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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第二章 月と夢と精霊と
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サニ・マティーニ 1

「ファビオ・マルティーニ。クィーンズランド州立先端医療センターより、本日付けで、こちらへ移動となります」

 

 居心地悪そうに、丸みのある巨体を椅子の上で揺すりながら、白人の初老の男は告げた。

 

 はち切れそうなノーネクタイのワイシャツに、サマージャケットを羽織った、その男の対面に、着古したジーンズ、えんじ色のポロシャツ姿の背を丸めた女が、座っている。男の言葉に、何度か頷く度に、彼女の波打つ黒髪が揺れた。

 

 野球帽を深く被り、ハーフパンツのポケットに手を突っ込んだまま、壁にもたれたサニは、実母であるその女の背中に、冷ややかな視線を落としたまま、味の消えたガムを噛み続けていた。

 

「ファビオは……内縁の夫という事で……よろしいかな? ロワナ?」

 

 タブレットに映し出された書類を確認しながら、男が言った。

 

「え……ええ……」

 

 ロワナの声は、やや震えている。

 

 男の隣には、もう一人、細身の老紳士が座っていた。彼が身につけている黒色のベスト状ジャケットの左胸には、『IN-PSID』の表記と、六角形のロゴマークが見える。

 

「それにしても、貴女方はツいてますよ」老紳士は、穏やかな笑みを湛えたまま、手振りを交えながら話し始めた。

 

「我々IN-PSIDの、この高度PSIシンドローム発症者保護プログラム……まだ先月から開始されたばかりなんです。ファビオは、我々が責任をもって預からせてもらいますよ」

 

 ロワナは小さく頷いた。老紳士が顔を上げると、ガム風船を膨らませたサニは、彼の視線を避ける。構わず、老紳士は、和かな表情のまま語りかける。

 

「お父さんだけじゃない。サニ、キミの面倒もしっかり見させてもらうよ。[PSIキッカー]とまではいかんが、キミはPSI知覚能力に秀でたポテンシャルがある。我々のプログラムに沿って鍛えれば、その才能も開花させられるはずだ」

 

「この、バカ娘にそんな能力が? 本当に、クスリじゃ……ないんですよね?」母は振り返り、目を細めている。

 

 ガム風船が音もなく割れ、サニの唇にへばり付く。サニはそれを無造作に、銀紙に包みとると顔を背けて舌打ちした。

 

「……それ、親の言う事?」サニの呟きは母には届いていない。

 

「ええ、何度も確認しました。娘さんが出入りしていたライブハウスは、確かに薬物売買の拠点になってましたが、娘さんからは、全くその反応は出ませんでしたよ」表情に変化のない老紳士が弁護する。

 

「ったり前よ。あんな気持ち悪いもの……とばっちりもいいとこよ……」

 

 サニは母の視線から逃げたまま呟いた。言いながら、サニは無意識に、片手を耳に当てている。

 

 老紳士の話はまだ続く。

 

「サニのPSI知覚能力の高さが、薬物によるものと当局に勘違いされたのでしょう。能力の高い知覚者が麻薬常習者扱いされるケース……よくあるんですよ。嫌な思いをさせたね。サニ。だが、我々が身元を引き受けた以上、もうそんな事はない。安心して欲しい」

 

「ありがとうございます。ほら、サニ。アンタからも……」

 

 老紳士と母親が握手を交わしている。その様子を、サニが一瞥した時、テーブルのインターフォンが鳴った。

 

 老紳士が受け、二、三言葉を交わし、受話器を置く。

 

「着いたようだ。では、こちらへ」

 

 ヘリポートに上がると、到着した医療輸送ヘリから、車椅子に固定された男が、救護士らによって、ゆっくりと機体から降ろされていた。

 

「最っ低……」その様子を見るなり、サニの口から一言こぼれ落ちる。

 

