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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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龍鳳呈祥 5

 <アマテラス>は、<天仙娘娘>を光の力場で懸架したまま、集合無意識へと流れ落ちてゆく、相柳が撒き散らしたヘドロの奔流の中を進む。

 

 そこに差し込む一条の光。彼らを現世へと導く、誘導ビーコンを目指して。

 

 ……恐怖を……秩序を……

 

 ………………恐怖を……秩序を……

 

 ………………………………………恐怖を…………

 

 PSI-Linkシステムが拾い続けていた、呪禁のように繰り返される暗澹たる声は、次第に消えていく。

 

 直人は、システムの中に温かな温もりをわずかに感じ取っていた。それを確かめるように、アムネリアのフォログラムへと振り返れば、彼女は静かに微笑んで、フッと姿を消す。入れ替わって古の女王が、フォログラムとなって、姿を現した。

 

『尤……』

 

 通信モニターの向こう、<天仙娘娘>のブリッジにも、まだ暗き影を纏う、鯀のフォログラムが姿を現していた。

 

『娃……』

 

 二人は、しばし見つめ合っているかのようであった。皆は、言葉もなく、二人を見守る。

 

 娃が静かに語り出す。

 

『……私もまた……恐れていた……貴方を……人を…………されど……あの時……あの……最後の時……ようやく気づけたのです……貴方が成そうとした願いに……』

 

 鯀のフォログラムが、ビクりと肩を揺らした。

 

『……貴方を心から……信じられたのです……恐れることなど……何もなかったと……』

 

『……それがわかった時……心から……喜びが、私の内側から溢れていた……』

 

 鯀の大きな瞳が、見開かれる。

 

『……この気持ちを……貴方に伝えたかった……』

 

 娃の光像は、眩く輝きを放ち、その中に"あの時"の微笑みを浮かべていた。打ち震える鯀の身体が、まとわりついていた影を振り払う。

 

『……そうか……其方の……あの微笑みは……』

 

 鯀の身体から光が溢れ出してくる。

 

『…………はは……ははははは……儂は……なんと愚かな……』

 

 天に昇りし水は、大地に降り注ぎ、別々の旅路を歩もうとも、大海となり再び巡り合う。そんな水の歩みが如く、遥か遠き、古代に置き去りにされた絆の残滓が、今、再び結び直される。

 

 <アマテラス>、<天仙娘娘>両チームは、皆、一様に、熱く胸に込み上げてくるものを感じていた。

 

 上方から舞い込む光が、はっきりと見えてくる。

 

「間もなく、誘導ビーコン影響領域! あ、China支部の方からも」一仕事やり遂げたサニの声は明るい。

 

 差し込む二つの誘導ビーコンの光に、両船は吸い寄せられていく。

 

「<アマテラス>並びに<天仙娘娘>、これより帰投する。帰還プロセスへ移行!」

 

 ようやく帰れる。インナーノーツ皆の顔に、安堵の色が戻ってきた。

 

「んっ……?」「これは……」

 

 帰還の時空間転移に備え、周辺監視にあたっていた楊とアランは、同時に僅かな空間変動の兆しに気づく。

 

 突如、空間全体が渦を巻き始めた。

 

 強力な引力を伴って、帰還準備中の<アマテラス>、<天仙娘娘>をインナースペース深淵へ引き戻さんとする。

 

「構わず、帰還作業を維持!」劉は、動揺するクルーらを律し、命ずる。

 

「な、何が起こっている?」カミラは、アランの方に解析積結果を求めた。

 

「……レベル4、いや集合無意識域に及ぶ、連続的な時空間変異が拡がっている! 相柳が形を失った事で、この座標系に関係する、時空間全体の揺り戻しが起こっているのかもしれん!」

 

 アランが解析状況から推測した。

 

「違う……奴だ! まだいる!」

 

 直人は、分析モニターの、空間情報のビジュアル構成が追いつかない、暗黒の一点を睨み、声を張る。<アマテラス>、<天仙娘娘>に緊張が戻ってくる。

 

『<アマテラス>! <天仙娘娘>! とにかく帰還を急げ!』東が、モニターの向こうから叫んでいる。

 

「やってるっての!」ティム、そして静、両パイロットは、空間変動に取られる舵を懸命に立て直しながら、誘導ビーコンの示す帰還ポイントへの軌道修正にあたっていた。

 

『亜夢も手伝うよ!』亜夢の作り出す鳳凰のシールドによって、<アマテラス>は、なんとか踏ん張りを効かせる。シールド展開用のPSI精製水は残りわずか。アランは、その全てを鳳凰の翼へ投入した。

