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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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黒龍の目覚め 2

 わずかな晴れ間の広がった空の下、避難船団は、南西の小山へと辿り着き、上陸を開始している。

 

『天地の営みは、人を魅了し、恵みを与えながら、ある時、無慈悲に全てを奪い尽くすもの……ふふ、まるで貴方の、あの美しきお妃のようではありませぬか?』淡々とした口振りで、相柳は言葉を続けていた。

 

『貴方の希望と期待が、満を辞した時、全てを奪い尽くす……所詮、貴方は、あの神子の手の内で踊らされていたに過ぎません……』

 

『そんな……ことは……』なんとか言い返そうとする、項垂れた鯀の声は、もはや張りを失っていた。

 

『貴方の十年かけた壁も、堤も全て水の底……それに引き換え、神子の祈り一つが、天を鎮め、日の光まで呼び込むとは。これが、人と神の力の差です』

 

『…………』

 

 雲の晴れ間から日が差し込み、西を見やれば、都へと容赦なく流れ込んでいた濁流も、勢いを弱めている。相柳が言うように、洪水は、娃の祈り一つで、すっかり治まってしまったかのようだ。

 

『かつて、貴方のご先祖、顓頊(せんぎょく)公は、古き神々を退け、人を中心とした、人の世を作ろうとされた。だが、それが幻想でしかないことが、よくわかるでしょう』

 

 顓頊。その名に鯀は、もう一度、顔を上げた。

 

『相柳……お前は、一体……何者だ? 儂に、何を望む?』

 

『ふふ……まだ、わかりませぬか?』都を見詰めていた相柳は、ゆっくりと振り向くと、呆れたように吐き捨てた。

 

 相柳は、鯀を正面から見据えると、ため息を漏らすかのように、しかし、はっきりとした言葉で、鯀に告げる。

 

『……共工』

 

『‼︎』鯀の心象に打ち込まれた杭に、相柳の発した"その名"が、重い槌となって振り下ろされる。その衝撃は、PSI-Linkシステムを通じて、<天仙娘娘>チーム皆の心身に、確かな痛覚となって現れてくる。

 

『治水に携わる貴方なら、おわかりでしょう? この、"神"の名が! その意味が!』

 

 冷徹さを保ちながら発せられた相柳の声は、どこか狂気じみている。

 

『洪水神、共工……だと……お前は……相柳……』

 

 遠のきそうになる意識を引き留めながら、鯀は相柳を見据える。

 

『そう……共工神は、かつてこの天下を巡って闘い、滅ぼされた。貴方の祖、顓頊によって! 我らは共工神を祀る一族……ああ、この日をどれだけ待ち望んだ事か!』

 

『共工を祀る……では……ここに儂を寄こしたのも……大洪水があると読みながら、あえて儂に治水をさせたのも……一族の復讐のため……』

 

 鯀の深く黒い瞳に映り込む相柳の影が、再びゆらゆらと近づいてくる。

 

『はははは! これは、見くびられたものです。確かに、今の貴方の打ちひしがれた姿、いくらか溜飲は下がりましたが……そんな昔の恨み事など』

 

 相柳は、強引に鯀の顎を掴み、朦朧となって垂れ下がりそうになるその頭を持ち上げた。

 

『言ったでしょう。私の目的は、貴方。貴方自身だと!』『⁉︎』

 

 相柳は、口元に、ここ一番の笑みを浮かべている。

 

『選ばれたのですよ、貴方は! 我らが神、共工に!』

 

 相柳の手が、鯀の顎を締め付ける。鯀の両の目玉は、飛び出さんばかりだ。構わず、相柳は続ける。

 

『貴方が心の裡深く宿す、計り知れない水と大地への畏怖! 信じた人の力への絶望!』

 

 また一つ、また一つと、鯀の心象に打ち込まれた杭が打たれる。それに呼応した、心身への衝撃が、<天仙娘娘>チームの皆を襲う。モニターに立ち上がるPSI-Link異常警告サインが、ブリッジを赤く染めていく。

 

『ぬぅうう!』

 

『内なる恐怖の前に跪け! そして、我が主の大いなる慈愛に、身を委ねるのだ!』

 

 また一つ、杭の一撃が<天仙娘娘>に襲いかかる。

 

「……くっ! PSI-Linkコントロール! 同期率、下げ!」劉は、痛みを堪えて命じる。

 

「……だめですぅ! 全然下がらないよぅ〜〜!」コントロールにあたる智愛は、涙目だ。

 

「PSI-Linkパルス逆流! メインフレームに侵入⁉︎ 八卦盤が⁉︎」

 

 羅針のフォログラムが、無軌道に激しく回転し、同期して、楊の監視する、八卦盤モジュール盤面の爻の図象が、定まるところなく、目まぐるしく組替えられている。

 

「いやあああああ!」モニターの中に、何かの影を見た智愛が悲鳴をあげる。

 

「なんだよ⁉︎ なんなんだよぉ⁉︎」明明も、何かの気配に身震いしていた。

 

「……嫌い……皆……嫌い……」静は、正面を向いて硬直したまま、顔を青くして何かを口走っている。

 

「まずい! 皆!」劉はなんとか意識を保とうと抗い、声を張る。

 

「このままだと、意識が乗っ取られます‼︎ 各自、システムとの接続を遮断……ふ、副長⁉︎」劉の隣で、楊が仰け反り白眼を向く。彼女の目の前の八卦盤の卦が、グネグネと入り乱れ陰陽対極図のような図象を描きながら、ゆっくりと渦巻いていた。

 

「……ちっ!」最期の抵抗を試みようと、気力を振り絞る劉に、何者かの重苦しい声がのしかかる。

 

『……畏れよ……受け入れよ……』

 

「うっ……くっ……」自席のコンソールに身をもたれた劉の意識が、次第に遠のいてゆく。

 

『……あ、娃……そなたは……なぜ…………』

 

『……人は……』

 

 薄らいでいく意識の中、劉は、鯀の苦悩に満ちた声を聞いていた。

 

 

 物見台の上で、娃は脱出船団が無事、避難所まで達したことを確認すると、静かに腕を下ろす。雲の影から現れた日の光に照らされた娃は、神々しいまでの光に包まれている。

 

 天を仰ぐ娃の姿は、<アマテラス>ブリッジ中央のフォログラムにも投影されていた。その両脇に、アムネリア、そして亜夢の光像が、娃に寄り添うように、徐に姿を現した。

 

『……ありがとう……』静かな微笑みを湛えたまま、娃は感謝を告げる。


 インナーノーツ一同が、フォログラムの三人に、安堵の笑顔を返した、その時。

 

 突如、ひび割れた警告アラームが、<アマテラス>ブリッジの和んだ空気を切り裂く。

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