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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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龍鳳呈祥 2

「ティム! 追って! アムネリアを!」「あ、ああ!」


 カミラが頷いて同意を示したのを確認すると、ティムは、すぐに<アマテラス>を動かす。アムネリアの気配を追い、上昇を開始した。

 

 モニターの正面に、アムネリアと、彼女を引き摺る、何者かの気配が見え隠れする。アムネリアの抵抗が、時折、彼女を連れ去ろうとする者の姿を曝け出していた。だがアムネリアは、見えざる力に束縛され、身動きがままならない。

 

 低く唸る呪詛の声が、<アマテラス>のブリッジにも届く。この呪詛によって、アムネリアの自由が奪われているようだ。

 

「アムネリア!」

 

『行かせねぇよ!』

 

 突如、<アマテラス>は何かの強い力場に足を止める。

 

「くそっ! なんだ⁉︎」ティムは、スロットルを全開にして抗うが、船速が上がらない。

 

「アイツだ! ……サニ‼︎」「今度こそっ! ……見つけた! センパイ!」

 

 サニが、波動収束フィールドのフォーカスを、船の後方に一気に収束させると、印を組み、呪詛を唱える、髪を逆立たせた、細面の若者の全身が、はっきりと炙り出された。

 

『やべ、マジか⁉︎』

 

 全身を晒され、動揺を隠せない熾恩に、直人は、一瞬にしてロックオンを決める。

 

「邪魔を……するな!」

 

 PSIブラスターの一撃が、熾恩の念体を貫く。

 

『ぐぁあああああ!』『熾恩‼︎』

 

「今だ、ティム‼︎」「おうよ!」

 

 推力を回復した<アマテラス>は、そのまま連れ去られるアムネリアへと追いつく。

 

 焔凱が振り向けば、落ちゆく熾恩の気配、奪われし自らの魂を取り戻そうと迫り来る、鬼神の如き船——焔凱は選択を迫られる。

 

『くっ、熾恩!』たまらず、アムネリアを放棄した焔凱は、傷ついた仲間の後を追う。

 

 PSI-Linkシステムへのダイレクト接続により、意識を船外に拡張した直人は、中空に放り出されたアムネリアへ、自らの意識体の手を伸ばす。

 

 ……アムネリア‼︎ ……

 

 ……なおと! ……

 

 アムネリアの手をしっかりと握りしめ、直人は一気にその魂を船に引き上げた。

 

 フォログラムに、アムネリアの姿が戻ってくる。

 

「アムネリア! ……よかった……」カミラは安堵にホッとため息を漏らす。

 

 ブリッジの一同も、彼女の帰還を笑顔で迎え入れた。だが、一息つく余裕は、彼らには残されていない。

 

「アムネリア、亜夢。"二人"とも、大丈夫ね?」

 

 フォログラムの中で、アムネリアは、へたり込んでいた亜夢を立ち上がらせながら、静かに頷いた。

 

「時間が無い。すぐに戻るわよ! 今度こそ<天仙>を」

 

『……ンナーノーツ! ……インナーノーツ! 応答せよ!』開いたままになっていた通信ウィンドウが、徐々に回復する。

 

「こちら、インナーノーツ! チーフ⁉︎」東の呼びかけに、カミラが応答した。

 

『おお、よかった。通信が戻ったようだな。亜夢は? アムネリアは? ……大丈夫……なのか?』

 

 ブリッジ中央のフォログラム投影機に立つ、アムネリアと亜夢の姿を通信ウィンドウ越しに認めた東は、狐に摘まれたような顔を作り、真世の方へと振り返る。真世は、笑顔を見せ、亜夢のバイタルが回復し始めたことを示した。

 

「ええ。何者かの干渉を受け、一時、アムネリアが船外へ、連れ去られかけましたが……」

 

『連れ去られ⁉︎ どういう……』『東君。詳しい話は後だ。インナーノーツ、残り時間が少ない。とにかく<天仙娘娘>の救出を急いでくれ』

 

「了解です。ティム、反転降下! 再度、誘導PSIパルスによる<天仙>牽引作業にかかる!」

 

 

 熾恩の念体は、胴部を撃ち抜かれ、形を崩しながら、貯水槽へと『落下』してゆく。まるで、この空間に、"引力の法則"が働いているかのように……

 

 ……おい! 熾恩⁉︎ しっかりしろ‼︎ ……

 

 急降下する焔凱の念体の呼びかけに、熾恩からの答えはない。

 

 ダメージが深く、熾恩の強靭な意志を持ってしても、念体の回復は、ままならないようだ。焔凱は、ひたすらその後を追うが、一足遅い。

 

 ……し、熾恩‼︎ ……

 

 熾恩の念体は、九つある貯水槽の一つへと落ちる。その槽を縁取る通路へと降り立った焔凱は、膝を折り、水槽の底を覗き込む。しかし、熾恩の姿は見えない。

 

 ……クソォオオ‼︎ ……

 

