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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第一章 久遠なる記憶
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重なり合う時の中で 4

『……ふふ。始まりますよ』

 

 丘の上で、沈みゆく都を冷ややかに見つめる、相柳の瞳が、見開かれる。

 

『始まる? ……あ、娃⁉︎』

 

 鯀の視線は、都の中心、一点へと注がれる。

 

『そうです。古より伝えられし、"神子"が起こす奇跡が……』『神子?』

 

 <天仙娘娘>ブリッジのモニターに映し出される、祭祀場に建てられた物見台。そこを登ってくる人影に、クルーらも気づく。楊は、その一部を拡大した。繭のような光を放つ、人らしき形が見える。

 

「あれ!」「あ、あの白靄の人⁉︎」

 

 人影は、吹き荒ぶ風雨に晒される、物見台の最上層に立つと、船団を見守りながら、両手を高く持ち上げた。

 

「何をする気ですか……」劉は、皆と共に、息を殺して様子を窺う。

 

 

『恐るな! 私が皆を護る! 漕ぎ出せ!』

 

 <アマテラス>ブリッジに娃の気高く、威厳に満ちた声が響いていた。

 

 勇猛な倭人と呼ばれた男達は、風雨に波立つ水面に、掛け声と共に舟を進める。舟に乗り組む女子供達は、投げ出されないよう、舟縁をしっかりと握りしめながら、身を寄せ合う。

 

 田畑、日々を過ごした家々、街並みはすっかり水に浸かり、幾つかの屋根が辛うじて顔を出すのみ。破壊された家屋の建材が流れてくる。皆、溢れる涙を必死に堪える。今この時を皆で生き抜くために……

 

 漕ぎ手の倭人らは、風雨に荒れる波を読み、その谷間を巧みに舟を進める。

 

「こんな嵐の中を……」カミラは、驚きを隠せない。

 

「すげぇぜ……アンタら」ティムは、込み上げてくる熱いものを堪えながら、操縦桿を硬く握っていた。

 

 城郭南西隅に位置する小山(現在、鳳山という名が残っている)まで、直線距離で約1キロ半。だが、暴風雨の吹き荒れる中での船路は、遥かに遠い。

 

 

『神子……言うなれば、宝玉以上の宝やもしれぬ。天に繋がり、地を動かす。この大地と水の化身。南都の今時、正大母にこそ、その気配を感じておりましたが……果たして』

 

 相柳は、都にできた湖面で一進一退の避難船団の様子を、冷ややかに見つめている。

 

『娃が……?』

 

 相柳が、何を言っているのか、わからない……

 

 ……いや……

 

 "わかりたくない"

 

 PSI-Linkシステムから流れ込む、音声変換されない鯀の心の声は、そう言っているように、<天仙娘娘>の一同には思えた。

 

 

「波動収束反応⁉︎ 三時方向に大濁流‼︎」レーダー盤を睨み、周辺観測を続けていたサニが、顔を上げて叫ぶ。


 <アマテラス>の一同が、前方モニター右側に注視すると同時に、轟音と共に、西側からこれまでにない濁流が、水煙を上げながら襲いくる。かろうじて水面に顔を出す、城壁に打ち付けられた濁流は、大波となって天高く盛り上がり、避難船団の横っ腹に、蛇の鎌首のようになって襲い掛かろうとしていた。

 

「まずい! 舟が!」叫ぶティム。インナーノーツは、何もできないまま、呆然とモニターに釘付けになっていた。

 

『な、波が‼︎』『きゃああああ‼︎』

 

 絶望に満ちた絶叫がブリッジに割れ響く。

 

「させない!」「ナオ⁉︎」

 

 高波にPSIブラスターを撃ち込めば、あるいは! ……直人の身体は、勝手に動いていた。

 

「ま、待って! 空間歪曲反応⁉︎ 何これ⁉︎」サニの声と共に、信じられない光景がモニターに映し出される。

 

 頭上高く上がった濁流の大波は、その中央から鋭い刃物で両断されたかのように二つに割れ、避難民を避けるようにして、壁の外へと落下した。

 

『波が……割れた⁉︎』避難民らは唖然としている。

 

『今です! 行きなさい!』

 

 娃の声が届いたかどうか、わからないが、その場の避難者らは何かを感じ取ったのか、皆、振り返って物見台の上の娃を仰ぎ見る。娃は微動だにせず、天に祈りをささえたまま立ち尽くしていた。

