サニ・マティーニ 4
「何? 対象者の脳波が減衰している?」
<イワクラ>のアイリーンからの報告に、藤川は眉を顰めた。
『はい、このままだと、ミッション開始までの四十分程、保つかどうか……』
『こちらの接続作業は、最終工程だが、同期計算は、まだ三〇パーセント程度……最低でも、やはり四〇分は欲しい』壁面通信モニターの向こうで、アイリーンの傍らに立つ、鬼瓦のような顔つきの巨漢が割り込んで言った。IMSリーダー、如月重悟である。
IN-PSID日本本部のIMCに集うインナーノーツとスタッフらは、<イワクラ>と所長、藤川のやり取りを緊張した面持ちで見詰めている。
「うむ……<アマテラス>の方は?」藤川は、<アマテラス>のメンテナンスエリア制御室を呼び出して言った。通信モニターの中にウインドウが拡大し、技術部長アルベルトが応答する。
『船は万全だ! いつでも出航できるぞ』「わかった」
藤川は、その場の一同へと向き直る。
「とにかくあと四十分、オセアニア支部の処置に期待するしかないな」
硬い表情のまま、一同は頷いた。
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「パパ……あんたって人は……」
オセアニア支部IMCの壁面パネルに映し出された父の姿を、母と共に見上げながら、サニは呟いた。その表情は、危篤を感じさせないほど穏やかだ。サニは小さく舌打ちする。
にわかに室内が騒然としてきた。サニは振り向いて、耳を傾ける。
「……だから、出ましょうよ! ファビオさんの意識がこのまま戻らなかったら、今までの苦労は水の泡ですよ!」クリバヤシが、手振りを交えて声を張り上げている。
「そりゃ、そうかもしんねぇけど、よう〜」エリックと紹介された、長身、筋肉質の男が無精髭を蓄えた口元を歪めている。日に焼けているが、事前の『予習』で見た資料によれば、白人のオーストラリア人だ。軽薄そうな男で、どことなくティムに似ているとサニは思った。
「<クナピピ>にはオペレーション装備は、まだろくに実装されていない。行くだけ無意味さ」コンソールにもたれ掛かり、首を振るのは、マヤ。ハワイ出身らしい。こちらもエリックと大差ないほどの長身で、スリムで均整のとれたスタイルの女性だ。どこか高飛車な物言いが鼻に付く。
クリバヤシとエリック、そしてマヤのやり取りを無言でじっと見守っているのは、ミア。サニと変わらないくらいの低身長のパラオ出身の女性。サニと同じ観測手ということで、どことなく親しみが湧く。
「そんな事ない! ファビオさんと繋がっていた[シドレア]を使えば、<アマテラス>が来るまでの時間稼ぎくらいできますって!」大人しそうな顔に似合わず、クリバヤシは自分よりも大柄なエリック、マヤに食ってかかっている。
「だーかーらぁ! その肝心の[シドレア]を動かせる隊長が伸びてんじゃ……」呆れたようにエリックが言ったその時。
「誰が伸びてるって?」「た、隊長!」
低めの威圧感のある声に振り向いたエリックは、姿勢を正し、マヤはコンソールから立ち上がった。クリバヤシとミアも『気を付け』の姿勢をとって、彼女を迎える。
軍隊かよ、とサニは思った。
「ったく、目が覚めてきてみりゃ、なんだい? この騒ぎは?」
隊長と呼ばれた女性は、オセアニア・インナーノーツのユニフォームであろう、オーシャンブルーのフィットスーツを胸元まで開けたまま、声の気勢とは裏腹に、ふらつく足元で隊員らの目の前までやってくる。
「ライラ、お、お前……」目を丸めるモーガン支部長の言葉を手で制し、ライラは目遣いでクリバヤシに報告を求めた。
「た……隊長。ファビオさんが……」クリバヤシがそういうのと同時に、大型パネルに表示されたファビオのバイタルモニター、PSIパルス反応グラフを確認し、ライラは状況を具に把握した。
「……そういう事かい。なんで早く知らせない?」
「いや、だって……隊長は……」クリバヤシは一歩踏み出して、反論しようとするが、それより先にライラは、ズイとクリバヤシの目の前に立ち、右腕を彼の首に回すと、ぐいと自身の方へと引き寄せた。
ライラは、クリバヤシより十五年上で、若干背が高いが、グラマラスでいて引き締まったボディとクセの強いのダークブロンドの髪を無造作に束ね、左肩に垂らした姿は、大人の色香を感じさせる艶やかさを醸し出している。ユニフォームの開いた胸元を平然と押し付け、頬と頬が重なるほど近いライラに、クリバヤシは身を固くし頬を赤らめずにはいられない。
