クリティカル・パス 5
IN-PSID NUSA支部、午後一〇時過ぎ——
強制捜査から五日目。支部の一般職員のほとんどは、初日のうちに解放され、支部に残っているのは、幹部職員、技術職、そしてインナーノーツのメンバー等、合わせて四十人ほど。強制捜査という割に、<リーベルタース>とその格納庫を占拠している程度で、捜査員らは書類やデータなどを形式的にチェックしたり、支部内を巡回して回っているくらいだ。初日に踏み込んできたドレイクも、部下に任せ、とっくに立ち去っている。
職員は、各部署ごとに軟禁されているとはいえ、監視付きではあるが、食事やバスタイムは許容され、捜査員らとも雑談を交わしたりと、緊張も和らいできていた。
マークは思う。テロ疑惑はブラフだ。やはり、<リーベルタース>の占拠自体が目的だったのであろう、と。
マークの執務室には、NUBIの捜査司令部が置かれ、NUBI捜査員五名が交代で常駐していた。客席テーブルに広げた端末に向かう捜査員ら。そのうちの一人、若い女性捜査員の、背中にNUBIのロゴが入った黒いジャンパーはピカピカだ。新入捜査員なのだろうか? と、何気なくみつめていると、彼女は手を口元にやり、肩が下がる。
「君たちも大変だね、こんな夜更けまで」苦笑してマークは声をかけた。
若い女性捜査員は、ハッと息を呑み振り向く。
「い、いえ。仕事ですから!」と言い捨て、端末に向き直り、監視カメラの映像をパッパと切り替え始めた。彼女の後ろ姿に、マークはふと、微笑みを浮かべていた。
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同刻<リーベルタース>格納庫、コントロールセンター。
「ッツ、ッツ……タラッツ……」ベッドホンからビート音を垂れ漏らして口ずさみ、脚、腕、腰をクネクネ。ドレッドヘアを振り乱して、人目も気にせず踊る黒人に、この日の監視担当である、生真面目な白人捜査員は我慢の限界だ。
「おい! 貴様‼︎ いい加減にしろ‼︎」
ダミアンは全く気づくことなく、腰をくねらせる。一緒に軟禁された技術課員らは、ダミアンの音にも慣れきって、椅子やらベンチやらで、眠りに入っていたが、捜査員の怒鳴り声で、皆一斉に目を開ける。
捜査員は我慢ならず、ダミアンのヘッドホンをむしりとる。
「ヨウ、メェン! ご機嫌かいぃ? ヘェイ!」
「バカか貴様! 爆音ダダ漏れにさせて! 周りの迷惑も考えろ!」
「迷惑ぅ? って……言われてもヨウ……気にせず寝てたぜ。なぁ、ブラザー?」
「あぁ。にぃちゃん、むしろあんたの声で目ぇ、覚めちまったじゃねぇかよ」ダミアンに声をかけられた、近くの技術課の髭面の中年男が、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「な、なんだと⁉︎」「ヘィ、ヘィ、ヘィ! そぅ、カリカリすんなって。ヨゥ、昨日の監視担当は最高だったぜぇ! なぁ!」
「あぁ! あのサンバ野郎な!」「ヒップホップとサンバのガチンコ対決、最高にクールだったぜ」すっかり目が覚めた技術課員たちは昨晩の、束の間のどんちゃん騒ぎを思い返す。
「な、なな……」
「ヘェイ、メェン! 今夜もいっちゃう〜〜? 軟禁、ナイトフィ〜バァ〜〜!」すっかり盛り上がり始める十数名の技術課に囲まれ、監視役の男は口をぱくつかせるばかり。呆れるホセは、コンソールに突然現れたサインに目を丸めた。
——TELEPORT SIGNAL CONFIRMED(転移シグナル確認)——
——PCG01-AJ AMATERAS——
まもなく、警告灯が回り出し、警報が場内に響き渡る。
「な、なんだ⁉︎ 何事だ⁉︎」捜査員は、慌てて捲し立てた。技術課員らも何が起こったのかわからず、騒然となる。ダミアンも右、左と、なんの警告かと見回すと、ホセがまっすぐコチラを見て、顎で何かの合図を送る。その先のモニターには、ホセが見たものと同じサインが点灯していた。
……<アマテラス>、ダァ⁉︎ オィ……まさか⁉︎ ……
ダミアンはホセともう一度、顔を見合わせ、頷き合うと、警報を止めろ! 原因はなんだ! と、動転して、銃を抜いて騒ぎ立てている捜査員の方へ、ヒップホップの足捌きで前へ出た。
「おっとぉ〜。ここのセンサー、感度が良すぎてヨゥ! たまにゴースト拾うんさ! こんな感じに!」
ダミアンは踊ってるのか、よかわからない格好で身体を屈める。捜査員は、その動きに全くついていけない。
「出たぞ〜〜‼︎」
ダミアンは、捜査員の銃を持つ右手に向かって、伸び上がる勢いでヘディングをかまし、銃を落とさせる。それと同時に、技術課員らは、なんだかよくわからん、と思いながらも、捜査員に飛びかかる。場内の警告音と、コントロールセンターの騒ぎに気づいた、格納庫内にいた数名の捜査員二人が、駆け上がってくる。勢い付いた技術課員らと真っ向からぶつかった。