 

『正大母様!』『ああ、何という……』『我々のために……』難を逃れた避難民らは、涙を浮かべて彼らの女王に、深々と首を垂れる。

 

『母上様……』娃の娘は、母から受け継いだ、胸元の大珠を握りしめていた。

 

 

『まさか……娃……お主は……』

 

 自然の摂理を無視した現象を、はっきりと目にした鯀は、激しく狼狽している。

 

 これが、娃の起こした奇跡だというのか? そんな事が、そんな事ができる人間が……娃が……

 

 <天仙娘娘>の周辺に天を覆う雲とは異なる、黒々とした靄が浮かび上がる。

 

「な、何だ? これ⁉︎」モニターを取り巻き始める気配に、明明は警戒を露わに、迎撃体制をとる。

 

「副長、解析は⁉︎」「やってる‼︎」

 

「PSIバリア、偏向反応⁉︎ 何、これ⁉︎ パラメータが勝手に‼︎」智愛は、何とかしようと、コンソールに手を走らせながら口走る。

 

「総員、第一種警戒体制!」劉は、指示を出しながら、肌で、得体の知れない不吉さを感じ取っていた——

 

 

 物見台から、暴風雨に前進を阻まれる船団を見守っていた娃は、天を仰ぎ、静かに瞑想を始めた。

 

「な、なんだ⁉︎」

 

 アランが監視する船体管制モニターの中で、突然、<アマテラス>のPSIバリアパラメータもまた、書き変わっていく。

 

「第三PSIバリアパラメータに異常! PSIパルス同調率、急速上昇!」「何⁉︎」

 

 カミラが、アランに対処を指示しようと、口を開きかけたその時、音声変換された娃の、魂の声が<アマテラス>のブリッジに、静かに流れ始める。

 

『……聞こえるか……我が裡に宿しものよ……』

 

「えっ……?」直人は、目を丸め、フォログラムに投影された娃を振り返り見る。娃の光像の瞳が、しっかりと直人の瞳をとらえていた。

 

『聞こえるか……私の声が……』

 

「これって……?」「ああ……でも」

 

 サニとティムもフォログラムの娃を呆然となって見つめる。

 

『我が裡に宿し、水の御霊、火の御霊……太陽の鳳よ……』

 

「語りかけている……俺達に……︎」「まさか⁉︎ そんな事が」

 

 システム的に、説明がつかないと、わかっていながら、アランとカミラも、今起こっている現象を受け入れざるを得なかった。

 

 IN-PSID本部IMCで<アマテラス>を見守るスタッフ達も、驚きを隠せない。

 

「……時空を超えた、コミュニケートだというのか? ……所長、こんな事が……」狼狽した東が、藤川に見解を求める。真世、アルベルト、田中も藤川を見遣り、言葉を待つ。

 

「ううむ……」

 

 だが藤川も、左手に握った補助杖を固く握りしめたまま、状況を見守る他ない。

 

『私に力を……一時で良い……力を貸し与え給え』

 

 娃は、力強くインナーノーツに語りかけている。

 

『! ……やろう! なおと! 皆んなを助けよう!』娃のフォログラムから、光の塊が浮き出ると、亜夢の姿を形作る。

 

「亜夢⁉︎」

 

『……水は、我が宥めよう……』亜夢と同じようにして、アムネリアも姿を現した。

 

「アムネリア……」

 

 直人は、重なり合う娃、亜夢、アムネリアの三人の姿に強い意志を感じていた。

 

「もう、乗りかかった船だ! とことん付き合うっきゃないっしょ!」「だね! いっちょ、やりますか」ティムもサニも、腹は決まっているとばかりに、笑顔を見せる。その二人の笑顔に釣られるように、アランも微笑を浮かべていた。

 

 カミラは、皆に頷いて答え、モニター越しのIMCを見据え、口を開く。

 

「所長! まずはこの状況を打開する事が、先決と考えます! この、"娃"の意志に従い、行動します!」

 

 迷いのない、インナーノーツ皆の強い決意を受け、藤川は大きく頷いた。

 

『良かろう。現れた事象は全て、無関係ではあるまい。必ず、<天仙娘娘>とも繋がるはずだ。頼むぞ』

 

「了解!」

 

 短く応答し、カミラは姿勢を正して、声を張る。

 

「総員、PSI-Linkフルコンタクト! 娃の意志に集中! 直ちに行動、開始!」

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