 

『……もっと、恐れを……もっと、絶望を……』

 

 両船のブリッジに、呻くような声が流れ込んでくる。

 

「ちっ、まだ言ってる!」嫌悪感を露わに、サニは吐き捨てる。

 

 その間に、<天仙娘娘>が大きく帰還ポイントから外れ始めた。

 

「<天仙>⁉︎」カミラが振り返って叫ぶ。

 

「えぇえぇ⁉︎ PSIパルス融合炉、反応低下ぁ⁉︎」「今、機関の出力が落ちたらまずいヨ!」

 

「なんとか持たせなさい! 智愛!」「なんとかってぇ〜〜!」「しっかりしてくれ! 智愛!」

 

 次第に、インナースペースへの遥か彼方へと流れ落ちる、闇の坩堝へと<天仙娘娘>の船体が引き摺られてゆく。

 

「見て、鯀が……」正面を見据えたままの静の声に、皆の視線が鯀のフォログラムへと向く。

 

 黒々とした九つの黒い影が、鯀の足元から立ち現れ、蛇のように絡み付きながら、再び纏わりついてゆく。

 

『……ぐ……うぬぅ…………あ、娃……娃よ……されど……儂は……』

 

 鯀の苦悶に絞り出す声が、両船のブリッジに溢れ出す。

 

『……儂の治水は……なんの役にも立たなかった……儂は結局……天地に敗れた……其方の奇跡がなければ……僅かな民も救えなかった……』

 

『……そうだ……共工よ……人は弱い……

  …………人は……無力…………思い出せ……あの……深き絶望を……』鯀の苦悩が深まるにつれ、相柳の声が明瞭さを取り戻す。

 

「後方、再収束反応! 相柳、再構成しています!」「<天仙>を、いや、鯀をもう一度取り込んで、再生する気だ!」

 

「くっ! 迎撃は⁉︎」「ムリだ! 帰還フェーズ中は、一切の装備が使えない!」

 

「来るヨ!」「チィ!」

 

 <天仙娘娘>は、残りの全エネルギーを機関の推進に回し、必死に抵抗するも、後退が止まらない。

 

「やだ、やだ、やだぁ‼︎」「ここまでか! クソォ!」智愛、明明は、取り乱しながら叫ぶ。

 

「落ち着きなさい!」劉は、言いながらも、手の打ちようがない状況に、歯軋りするしかない。

 

『……娃……娃よ……儂は……其方も……』

 

 危機的な状況とは、まるで関わりなく鯀のフォログラムは、語り続けていた。

 

 娃の穏やかな声音が、震える鯀の声に答え始める。

 

『…………ええ……人は……神になど……なればしない……

 

 …………奇跡が……容易く……起こるようなことはない……

 

 ……されど……希望はある……

 

 

 ……永き時をかけたとしても……

 

 ……久遠に継がれる記憶が……意志が……神の奇跡をも超える……』

 

「<天仙娘娘>、帰還限界域!」「劉!」「明明!」カミラ、直人は、叫ばずにはいられなかった。

 

『……呑まれろ! 恐怖に‼︎ ……』

 

 <天仙娘娘>を引き込む闇の力場に、相柳の崩れ、醜悪な顔が浮かび、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。

 

『尤……貴方の意志は……我らの……』

 

 娃のフォログラムに、再び重なり現れたアムネリアが、娃の強い意志を感じ取り、目を見開く。

 

 光り輝く<アマテラス>。その光が、<天仙娘娘>を包み込んでいく。

 

 <アマテラス>、<天仙娘娘>のモニターに眩い光芒を放つ、巨大な人影が映り込む。人影の胸元には、青く輝く、宝玉……翡翠の大珠の輝きが見える。

 

『……嬉姫?? ……』鯀は、驚きの声を上げる。

 

『いや……其方は……⁉︎ ……』

 

 相柳を前に、巨大に聳り立つ、巨人。ビジュアル構成が追いつかず、全身を映し出すことは叶わない。

 

 だが、その絢爛な出立ち、威風堂々とした佇まいから、何処かの王であろうことを、皆感じ取っていた。

 

「データベース、[エレメンタル]照合……あれは……」アランが解析結果を伝える。

 

「中華最古王朝……『夏』。その始祖……」

 

「鯀に変わり、中華の洪水を鎮めたという……治水王……『禹』!」

 