 すると、熾恩の落下を合図にしたかのように、貯水槽区画が大きく揺れ動き始めた。

 

 ……な、なんだ? ……

 

 動揺して、立ち上がる焔凱。揺れに貯水槽から溢れ散った水が、足元に絡みつき始めている事に、焔凱は、まだ気付いていない。

 

 一方、『共工』の精神支配が解け、ようやく体勢を立て直しつつあった<天仙娘娘>も、突然の揺れに、対処を迫られる。

 

「何です⁉︎ この揺れは⁉︎」

 

「次元震? いや、違うネ! この区画一帯が、動いてる? まるで、生き物みたいに……」

 

「と、とにかく、離れた方が良さそうですね! 離水です、静!」「機関始動! 全スタビライザー、上昇角セット!」

 

「<天仙娘娘>、発進します!」「発進!」

 

 碧玉の輝きを放ちながら、船は舳先を持ち上げる。しかし、<天仙娘娘>の飛び立ちを、何かの力が妨げる。

 

「……どうしました⁉︎」「こ……コレは⁉︎」

 

 楊は、船体周辺の時空間情報マップをモニター展開する。

 

「な、何だぁ⁉︎ 水が絡みついてるのか?」明明が声を上げた。モニターに表示された、模式化された水面は、まるで蔦か、獲物に巻きつく蛇のように、船体を絡め取っている。

 

「サ、PSI-Linkシステムにも、また‼︎」

 

「システム防御急げ! また乗っ取られますよ! 各自、システム同調下げ!」

 

『せ、仙水が⁉︎ い……いゃああああ!』『あ、娃いぃいい‼︎』

 

 <天仙娘娘>に絡み付く水は、船体に現れた容と鯀の人影をいとも容易く飲み込みながら、<天仙娘娘>を包み隠してゆく。

 

 

「<天仙>! ティム、急いで!」

 

 鳳凰の翼を拡げ、天空から急降下する<アマテラス>。その目の前で、<天仙娘娘>は、暗き水の濁流の中へと飲み込まれつつあった。

 

「見て! 貯水槽が!」サニが、正面のモニターを拡大する。

 

「こ、これは……」「水が……」

 

 九つある貯水槽のうちの二つに、朧げに浮かび上がっていた雨桐の母、そして、あの王太母の顔。顔は生々しい生気を帯び始め、はっきりとした顔相を作り出す。

 

 それに倣うかのように、中央を除く、六つの貯水槽にも、人の顔が浮かび上がってくる——

 

 "その顔"は、繰り返される死への恐怖に怯える顔。痩せこけ眼窩の落ち込んだ、哀れな兵士の相貌。

 

 "その顔"は、恐れを嗅ぎつけ、惑わせ(そそのか)す顔。不敵な笑みを絶やさぬ、浮遊と呼ばれし小男の顔。

 

 "その顔"は、我が身を蝕む、貧しさ、病み、渇き……先の見えぬ不安という名の恐怖に怯え、逃れようと足掻く、愚かなあの父親の顔。

 

『…….クッ……クク……‥.何だ、何だ、何だぁ……俺は! 俺はまだやれる‼︎』

 

 信じられるものは自分のみ。我が力の及ばぬものは認めない、傲慢な自信に満ちた顔。だが、"その顔"は、内に秘めた、底知れぬ恐れを隠す仮面でしかないのかも知れない。

 

『……熾恩! 戻ってこい、熾恩! うゎああ‼︎ ……』

 

 浮き上がった熾恩の顔に気を取られた焔凱の念体を、貯水槽の水面があっという間に絡めとり、"その顔"を水面に浮かび上がらせた。

 

 その間、絡み付く水に、必死の抵抗を続けていた<天仙娘娘>の、かろうじて見えていた船首もすっかり水の中に飲み込まれてしまう。代わって貯水槽に浮かびがる"その顔"は、畏れに屈服し、絶望に自らを見失った鯀……いや、あの共工の顔——

 

 中央の貯水槽を残し、それを取り囲む八つの水槽に浮かび上がった顔面は、始めこそ、思い思い蠢めいていたが、やがて何かの意志に従うかのように、十六の瞳を一斉に<アマテラス>へと定めた。

 

 整然と並んだ顔面が、一斉に同じ動きをとる様に、インナーノーツは皆、身体の内側を悪寒が巡っていくのを感じる。

 

『……来る…………』

 

 迫り来る気配を指先に感じ取ったアムネリアが呟く。亜夢も大きく瞳を見開き、その気配に身構えていた。

 

『……大地の生気を捻じ曲げ……人の心の闇に潜む……畏れを弄ぶもの……』

 

 八つの顔面に囲まれた中央の湧水槽が、沸騰する水面のように泡立つと、最後の一つの顔面を作り出す。目鼻立ちが涼やかな、整った男の顔……その瞳が、ゆっくりと開かれる。

 

『相柳と呼ばれし者……』

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