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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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黒龍の目覚め 1

「第一、第二PSIパルス融合炉、内圧上昇!」

 

 <アマテラス>主機の軽快な回転音と共に、船体に漲るエナジーを、インナーノーツの皆は、その身に感じ取っていた。

 

『亜夢、アムネリア、いくよ!』

 

 PSI-Linkシステムにダイレクト接続した直人が、<アマテラス>に宿る"女神"らに語りかける。

 

『はい!』二人の返事に重なり、フォログラムに映し出されている娃が、同時に頷く。

 

「針路、娃のPSIパルスに最大同期! <アマテラス>、発進!」

 

 カミラの発令に、ティムはメインノズルを点火する。ノズルから押し出されるPSI情報素子が、<アマテラス>後方に力場を作り出し、一気に<アマテラス>を押し出した。

 

 娃は、頭上に掲げた両腕を、大きく弧を描きながら下ろし、胸を張るようにして、身体の左右に広げた。その娃の胸のあたりから、炎の塊のような光球オーブが飛び出す。


 光球は、次第にその光を大きく放ち、上空へと舞い上がる。それはまるで、小さな太陽だ。

 

 避難船団の皆は、またしても信じられぬ光景を、揺れる舟の上で唖然と見上げている。

 

「上昇角四〇! 量子スタビライザー起動!」

 

 <アマテラス>を内に包み込む光球は、船団の頭上を超え、天へと昇っていく。

 

「目標地点判明! 前方、雲の向こうに太陽が!」娃のPSIパルスが指向する先を、レーダー盤でトレースしたサニが、声を上げる。

 

「もしや、雲を払おうというの⁉︎ けど、どうやって?」

 

 暴風雨と稲光が荒狂う前方の暗雲を、カミラは睨め付ける。

 

『亜夢に任せて!』

 

「シールドが⁉︎」モニターに映り込む船体外部映像が、炎の様相を帯びてくる。光球は、次第に形を変え、翼、長く伸びた首、流麗に拡がる尾羽を形作り始めていた。

 

『鳥⁉︎ 鳥よ‼︎』『火の鳥‼︎』『おおおお!』

 

 避難民らのどよめきが聞こえる。

 

 彼らは、波間に揺れる舟の上で、頭上の奇跡に、精一杯の祈りを捧げ始めた。

 

 <アマテラス>は、今、彼らの信仰する太陽の化身たる鳥、後の世に『鳳凰』という名で伝わる神獣となって、暗黒の空高く飛翔する。


 <アマテラス>ブリッジのシールド展開状況を示したモニターの中で、シールドが見事に鳳凰の形を描く。

 

「シールド、亜夢のPSIパルスに感応? 効率二百四十パーセント⁉︎ これは⁉︎」目を丸めるカミラ。

 

『どう⁉︎ どう⁉︎』亜夢の嬉々とした声音が、問いかけてくる。

 

「すっげぇぜ! ファイヤーバード、いやフェニックスってか⁉︎」ティムは大袈裟に言葉にしたが、十分その効果を量子スタビライザーの動作効率から実感している。

 

『娃が教えてくれてるの! ウゥうん、あの舟の皆も教えてくれてる! 太陽の遣い鳥だって!』

 

「彼らの、信仰のイメージ……」

 

 カミラは、この船に、皆の希望が託されていることを具に感じ取った。アランが同意するように頷く。

 

 シールドが作る鳳凰の翼が、天いっぱいに広がり、ゆったりと羽ばたく。

 

「よし、このまま雲を突っ切り、太陽を目指す!」「ヨーソロー」カミラの指示を受け、ティムは機関の出力を上げた。

 

 

 ****

 

『……あれは……"火の鳥"……あり得ぬ……こんな……こんな事が……』

 

 鯀は、はっきりとそれを見ていた。いや、鯀だけではない。相柳を始め、彼の兵ら、方々の丘陵地へ避難を急ぐ民ら……皆、呆然となって、都の頭上高くに舞う鳳凰を見上げている。

 

 鳳凰が羽ばたく度、風雨が弱まってゆく。鳳凰は、ゆっくりと舞い上がると、分厚い暗黒の雲を、その炎の翼で祓う。次第に雲の切間が広がり始めた。

 

 鯀の魂とリンクする<天仙娘娘>のクルーらも、目の前で繰り広げられる光景に困惑を隠せない。このインナースペースという、時間も空間も、また、あらゆる可能性も秘めた世界で、なにが起ころうとも不思議ではないが、優雅に舞う鳳凰の姿は、それを差し引いても、なお超越した神々しさを湛えていた。

 

「いったい、何が起こっているのです⁉︎」

 

「わからないヨ! 八卦羅針盤も、さっきから固まってて……」

 

「チッ! 肝心な時に!」「やっぱ、アテになんないじゃぁ〜ん」「うるさい!」

 

「いえ……羅針盤が動かない……という事は……」「そうヨ、ここがおそらく、目標の時空間……とすれば」

 

 火の鳥を睨め付ける劉。釣られるように、皆も天空の鳳凰を見つめる。

 

「あの鳳凰……」

 

 鳳凰は、そのまま上昇を続け、雲の切間に吸い込まれていく。

 

 

『わぁあ……』『波が……天が……』晴れ間が現れ、暴風雨が嘘のように静まったこの機に、船団は力強く漕ぎ出す。目指す小山は目の前だ。

 

 一方で、筏で都に近づこうとしていた、相柳の兵らも、かろうじて水面に顔を出す祭祀の丘を目指して、進軍を開始する。

 