「リョウ。お前はそんなんだから、隊員に舐められんだ。もっと副長としての自覚を持て」「は、はいィ」
「我々の任務は⁉︎」「は! インナースペースの脅威から、生命と生活を守る事、であります‼︎」クリバヤシは、直立不動のまま答えた。
「ふふ、いい子だ。それでいい」そう言うと、ライラは満足気に笑みを浮かべ、クリバヤシを突き放す。
「目の前で失われそうな命があるなら、助けに行くまで! 総員、直ちに乗船!」
インナーノーツ、オセアニアチームの一同は、皆同時に踵を揃え、再び『気を付け』の姿勢を取り直す。
「いいな、ティアナ?」
ライラは、モーガンに不敵な笑みを投げかけた。
「馬鹿を言え。PSIシンドロームなりかけのお前を行かせられると思うか?」モーガンはため息混じりに答えた。
先程からライラのアームカバーから通信コールが何度も鳴っている。彼女を探す、医務室からのコールであることは、察しがつく。モーガンがそれを冷ややかに注視しているのに気がついたライラは、素早くコールを消し、声を張る。
「だが、リョウの策が、現状ではベストだ! <アマテラス>が来るまでの繋ぎくらい……うっ……ぐっ……」
感情の高まりが、激しい頭痛となってライラを襲う。
「無理だ! 一時的だろうが、お前の脳の次元知覚レベルが、異常活性を起こしている。今、シドレアと繋がれば、命に関わるぞ!」
ライラは、頭に手をやり、歯を食い縛って、崩れた姿勢を立て直そうとするが、バランスを崩して、片膝を落とす。クリバヤシが、慌てて駆け寄った。
「隊長は休んでてください。これまでの実験データを基にした、アシストモジュールがあります。それで何とか動かせれば、あとは僕ら四人で……」「……リョウ、アレはまだ……未完成品だろ。それに、あんな……もんじゃ、ファビオの魂は追えない。私が行かなきゃ意味が無いんだ」「で、でも! それは……」
「ミッション対象者の顕在意識レベル、さらに降下! このままだと、ミッション突入座標も特定できなくなります!」オペレーターが、顔を白くして報告をあげている。
ライラは、眼光鋭くモーガンを見据える。元、海上レスキューの叩き上げであるライラの、人命救助にかける気迫と覚悟に、モーガンは言葉を失う。止めて言う事を聞くような女ではない事は、長年、バディーを組んできたモーガンが、一番よく理解していた。
「くっ……やるしか無いのか? ……ラウラ、命の保証は無いよ」「望むところさ」
「し、支部長⁉︎ 隊長⁉︎」クリバヤシと、彼の同僚らは、目を丸めている。
「何モタモタしてる、リョウ! お前の策だろう⁉︎」「で、でも隊長は?」
「何だ、リョウ。そんなに私が心配かい?」「あ、いや……その……」再びライラに、距離を縮められたクリバヤシは、タジタジだ。
「くく、可愛い坊や……」ライラは、舐めるような手つきで、クリバヤシの頬に触れようと手を伸ばす。だが、頭痛が一層激しくライラを襲い、その場にかがみ込む。
「うっ、ああ……また……」
「隊長‼︎」「ぐっ……うう……」
オセアニアチームは、苦悶する彼らの隊長を囲んで口々に呼びかけている。
「あーあ、見てらんないわ、隊長さん。無理よ、そんなんじゃ」
サニは、オセアニアチームの人垣をすり抜けて声をかけた。
「……なんだ……あんたは?」ライラは怪訝そうにサニを見上げる。
「マルティーニさん……」「マルティーニ? ……もしや?」クリバヤシが呼んだ名から、ライラはすぐ察する。
「ええ、ま、一応、娘よ。あの人の」
「日本の……<アマテラス>チームのサニか?」ライラは、クリバヤシの肩を借りながら、よろけ立つ。
「あら? アタシ、案外有名人?」「……他は知らんが、ここではな」
「ふーん。ま、いいか。ところで、要はその、[シドレア]を動かせれば良いんだよね?」「え、ええ。そういう事です」クリバヤシは、怪訝そうに頷いた。
「来る途中、資料見たけど、何となくアタシがいつも使ってるのと、似てるなって」「それはそうだ。基本設計は<アマテラス>から引き継いでいる」とぼけた風に言うサニに、モーガンは、それとなく答えた。
「ってことは」サニはニンマリした笑みを浮かべる。サニが、何か良からぬ事を企んでいるのは明白だ。
「あんた……まさか……」ライラは、眉を顰める。




