると……名乗りを……』ラウラは、そこまで言うと、椅子に崩れ落ち、呼吸を荒げていた。彼女の傍らに医師と看護師らしきスタッフが立ち、彼女の症状を確認しながら対応にあたっている。
「無茶苦茶だ! すぐに中止を……」東は声を荒げた。
『いや……』モーガンは動ずる事なく答える。
『我々もそう考えた。だが、サニの能力、これまでのミッション経験……総合的に判断して、彼女に任せる事にした』
『それにシドレアの認識コアは彼女の父親、ファビオのコピー……娘の彼女なら……』「ん?」モーガンに続けて、ライラが口にした言葉に、藤川が引っかかるモノを感じた時、新たに通信ウィンドウが立ち現れ、拡大した。
『そいう事!』
オーシャンブルーのフィットスーツに、チェストパック——PSI-Linkシステム感応制御装置と生命維持機能を内蔵し、耐衝撃防護も兼ねた保護具——のインナーノーツ、オセアニアチームの、次世代型ユニフォーム(<天仙娘娘>チームと同じもの)に身を包んだサニが、その通信ウィンドウの中央で、手を振っていた。同じユニフォームを纏ったオセアニアチーム四人の姿も見える。
四人の席は、サニの座る席を中心に、半円の弧に沿う形に配置されてる。そこが<クナピピ>のブリッジである事は、明らかだ。
「サニ⁉︎ お前!」ティムが眉を吊り上げて声を張り上げた。構う事なく、サニは話し始める。
『あとは、アタシのパーソナルデータを<クナピピ>に転送してくれれば、出られるわ! チョチョイとやっちゃってくれる? アルお・じ・サ・マ』
ウィンドウ越しのアルベルトに向かって、サニはウィンクしてみせた。アルベルトの禿げ上がった額に血管が浮き出てくる。
「お、おじサマぁ? ふざけんな! だいたい、こっちはどうするってんだ⁉︎ LV6界面となりゃ、PSIバリアは五人揃ってなきゃ、まず保たない! さっさと降りて、こっちと……」『居るじゃない? 適役が』
苛立つアルベルトの声をサニの一言が封じる。
「適役?」直人とティムは、顔を見合わせた。
『亜夢よ。あのコを乗せればいいでしょ』
ウェーブがかったブルネットが、サニの目元を覆う。
「サニ⁉︎」カミラ、アランは目を丸め、アルベルトは言葉を詰まらせている。藤川、東は黙したまま、モニター越しのサニを見詰めていた。
『アタシと交代させる準備もしてあるんでしょ? 好都合じゃん?』モニター越しのサニは、顔を上げて、いつもの笑顔をみせた……つもりなんだろう、と直人は思った。
「え、お爺ちゃん……亜夢の訓練は、そういう……こと? ……」真世は、心配気に尋ねるが、祖父はそれには答えず、通信モニターに向かい合っていた。
田中、そしてモニター向こうのオセアニアチームの面々も息を潜めて、ことの成り行きを見守る。
「サニ……お前、聞いてたのか?」
沈黙を破ったのはアルベルトだ。それに対してサニは、コンソールに上がってくる機体チェックサインを確認しながら、飄々とした口ぶりで答える。
「さあ……でも、いいんじゃない、亜夢がやれるんなら。アタシは構わないよ」
「バカ言うな、サニ! お前無しでなんて、ありえないだろ?」「ティム…….ありがと……でも、おしゃべりしてる暇、ないのよ! 所長、お願いします!」
「うぅむ…………」
藤川は、愛用の補助杖に両腕を乗せて、立ち尽くしたまま、暫し思考を巡らせた。