 男は目を開き、何か物を言っているかのように、口をぱくぱくと動かしている。袋に収められた一メートルほどの長い棒状のものを大事そうに両手で抱えている。救護士がそれを預かろうとすると、男は頑なに拒んでいた。

 

 青い瞳、細い鼻筋に尖った鼻、細身の体つき——目の前に連れて来られた男からも、幾つかの身体的特徴を受け継いでいる事を、サニは具に感じ取る。

 

「コレがパパ? ……冗談……」

 

 込み上げた何かと共に、サニは吐き捨てた。

 

「サニ!」母が睨みつけている。

 

「何で? いつまでも、こんなのに……」

 

 男は、何かを言いたげにボンヤリとサニを見つめていた。だが、溢れてくるものが、サニの口を激しく動かす。

 

「ママが、そんなんだから! いっつも男に逃げられんのよ!」

 

 この男の目を見れば見るほど、ぶちまけずにはいられない。母の顔が、どんどん引き攣っていこうと、口から溢れ出すモノを止められない。

 

「サニ‼︎」

 

「や、止めなさい! ロワナ!」

 

 ロワナが振り上げた手を老紳士と、膨よかな男が必死になって止めた。

 

「ママのバカ‼︎」

 

 

 ****

 

 溜め息を一つ溢し、サニは三年ほど前の苦々しい家族再会の思い出を吹き消した。

 

 太平洋上空を行く<イワクラ>。そのブリッジの窓からは、晴れ渡る空にポツリポツリと雲が浮かんでいるのが見える。

 

 日本のIN-PSID本部を経って六時間ほど。ブリッジの予備席で、これから向かう先でのミッションの『予習』にも、とうに飽きていたサニは、漫然と窓の外を見つめていた。

 

「現時刻、一五一五。本船は赤道上空を通過。オセアニア支部到着は、一八〇〇を予定……」

 

 空行く船を運行するチーム、|IMS<アイムス>(Inner Mission Support)副長の斎藤舞が、落ち着いた口調で航行状況を船内アナウンスしている。それをぼんやり聞き流していると、トントンと軽く肩を叩かれ、サニは振り向いた。バンダナをカチューシャ代わりにして、豊かな巻き毛のブロンドをまとめた女性が微笑んでいる。

 

「一息、入れよ。サニ」「アイリーン……」

 

 

 ****

 

「サニ、コーヒー党だったよね?」「う、うん。ありがと……」

 

 アイリーンは、ドリンクサーバーから運んできたコーヒーを、テーブルに着いたサニに差し出し、自分は対面の席に座る。

 

 <イワクラ>中央、メインデッキの真下に位置する船内食堂は、四十名ほどの乗員数に見合わず、広めに作られている。幅約二十メートルほどの大広間は両舷にまたがり、その両側に見晴らしの良い窓が設けられている。この広さは、災害時の被災者収容を見越しての設計だった。しかし今、食堂にはサニとアイリーンの二人だけ。ちょっと落ち着かない居心地の悪さを誤魔化し、サニは愛想笑いを浮かべた。

 

「持ち合わせのもので悪いけど。コレもどうぞ」

 

 アイリーンは、食堂に借りた自分のロッカーから持ち出したお茶受けをテーブルに並べて、サニに勧めた。

 

「……準備、良いのね」「とーゼン、でしょ。ふふ。赤道も超えたし。ささやかな赤道祭。なんちゃって」

 

「何それ……」「昔っからある、船旅の慣習……らしいよ」

 

 アイリーンは、小さく笑うと、ティーポットから自分のカップへ紅茶を注ぐ。カップを持ち上げ、自前で持ち込んだアールグレイの香りを楽しむと、一口含んで窓の外を見遣る。

 

「南半球は、冬ね。寒いかしら?」

 

「それ程でもなかったと思うよ、あそこは」素っ気なく答えると、サニはコーヒーカップに口を付けた。

 

「ならいいけど。ずいぶん、久しぶりなんじゃない? 何年ぶり?」「……二年とちょっと、かな?」

 