「どういうことだ! 何が起きてる、ダミアン⁉︎」捜査員を押さえつけながら、技術課員の一人が叫ぶ。ダミアンは、それには答えず、モニターに表示された何かのカウントダウンに、ビートにでも乗るかのように、腰と腕をくねらせている。
「来る! 来る! 来る‼︎ 、あ、三! 、ニィ! 一‼︎」
****
「NUSA支部、帰還ポートに時空間パラメータ同期開始! まもなく明けるぞ!」「ランディングギア、展開!」アランに答えて、ティムは着陸体勢に機体をコントロールしてゆく。
「ポートの規格は同じだ! 上手く載せろ!」アランに続いて、アルベルトが言う。
「簡単に言ってくれる!」とティム。
ポート設備は日本本部と同規格とはいえ、着陸位置は、<リーベルタース>に合わせ、微調整するように誘導される。そこに<アマテラス>を着陸させるには、誘導を使わずに手動で操作するしかない。(支部の運用として、<アマテラス>の転移受け入れも想定されていたが、本来なら支部に通信を入れ、コントロールセンターで誘導設定を変える必要があった)
帰還ポートの中空に現れた光球が、空間を押し広げるように拡大し、その中に、<アマテラス>の船影をホログラムのように映し出す。それは、光の減衰と共に、次第に実体となって『現象化』する。
船体にかかる重力の重みを操縦桿に受け止め、下部カメラの映像を睨んで、ランディングギアの設置位置を確認しながら、ティムは慎重に船を降下させていく。
緊張漲る船内が、大きく揺れる。
『タッチダウン、成功! ガントリー通信確認、ロック完了!』『下部緊急ハッチ、開放! IMS、直ちに突入開始‼︎』アランに引き続き、カミラの発令に猛者らの士気が一気に高まる。
キャビン両舷の三重構造の緊急ハッチが開放されると、ハッチに近い方の男達から順に、船外へと飛び出していく。そのまま、帰還ポート区域から格納庫エリアへと雪崩れ込む。
異変を感知した警備アンドロイド五体が、即座に反応して、銃を構えて警告する。雪崩れ込んだIMS隊員らは、咄嗟に物陰に隠れて様子を伺っていると、コントロールセンターの方に向かっていた捜査員らが、こちらに気づいて向かって来ようとする。
「ちっ、そう簡単にいかねぇか!」最後にアルベルトと降りてきて合流した如月が、アンドロイド部隊の壁を睨め付けていると、コントロールセンターにいた技術課員らが、捜査員を背後から襲って拘束し、アンドロイド部隊のコントロール装置を奪い取ってこちらに合図している。
「ナイス‼︎ 行くぞ‼︎」動きを止めたアンドロイドを横目に、如月らは駆け出す。
<リーベルタース>周辺を警備していた六人も動くしかない。如月は、格納庫突入組十七人のうち一〇人を迎撃にあたらせ、残り七名とアルベルトを引き連れて、コントロールセンターを目指す。
既に騒ぎは勘付かれたらしい。格納庫へのエレベーターが降りてきている。
「増援が来るぞ‼︎」如月は、勢いで乱闘に加わった技術課員らと、七名をエレベーター前に配置して、アルベルトと共にコントロールセンターへ急ぐ。
「ヨォウ! ブラザー! 最高にノッてるねぇ!」コントロールセンターに如月とアルベルトが乗り込むや、腰振るダミアンの踊りが二人を歓迎する。見回せば、生真面目な白人捜査員と、もう一人のガタイのいい捜査員が、六人の技術課員に取り押さえられ、結束バンドやら、配線コードやらで拘束されているところだった。
「いいから、どけ!」と如月にドヤされながら押しのけられ、苦笑しつつ場所を譲るダミアン。
「エントリーポート! 準備しろ!」アルベルトは、その席ですぐに持ち込んだデータメモリをコンソールにセットし読み込ませながら声を上げた。
「エントリーポート?」怪訝げに訊き返すホセ。
「いいから、早く!」アルベルトの気勢に、ホセは肩をびくつかせて動く。
「おい、おい、おぉい! オレっちらを助けにきてくれたんじゃ、ねぇーのかぁ? ブラザー?」
「説明は後だ! すぐに<アマテラス>を飛ばす!」と言うと、如月はオーラキャンセラーを構えて、コントロールセンターの入り口を陣取る。
エレベーター付近では、降りてきた捜査員の増援と、IMSらの銃撃戦が始まっている。
オーラキャンセラーの光弾が捜査員の一人にヒットし、気が抜けたようになって、その場に崩れる。近くにいた若手捜査員は、仲間の犠牲に思わず声を上げる。
「安心しな。眠っただけさ」オーラキャンセラーを当てたIMS隊員は、物陰に身を隠し、キャンセラーのチャージを待っていると、「Shit‼︎」と若手捜査員の怒り任せに発砲した銃弾が、足元に着弾する。
「実銃相手じゃ、分が悪いぜ!」「こっちは、殺傷厳禁だからな。無理するなよ! <アマテラス>が飛ぶまで、時間稼げりゃこっちの勝ちだ!」そう言って、覚悟を決め、オーラキャンセラーで反撃する。非常階段からの通路にも、増援が現れる。
「チャーリー! 遅いぞ!」「Go! Go!」捜査員らは、三十名近くになり、形成は逆転されつつある。突入したIMSらは、機材などをバリケードにして応戦を続けた——




