空音 5
……聞こえる……この音は、何……何なの……
暗闇が辺りを包んでいる。頼りになるのは、その風が吹き抜けるような音だけだ。
サニは、音を追いかけずにはいられない。
……待ちなさい、サニ! ……
背後から呼び止める声。
……カミラ隊長⁉︎ ……なの……
……その音は違う……貴女の合わせる音ではないわ……
……えっ……でも………
…………サニ、もっとよく聴いて、合わせようよ……
不意に直人が、隣に立って囁いた。バイオリンを持つ手を力無くぶら下げている。
……セ……センパイ……わ、わかってるわよ! ……で、でも……
そうしている間に、音は闇深くへと沈み込んでゆく。
……音が……追わないと! ……
駆け出そうとするサニ。
……だめだ……
直人が言いながら、先回りする。
サニは踵を返す。
……行くな……
……帰って来れなくなるぞ……
また、不意に目の前に立ち現れた、アランとティムが言う。
……ダメよ、サニ……
背後から迫ったカミラが言う。
……で、でも! ……
サニは、構わず一歩踏み出すが、仲間達は、無表情のままサニを取り囲んで、彼女の行手を阻む。すると、その頭上を、火の塊のようなモノが飛び去ってゆく。鳥——火の鳥だ。
……きゃははは! ……はははは! ……
……あ、亜夢⁉︎ ……な、なんでアンタが⁉︎ ……
火の鳥と一体となった亜夢が、笑い声をあたりに振り撒きながら、消えゆく音と戯れるように舞う。
……ふふふふ……
サニの目の前で、亜夢は満面の笑みを残し、音の消え行く渦へと火の鳥の亜夢は飛び去り、溶け込んでゆく。
……な、なんでアンタなのよ! ……
……待って! 行かないで! ……
音はもはや絶え絶えだ。その先へとサニは、必死に手を伸ばしていた。
「……お、おはよう、サニ」
ぼんやりと世界が開けてくる。その中で、覗き込んでいる人影が、呼びかけている。
「……ナ……セ……センパイ……んん……?」
サニは直人の顔が、キスでもできそうなくらい近い事に気づき、慌てて周囲の状況を見まわした。
ここは、よく知ったIN-PSID本部地下のスタッフ専用医務室。その検査ベッドに横たわったサニは、自分の両手が、しっかりと直人の右腕を握り締め、彼を引き寄せていることに気づく。
体勢を崩した直人は、ベッドの上でサニに覆い被さらんばかりだった。
「見せつけてくれますなぁ、ご両人。相変わらず、仲がよろしい事で」ニタニタと面白がるティムの顔が、直人の背後に見え、サニは顔を引き攣らせた。
「な、何でもないから!」「うわっ!」
サニが、解いた両手で直人を突き放し、身を起こすと同時に、鈍い衝突音が聞こえた。仰け反った直人が、口を歪めて後頭部を撫でている。ベッド上方の移動式身体スキャナに打ちつけたのだった。
「つぅ……またかよ」
いつか見た光景に、ティムは苦笑する。
「好っきだなぁ、お前も。そこにぶつけんの」
「ほっとけ」直人は口を尖らせた。
「……アタシ……一体……」サニは、自分の身体を見回している。ここに運び込まれた記憶が見当たらない。
「昨日の夜、練習の途中で気を失って……」
直人は、後頭部をさすりながら立ち上がって言う。
「え…………また……」サニの唇が震えている。
「また?」「……う、ううんん。何でもない」
「で、先生。どうなんです?」ティムが検査コントロールブースの医師に問いかけた。
『一言で言えば、寝不足……だな』
医師は、コントロールブースからマイクを通して答える。
「はぁ?」直人、ティムは医師の答えに拍子抜けした。
医師は話を続ける。
『気絶も、寝落ちのようなものだろう。この一晩の眠りの測定結果だけだが、ノンレム睡眠の時間が、非常に短い。よく眠れてないんじゃないか?』
医師の問いにサニは、目を伏せる。
「……かも、しれない……最近、低く唸るような、変な音が時々、聞こえてきて……」
「おいおい、幻聴かよ?」
「あ……そのせいで、昨日の合奏も……」「うん……」
『まあ、忙しいだろが、睡眠時間は十分取る事だな』
「はは! 大方、夜な夜な飲み歩いてんじゃねぇの? しばらく禁酒だな、サニ」
ティムは、笑いながらサニの肩を二、三度軽く叩く。
「そんなんじゃない! 最近は、寝酒に一杯くらいよ!」「って……飲んでんだ」
「いいじゃない! 飲まなきゃ、やってらんない仕事なんだから」サニの返しに、直人は呆れ顔を浮かべている。
『ティム、だいたい、あんたにはデリカシーってもんが!』『おーこわ!』
コントロールブースに、だんだんとヒートアップしてくる、検査ルームの言い合いが木霊する。うんざりしながら、医師はスピーカーの音量を絞っていく。
「サ、サニ……」「センパイも! そんな顔されると鬱陶しいから! 二人とも出てってよ!」
「っても、そろそろ訓練の時間だぞ」「あのね、先生の話聞いてた? アタシ寝不足なの! もう一眠りするんだから」「はぁ?」
『……いや、それくらい元気なら訓練行ってきなさい』三人の間に、マイクを通して割り込んできた医師の声色は、さっさと追い出したくてたまらないと言わんばかりだ。
『ええー、でもぉ!』
医師が溜め息を一つ吐き出すと、内線電話の呼び出しが鳴った。
「……はい、医務室。サニ? ああ、まだ居るよ」
『サニ、電話だ』声をかける医師は、どこかほっとしたような笑みを浮かべている。
「あ、はぁい」
パタパタと、小走りにコントロールブースに入り、サニは受話器をとった。
「ハァイ、サニです。あ、真世さん? ……え、オセアニア支部? うん…………Hi. Yes, I am……」
興味本位の男二人が、コントロールブースへと入ってきた時。
「what!?」サニは声を裏返らせた。
「……ok. Thanks……」
呆然と目を見開き、サニは受話器を滑り落とすように置いた。
「……ん、どうした?」「サニ?」
何か良くない知らせであることは、直人、ティムともすぐに理解した。医師も無言のまま、サニを見守る。
呆然としたサニの震える唇から、静かに言葉がこぼれ出す。
「……パパが……」