 二、三頷きながら紅茶を楽しみ、茶菓子に手を伸ばすアイリーン。サニにも一つ、チョコレートの包みを渡しながら、再び口を開く。

 

「お父さん……心配だよね……」

 

 アイリーンは、ティーカップを傾けながら、窺うようにして、サニの顔を覗き込む。

 

「心配? ……心配、なのかな? ……」

 

 サニは静かにコーヒーカップをテーブルに置いた。

 

「ん? どういう事?」

 

「……ずっと、振り回されてきた……ママも、アタシも……あの人のせいで……」

 

 視線を落とし、サニはコーヒーカップの縁に付いた口紅を、指で擦りとりながら呟く。

 

「振り回されて?」

 

 アイリーンは眉を顰める。

 

「……地質学者だったか何だか知らないけど。アタシが生まれた頃、建設途中のPSI電力プラントで事故があって……その建設に関わる地質調査をやったのが、あの人」

 

 サニが生まれる少し前のことだと、母からは聞いている。

 

 サニの父親、ファビオ・マルティーニは、この物質世界のみならず、インナースペースの情報に基づく超次元地質理論を研究する学者で、縁があってオーストラリアに渡ってきたと言う。彼の学術調査の対象となっていた、とあるアボリジナルのコミュニティに歓迎され、そこで数年暮らし、コミュニティの長老の娘であった母と結ばれた。

 

 その頃、二十年前の世界同時多発地震を目前にして、世界的なPSIテクノロジー化の波は、オーストラリアにも押し寄せていた。

 

 ファビオが滞在するコミュニティのほど近くに、オーストラリア初のPSI電力プラントの建造計画が持ち上がる。学会でも幾分、名が通っていたファビオは、その土地一帯の調査に携わってきた経緯を買われ、紆余曲折しながらも建設用地アドバイザーとして、プラント計画に携わった。しかし、プラントがほぼ完成し、試験運転を始めて間もなく、エネルギー蓄積区画の倒壊事故が発生。計画は破綻する。主な事故原因として、構造計算の基礎となる地質調査データの誤りが指摘され、ファビオはその責任を追求された。

 

「……そのせいで、あの男は職を追われた。それにね、プラントの建設地は、ママ達、アボリジナルにとっては聖地と認識されていたの。尤も今も国有地で、返還すらされていないけどね……あの男は、最初こそママ達のプラント建設反対運動に加わっていたのに、なぜか手のひら返しで、建設推進に加わったそうなの。おかげで、ママもアタシを身籠ったまま、コミュニティを出ざるを得なかったって……」

 

 アイリーンは、紅茶に口をつけるのも忘れて、サニの話に聞き入っている。

 

「散々、周りに迷惑かけときながら、事故の後、PSIシンドロームを発症。精神破綻をきたして、何もかんも忘れて、施設入り……そんな男よ。アタシのパパは……」

 

 一通り言い終えると、サニはコーヒーの残りを一気に飲み干した。

 

「サニ……嫌いなの? お父さんのこと……」

 

「さぁ……けど、ズルくない? このまま、何もかも忘れたまんま、おっ死んだりしたら……」

 

 空いたカップを包み込むサニの両手が、ぎゅっと締まる。

 

「だから……ミッションはちゃんとやるよ。けどその前に、アイツの顔見て、文句の一言でも言ってやりたくなってさ」

 

 吊り上がった弧を描く眉を寄せ、瞬き少なくコーヒーカップの底を見つめているサニを、アイリーンはしばし見つめた。

 

「ふふ……サニちゃんらしい」

 

 アイリーンは、ゆっくりと紅茶のカップを持ち上げた。

 

「ちょっと、それ、どういう意味?」

 

「さあねぇ」と返すと、アイリーンは、静かに残りの紅茶を飲む。

 

「ちぇっ……」

 

 サニは、ムスッとして窓の方を見遣る。船の後方から差し込む日差しは長く伸び、黄金色の色合いを帯び始めていた。

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