クリティカル・パス 4
神取は、ふと顔を上げた。壁時計の短針が、もうじき三時を指し示そうとしている。
「……始まったか」
先程まで、微かに感じていた式神、彩女の気配が完全に途切れた。彩女が憑依している真世がIMCに入り、そのIMCに結界が展開されたためだということを、神取は知っている。
つまり、間も無くインナーミッションが開始される、その予兆だ。
「……翔ぶのですね、あの<アマテラス>が」与えられた療養棟の一室で、神取の診察を受けながら、兵が言う。
「そのようですね」
兵は、片手をそっと上げ、同室の陣に合図を送る。陣が、軽く目を閉じると、彼の指輪型の通信端末が振動する。脳波感応によるメッセージの送信が完了した合図だ。
「ふふ。今回の騒ぎ……風辰殿は随分と関心ある様子。IN-PSIDの様子を逐一伝えよ、とのことでしたが……よかったのですか?」
二人の会話を陣と、もう一人の同室人、皆は、じっと窺う。
「よかった……とは?」何食わぬ顔で、神取は訊き返す。
「情報提供ですよ。あちらに報告したのは、ほとんど神取殿に頂いた情報……ここまで協力して頂けるとは」兵は、薄く微笑む。
「心外ですね。私はこれでも従順な、御所の駒ですよ」と自嘲めいた笑みを浮かべる。
「……ノヴス・ドミヌス……ですか。私も、烏として、向こうのエージェントとは、何度かやり合ったことはありますが……」
兵は、モノを見ることが叶わなくなった瞳を、神取にしっかりと向けた。
「明らかに……異質な連中でした。皆、感じてました……共存はできない相手だと……」
神取は手を止めて兵の顔をじっと見つめる。
「……ふふ。貴方の中に……風辰殿と同じものが見える……」
「何が言いたい?」神取は鋭い眼差しのまま、訊ねる。言いしれぬ緊張に、陣と皆は、背筋を震わせた。
兵は、それには答えず、神取の止まった手に、自らの手を重ねた。
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紀伊山地某所——
山一つ分をくり抜いた巨大な地下空間下層には、天と地を結ぶ巨大な機械の柱の基部が聳え立つ。基部は、一面石原の中央部、積み上げられた石塔に突き立てられた様に立てられ、まるで賽の河原を想起させる。
「何回か来てるけど……そうそう、来たいところじゃねぇよなぁ」熾恩は、皮肉っぽく言う。
「ひゃっひゃ! そぉ〜〜んなにぃ、こわぁ〜〜くぁねぇさぁ〜〜きっきっき!」斜視の小男、飛煽がケタケタと笑う。
「だぁ! べ、別に怖くなんかねぇさ! オレの趣味じゃねぇだけで……」と言ったそばから、悪寒に身を震わせ口籠る熾恩。
「はは、お前の勘は、悪くねぇ……噂じゃ、この山には、封印されているらしい。途轍もない、霊気を持った奴の……」「墓場だ」焔凱の話を煌玲の一言が打ち切った。
「は、墓場……」熾恩はもう一度、身体をブルつかせる。熾恩はもう少し、詳しい話を聞きたかったが、煌玲は無言のまま先へと進む。
「このあたりでいいだろう」
幾分、平らな場所で、四人は石原を均して整え、飛煽が持ち込んだ機材を設置する。四人はそれを囲んで円陣を組んで座った。彼らの動きは、制御室で監視されているのであろう。そのタイミングで、この地下空洞に、威厳の中に冷徹さを混ぜ込んだ、老人の声が鳴り響く。
『IN-PSIDが動き出した。これより、三宝神器を用いて<アマテラス>の次元航跡を追跡する。<アマテラス>が『ヒルコ』への道筋を示すはずだ』風辰翁の声であることは、彼ら、火雀衆の四人にはすぐにわかる。
『ヒルコは、今、あの紛い物の『天の御柱』の遥か高みで、『ノヴス・ドミヌス』の神とならんと、欲しているようだ。ふん……神になれんかった出来損ないが……笑わせる』
苛立ちを露わにする風辰の声を、火雀衆は無表情のまま聞き入れている。