 禹の巨像が、片腕を持ち上げ、相柳の顔面が蠢く闇の底目がけて振り下ろす。その腕の先から、光の柱が伸びてゆく。

 

 一説によれば、禹は河川や海の深さを測るために、自在に伸び縮みする、宝物を用いたと言う。その宝物は、「如意金箍棒」と呼ばれた。

 

 まさに、その「如意棒」のようなインナースペース深淵へと届かんばかりの光の柱が、相柳の顔面に打ち込まれる。その顔面は、泥水のような黒々とした九つの流れとなって四散し、集合無意識領域深くへと消えてゆく。

 

 …………恐れよ………畏れよ……お……そ…………

 

 そのまま、空間を覆っていた暗雲は、相柳の首の崩壊に引き込まれ、渦を巻きながら、無意識領域深くに沈んでいった。禹を形作っていた光もまた、波動収束フィールドの彼方へと、次第に消え去ってゆく。

 

 インナーノーツ、そして彼らを見守る皆一同、唖然としたまま、ことの成り行きを見守る他なかった。

 

 周囲は、静寂に包まれる。ただ二筋の誘導ビーコンの光が、あるだけだ。

 

「終わったのかしら……」カミラは、モニターの相柳が消え去った付近を睨め付けたまま、動くことができない。皆もまだ、警戒を解けないまま、あたりの気配に注意を配る。

 

 すると突然、亜夢、アムネリアの両フォログラムが、内側から強力な光を放ち始めた。

 

『えっ⁉︎』亜夢は、自身の意志と関わりなく、魂の内側から溢れ出す熱に驚きを隠せない。そんな亜夢をアムネリアは、静かな微笑みで見詰め、そっと手を取る。大丈夫、と告げるようなアムネリアの眼差しに、亜夢は、魂の緊張を解き、その熱の成すがままにさせた。

 

 光が燃え立ち、ブリッジを超えて、<アマテラス>の船外へと拡がりゆく。

 

『……怖れは……人が……命が生きる限り……消えることはない……』

 

 娃の言霊が、響き渡る。

 

『……されど……人の希望もまた……共に……』

 

 <天仙娘娘>のブリッジでも、娃の声に共鳴しているかのように、鯀のフォログラムもまた、強い光へと姿を変え、その光は<天仙娘娘>の船外へと溢れ出す。その光は、大河の如く力強く畝りながら、何かの形を取り始める。

 

『……ああ、娃……其方が見える……』

 

 <アマテラス>から燃え広がる光は、鳳凰、そして、<天仙娘娘>から溢れ出た、光の畝りは、黄金色に輝く龍——古より人々の集合無識の中で、脈々と生き続ける二神の神獣が、今、再び巡り合い、共に舞い上がる。

 

『尤……共に参りましょう……新たな……命を紡ぐために……』『うむ……』

 

 鳳凰と黄龍は、踊るように螺旋を描きながら、<アマテラス>、<天仙娘娘>遥か上方へと昇ってゆく。

 

「鯀と……」「娃が……」

 

 明明、直人は、同時に呟いていた。モニターを照らす光の渦を<アマテラス>、<天仙娘娘>、そして、見守る全てのスタッフらは、笑顔で見送る。

 

 時を同じくして、対人インナーミッション専用区画で眠る、雨桐、容ら、患者らの体に現れていた変異症状が、まるで最初から存在していなかったかのように、静かに消えてゆく。

 

「……雨桐……」「……麗ちゃん……」

 

 保護カプセルの中で、安らぎを取り戻した二人の手は、互いを求めるように差し伸ばされていた。

 

「まさに……『龍鳳呈祥』……ですね」

 

 劉は、見上げながら言った。ようやく、彼女の顔にも安らかな微笑みが戻る。隊長の言葉を噛み締めた、インナーノーツ新生チームは、微笑みのまま光の行方を見つめ続けた。

 

 明明が、ふとモニターの通信ウィンドウに視線を向ければ、<アマテラス>チームも皆、同じような微笑みを浮かべている。

 

 その視線に気づいた直人が、見つめ返す。二人の視線が、結び合う。

 

『へへ、なんかいい事ありそうだな』

 

 明明は、照れ臭そうに言った。そんな彼女に、直人は、きょとんとなるも、もう一度、去りゆく光を見上げて、顔を引き締めた。

 

「……ああ!」直人は、力強く頷いて、明明に答えた。

 

 <アマテラス>、<天仙娘娘>は、鳳凰と黄龍の残した眩い光に包まれながら、誘導ビーコンに導かれ、生ある世界へと戻りゆく。

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