龍鳳呈祥 3
……畏れよ……
……『おそれ』こそ……人の本質……
…………『おそれ』こそ……秩序…………
…………さあ、共工よ……
……『おそれ』の絶望を知るものよ……
……我に力を……
『ぐぉお……おお……あ……い……おぉおお……』
『……久遠なる"おそれ"……久遠なる絶望…………人よ……抗う者どもよ……共工の慈悲を乞え……』
貯水槽区画の形は失われ、九つの人面が、<アマテラス>に向かって起立してくる。九つの頭は、後頭部で一つに癒着し、それを支える巨大な蛇体が現れる。
生理的な嫌悪感が、インナーノーツの顔を歪めるさせた。
「[エレメンタル]神話類型データベース照合……『多頭龍』型。共工との繋がりを考慮すれば、『相柳』に間違いなさそうだ」アランは、素早く解析し、アムネリアの言葉を裏付けた。
「相柳……」カミラは胸元にしまった何かを握り締め、禍々しい魔物を睨め付ける。
「共工に仕え、水と大地を汚す者……」神話学で学んだ知識が、直人の脳裡に蘇る。
「……やはりあの[ヤマタノオロチ]の……」カミラは、前回ミッションで対峙した、あの[エレメンタル]を想起せざるを得ない。それは、インナーノーツ、IMCで見守るスタッフらも、皆同じであった。
「ああ、同質のPSIパルスも検知している。あの[ヤマタノオロチ]の眷属か……いずれにせよ、同じ[原型]を持つ[エレメンタル]だ。それに……」アランは、眉を顰めて、正面モニターに浮かび上がる相柳を睨む。その蛇体の先は、渦を描きながら、波動収束フィールドが作り出す空間を超え、インナースペース深淵へと続いているようだ。
「PSI ボルテックスね……」カミラは、アランの考えを先回りして言った。アランは、頷き、言葉を続ける。
「やつの尾部は、遥か集合無意識の深淵。そこから発せられるPSIパルスは、<天仙娘娘>を巻き込んだ、あのPSIボルテックスのパターンと一致している」
「[ガイア・ソウル]に根を張った[エレメンタル]か……」カミラは自身に言い聞かせるように呟いた。
[ガイア・ソウル]——藤川が提唱した、集合無意識域に存在するとされる、地球意志情報力場説。仮説の域を出ないが、この[地球魂]の存在仮定を基にIN-PSIDは行動している。
昨今のPSI特性災害(PSID)や、PSIシンドロームの背景に、この[ガイア・ソウル]の何らかの変動が関わっているという藤川の指摘。神とも見まごうばかりの[エレメンタル]を目の前に対峙するインナーノーツは、その指摘の確かさを確信せずにはいられない。
「通常装備では歯が立たなそうね……PSI波動砲は?」「<天仙娘娘>と容支部長、いや、Chinaの集団ミッションシステムに関わる患者全ての無意識に、深く喰らい込んでいる。PSIパルスの選別ができない。巻き添えにしてしまう」
そうだろうと、カミラが頷いたその時。
「エレメンタル周辺、波動収束フィールド振動! 仕掛けてきます!」サニが、声を張り上げる。
蛇体を大きく持ち上げた相柳は、九つの頭全てをもって、喰らいつくようにして、<アマテラス>に襲いくる。
「回避運動! 応戦しつつ、<天仙娘娘>の救出を優先!」
デコイとPSIブラスターで牽制しながら、<アマテラス>は相柳の猛攻をかわし、その背後へとすり抜ける。
「<天仙>は⁉︎」「捕捉してます! 未だ最上部の共工頭部に取り込まれている模様!」サニは、モニターに自動構成された相柳の模式図の中に、<天仙娘娘>の位置を示す。
「再度、誘導PSIパルス放射を試みる! ティム、なんとか共工の頭部に寄せて!」「了解!」
相柳の後方から、最大船速で迫る<アマテラス>。それに勘付いた相柳は、蛇体をゆっくりと捻り、九つの頭を振り返らせる。