 奇跡が立て続けに起こる都を、相柳は不敵な笑い声を立てながら、見下ろしていた。

 

『……これぞ、まさに神子の奇跡。天と地の間に生まれし神子にとって、その気になれば、天の気を操るなど、造作もないこと……』

 

『ば、馬鹿なことを! 娃に……人にそのようなことが……できるわけ……』怒鳴り散らす鯀の目前に、相柳がぬっと詰め寄る。鯀は、言葉が続かない。

 

『貴方の妃、正大母は、自らの力を隠していたのです』

 

 瞬きのない、相柳の瞳が鯀を、そして鯀に同期する<天仙娘娘>の一同を見据える。

 

 <天仙娘娘>チームの皆は、その瞳の輝きに、身体の自由を奪われていく感触を覚えていた。

 

『力を隠し、貴方に治水事業を、好きなようにやらせた……何故か……』

 

 鯀の瞳が見開いている。相柳は、一歩下がると、鯀の瞳をじっと見据えたまま、ゆっくり歩き出す。

 

『この地は、大地の霊脈の集うところ。太古、我らの祖先は、それを見定め、この地に一大文明圏を作り上げた……』

 

 縛られ、身動きできない鯀の目の前を、ゆっくり、左へ右へと移動しながら、相柳は言葉を続ける。

 

『大地の加護を限りなく享受するこの都が、栄えるのは至極当然でした。なれど……』

 

『大地にしてみればどうか?』

 

 再び鯀の目の前に戻ってきた相柳は、再び、ぐいと距離を縮めたかと思うと、突然、鯀の口と鼻に己の掌を強引に押し付けた。

 

『うぬ⁉︎』『……鼻、口を塞がれ、呼吸を閉ざされたも同じ。当然……』

 

 息苦しさに悶え始めた鯀に、冷ややかな笑みを浮かべ、相柳は手を離す。

 

『ぶふぁああ‼︎ はぁ……はぁ……それが、この……洪水……だと?』

 

 鯀は、前屈みになって呼吸を荒げながら、問いただす。

 

『ふふ……南都の運命は、数百年前より定まっていました。神子である正大母は、早々に気づいていたはず……』

 

『‼︎』鯀は、青ざめさせた顔を上げた。

 

『……だから……だからこそ、儂の事業を! 都を守る為に、娃も……共に!』鯀は、縛られた身体を捩らせながら、相柳に噛み付かんばかりに身を乗り出して叫ぶ。

 

『はははは! 果たしてそうでしょうか? それは貴方の身勝手な思い込みでは、ありませんか?』

 

『⁉︎』鯀の目玉は飛び出さんばかりだ。

 

『あれ程の力があれば、その気になれば、貴方の治水など無くても、都を救うこともできた……そうは思いませぬか?』

 

『‼︎』相柳の二つの瞳が、再び揺れ動く。まるで、獲物を見据える蛇のような目の残像が、一つ……二つ…………次第に数が増えていく。

 

「な、なんだよぉ〜〜」明明は、顔を青ざめさせて硬直している。

 

「き、気持ち悪っ………」「智愛!」身体を寄せ付ける智愛の肩を、静はしっかりと抱き寄せ、身を寄せ合う。

 

 その瞳の像は、<天仙娘娘>のモニターを覆い始める。

 

「チッ! ナンセンス!」楊は、歯軋りしながら狐目を吊り上げて、モニターに揺れる目玉も群れを睨み付ける。

 

 ゆらゆらと蛇の如く蠢くそれは、まるで……

 

「九頭……龍? ……うっう……」劉は、自身の身体の裡に蠢く、グネッとした感触に顔を歪めた。

 

『神子は、最初から都を救う気などなかった……ただ、"見ていた"。貴方という、"人"を』

 

 遠のいてゆく理性の隙間に、相柳の起伏のない声が忍び込んでくる。

 

『"見て"……いた? だと?』

 

『そう……神子の本分……それは"見る"こと……』

 

『天地の試練の狭間、人がどう生きるのか、あるいは、どう滅びるのか……それを見定める神の目……それこそが神子』

 

 フォログラムが映し出す鯀は、影に絡みつかれ、身動きの自由が効かないようだ。その影は、かつて彼が殺して喰った、あの大蛇の姿にも見える。その精神の戒めに、何とか抗い、鯀は都の方へと顔を向けた。すると、物見台に立つ白靄の人影にも、自分の体に取り巻く蛇のような雲が、蠢いている。

 

『大地の試練を導き……ああやって、気まぐれに人を助けもする。それ全て、人の本性を見ようとせんが為』

 

 次第に、物見台の上の雲が、清き田の水、湖沼の如き静かな水、濁流となった暴れ水……様々な水の姿を見せながら、渦を描いている。白靄の人影は、その雲に渾然一体となって溶け込んでいくように、鯀には見えていた。

 

『では……儂は……儂は一体……何のために……』

 

 戦慄が鯀の身体を包み込む。その戦慄を抑え込もうと、鯀は必死に拳を握りしめていた。

 

『ふふ……貴方は何一つ、変わりませんね。この期に及んで、まだ、人の力を信じている……』

 

 再び距離を詰めた、相柳の両目が、カッと見開かれる。鯀の身体が一層戦慄すると、同期した船の激しい振動が、<天仙娘娘>チームに襲い掛かる。

 

『わかりませぬか!』相柳は叫ぶ。

 

『無力なのですよ! 人は!』

 

 相柳の恫喝めいた声が、鯀の心に、まるで大地に突き立てる杭のようになって、突き刺さっていった。

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