『だが! 我らに神は二つといらん! 『ヒルコ』を消せ! ヤツの魂をあの世深く埋没させるのだ‼︎』
「承知!」
『それでは、まずは感応装置と三宝神器基底地場を調整していきます。皆さんは、いつも通り、装置へ意識集中を。潜入まで、今しばらく時間はあります。気を鎮めてお待ちください』
技術責任者の穏やかな声で指示に従い、火雀衆の四人は、半跏趺坐で座り直す。地下空間という割に、じめっとした重くまとわりつくような空気を、四人はゆっくりとした呼吸と共に、体内へと取り込んでゆく。熾恩は不快に顔を顰めながら、だんだんと空間と一体となってゆく奇妙な感覚を覚え始めていた——
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「Sweat Meat, Sweat Meat (ムサい、ムサい)! ……』サラは不満を露わに英語で呟いている。「少しの間だ、我慢しろ」防護服越しに密着したマイケルも、苦笑を浮かべていた。
<アマテラス>は今、明らかに定員オーバーだ。せいぜい十人が限度の、狭い船体中央キャビンに、マイケル、サラは、防護服と銃器型オーラキャンセラーで武装した日本本部所属のIMS(Inner Mission Support)の猛者(災害救助活動も担うため、元レスキューや軍経験者が多い)ら十二人と共に押し込められている。さらにIMS隊長如月、副長齋藤を含む残り八人は、ブリッジの方にすし詰めになっていた。
「ねぇちゃん、安心しな! 俺たちがしっかり守ってやるぜ」四十代半ばほどの強面の隊員が、ガムをクチャつかせながら声をかけてきた。サラの英語をまるで理解していない様子。マイケルは顔を引き攣らせ、サラは愛想笑いを浮かべて、軽く手を振る。俄然気をよくした男が、サラにもう一声かけようとしたその時。
『IMCより通達』東の声に、<アマテラス>船内に充満していた猛者らの熱気が、緊張へと変わっていく。
『<テメノス>側の座標設定を完了した。作戦の確認だ。<アマテラス>はインナースペース突入次第、<テメノス>の座標誘導に乗って時空間転移! 一気にNUSA支部<リーベルタース>格納庫に乗り込む! NUBIに察知される前に、すぐ跳んでもらう』
「了解!」カミラの返答に、ブリッジのアラン、ティム、サニ、直人、救護カプセルでPSI-Linkシステムに繋がる亜夢、そしてIMS隊員らの覚悟が一つとなる。
『トランジッション・カタパルト、オールクリア!』
「現時空座標同期……よし、全て正常!」もう一人、ブリッジに乗り込んでいたアルベルトは、アランと顔を見合わせ、この人数に合わせた設定が上手く働いたことを確認し合う。
「正常ってかぁ⁉︎ こんな満員バスで」ティムは、皮肉っぽい笑いを立てる。
「ばろぅ、お前の立てた作戦だろ」と、ティムの席にしがみつく鬼瓦顔の如月。
「ん? ま、そうだけど……」
「<アマテラス>発信準備完了! スロットル最大! 突入出力へ!」カミラの指示が飛ぶ。
「ちゃんと、飛ばせよ」と如月は牙でも剥きそうなくらいに歯茎を見せて、顔をニヤつかせた。
「ったく! やってやるぜ! 磁気浮揚、MAX一五〇パーセント! スロットルいっぱい‼︎」ティムは、ヤケクソ気味な声を張り上げた。
『エントリーポート開放! 突入、一〇秒前! カウントダウン、スタート‼︎」
<アマテラス>は磁気によってトランジッションカタパルト内で浮揚する。だがいつに増して、重い。その重量を感じながら、ティムは操縦桿を引く。
『七、六……』アイリーンの読み上げるカウントダウンに、皆の意識を集中してゆく。
IMCでは、藤川、東、田中、そして真世が、旅立とうとする皆の無事を、無言で祈っていた。
『三……二……一!』
「<アマテラス>、発進‼︎」