「<天仙娘娘>座標付近に、エネルギー蓄積反応!」「まさか⁉︎」
共工の口が大きく開かれると、その奥底が赤く燃えている。
「ティム、回避よ!」
咄嗟に、船をロールさせ、共工の口から吐き出された赤き光の螺旋をやり過ごす。共工の首は、<アマテラス>を追い、追撃をかけてきた。
「あれは、<天仙>の⁉︎ チィ、あいつら、まだ、撃ってくるのか⁉︎」「一旦、<天仙>の射程圏外へ退避!」
ティムは、<天仙娘娘>の死角となる下方へ舵を切る。そこへ、今度は首を伸ばした若い男の顔が、突進してくる。
『させるかよ!』
「マジかよ‼︎」ティムは、逆進と同時にスラスターを吹かせ、熾恩の猛攻を紙一重で交わす。
『ぅっく! ……そぉぉ! 逃げるな、異界船‼︎』熾恩の首は伸びきり、それ以上は相柳の身体が自由を阻む。『や……やめ……熾恩……コイツにこのまま囚われ続ければ……早く、帰る手立てを……』焔凱の顔が、嗜めるも、熾恩の顔に、その声は届かないようだ。
「ふう、間一髪だぜ……」
額に滲む冷や汗を拭いながら、ティムは呟いた。相柳との距離をとりつつ、<アマテラス>は、回頭する。
「これでは近づけない! リュウ達はまだ、共工に⁉︎」拳をシートの肘掛けに叩きつけながら、カミラは思わず叫んでいた。
「いや……今の砲撃……違う。明明じゃない……」「えっ?」
直人は、感じ取っていた。今の砲撃が、何の情念のカケラもない、無味乾燥なものであることを。
『……もがいている……泥土の中で……生を求め……必死に……』アムネリアも何かを感じ取り、呟いていた。
「じゃあ、<天仙>の皆んなは?」サニは、目を丸めて直人に問う。
「ああ、あそこで……あの中で、相柳と闘っている」はっきりと言い切る直人の言葉に皆、頷いていた。
「なるほど。おそらく<天仙>のシステムは、まだ相柳の支配下にあるのだろう。だが、彼女らは、さっきのコンタクトで、いくらか抜け出せているのかもしれん。<天仙>チームとのコンタクトを回復し、奴の内と外から仕掛けられれば、まだ勝機はある!」アランは、状況から推測した。カミラは、頷いてアランの策に同意する。
「アムネリア! 娃は⁉︎ 鯀には?」フォログラムのアムネリアにむかって、カミラは問う。
『……あの者の魂……異形の奥深くに未だ囚われている……深い絶望が……耳を……目を……再び閉ざす……』
『インナーノーツ! 急げ! <天仙>の推定活動限界はあと二十分をきったぞ!』通信ウィンドウの向こうから東が、がなり立てる。
「相柳、接近してきます! 距離、およそ千二百!』
歯を食いしばってカミラは、迫り来る相柳を見据える。あっという間に、彼我の距離を詰めてくる相柳の、熾恩の顔が、再び突出して襲いかかってくる。
『ヒャッハァアアアアア! 異界船! 沈めや!』
<アマテラス>ほど巨大化した、熾恩の顔が、大口を開け、食らいつかんばかりだ。その瞳は、タールのような闇が渦巻き、肌は、まるで腐敗しかかった遺体のような、紫や緑の色味を帯び始めている。
『よ……せ、し……熾……これ……以上は……』焔凱の顔も同様の色味を帯び始めている。
『ヒヒッ! ヒキィッ! ヒヒィイイ‼︎』「うざいガキ!」サニは熾恩の狂気じみた声色に嫌気が差していた。
<アマテラス>は、襲いくる熾恩の顔をPSIブラスターの弾幕で牽制しながら、もう一度、<天仙娘娘>へのアプローチポイントを探す。
自動砲台のようになっている<天仙娘娘>からの砲撃も掻い潜り、何とか<天仙娘娘>が囚われている共工頭頂部上空に達する。
「ん……⁉︎ これは? 微かだが……奴の中から……」<天仙娘娘>のPSIパルスに混じって、アランは一点、特異なパルスを認めていた。




