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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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邂逅の時 1

 IN-PSID本部、療養棟に隣接するPSIシンドローム専用ICU・中央管理センター——


 インナーミッション終了から三〇分ほど。古屋の身体はICU個室に移され、ここ管理センターより貴美子と神取が、容態確認と術後処置にあたっている。藤川、真世、そして立ち合いを許可された早瀬が、沈黙のまま、その様子を見守っていた。


 そこへ、ミッションの事後処理を終えた東と、インナーノーツの五人が入室してくる。その中に直人の姿はない。


「バイタル、安定してきたわね。肝臓と胃にも……現象化反応は見られない。もう大丈夫よ」


 貴美子の緊張が和らいだ声に、一同は安堵のため息を漏らした。


「……ふ、古屋さんは……これから?」早瀬は、気まずそうにしながら貴美子に訊ねる。


「これから、検査や傷ついた臓器の治療もしながら、最低でも一週間は入院してもらうわ。ここの療養棟でね」


「そ……そうか……」モニターに映るICU個室の古屋に視線を落とし、早瀬は、小さく微笑むと、一同の方へと向き直り、勢いよく頭を下げた。


「古屋さんを救ってくれて、ありがとう! そ、それから……すまなかった!」


「お……お父さん……」真世は驚きつつ、頭を下げたままの早瀬を見つめた。


「もう! あんないい加減な記事とか、投稿! やめてよね!」真っ先にサニが言う。


「あ、ああ!」


「いい! 爬虫類人とか! アタシたちが悪者とか! センパイのこととか‼︎ 全部間違ってましたって出すのよ‼︎」「も、もちろん、そのつもりだ‼︎」


 さらに頭を下げる早瀬に、眉を吊り上げたままのサニは、まだ何か言いたそうだ。


「おいおい、そんくらいにしといてやれよ。これでも、真世の親父さんなんだし」見兼ねてティムがサニを宥める。


「み、皆……ごめんなさい……」思わず真世まで揃って頭を下げる。


「そ、そんな! 真世さんが謝ることじゃ……」サニは、モゴモゴと口籠るしかない。


「でも…………お父さん……だから……」俯いて、そう呟く真世に、早瀬は思わず目線を上げて真世を見つめる。


「ま、まあ……後始末、ちゃんとしてくれりゃ……」と口を尖らせるサニ。


「そのあたりは、相談させてもらえるかな? 早瀬くん?」藤川は微笑して早瀬を窺う。


「あ、ぇえぇ……お……お義父……さん……」恥ずかしげに俯いて答える早瀬。ICU管理センターの空気は、仄かに温かい。その中で、亜夢は一人、古屋の個室映像と並んで映し出された、もう一つの部屋の映像をじっと覗き込んでいた。


「なおと……」


 直人もまた、<アマテラス>が戻るとすぐ、ICU(ここ)に運び込まれていたのだ。


「彼も落ち着いてますよ。じっくり休めば、じき回復します」心配気な亜夢に、神取は淡々と言う。


「ええ……何もせず、じっくり休んでいれば……だけど……」直人に視線を移した貴美子の口調は、冷ややかだ。


「それじゃあ……ナオは……ミッションは、もう……」カミラは、眉を顰める。インナーノーツ皆の表情も重い。


「医者としては、禁止したいところよ……でも……」


 ICUの個室で眠る直人。その表情は安らぎ、小さな微笑みを湛えているようにすら、貴美子には見える。


「…………治療には最善を尽くすわ。全力で彼をサポートする。私にできることはそれだけ……」


 インナーノーツの皆は、深く頷いて顔を上げた。何一つ、語らないメンバー一人一人の瞳には強い覚悟と意志に満ちている。早瀬は、ハッと息を呑み、モニターの直人を見遣る。


「大したもんだな……キミは……」早瀬は直人に呟くと、藤川の方へ向き直った。


「藤川所長。一人の物書きとして頼む。今回のこと、記事にすること、正式に許可を頂きたい。あぁ、もちろん、機密に関することは相談させてもらうとして……正しく伝えたい。このIN-PSIDで見たこと、聞いたことを……真実ってやつを!」


 藤川は、早瀬の真剣な眼差しを真正面に受け止め、そして微笑んだ。


「……ああ、君ならそう言うと思っていたよ」


「ありがとう、ございます……それじゃ、俺はそろそろ。古屋さんが、目、覚ますころまた来ます……」


 早瀬は、皆にもう一度、頭を下げる。


「玄関まで、送りましょう」東が先導し、早瀬はそれに続く。


「……待って!」


 真世の声に、早瀬は足を止めた。


「……ここに、いるのよ。ママ」真世に背中を向けたままの、早瀬の肩が、ピクリと跳ねる。


「逢って……行かないの……ママに……」


 早瀬は何も答えない。その父と娘を、皆は沈黙のまま見守る。


「……実世は……俺なんかには……もう……」


「そ、そんな……」


「……すまない……真世……」


 早瀬は足早に、その場を出ていく。東が小走りでその後を追っていった。


「お父さん……」真世は、父の去った先を、しばらく呆然と、見つめていた。



 ****


 同日、午後四時頃。北海道根室沖。


 霧の立ち込めた海域に、白色の強い光が明滅する。


「発光信号! ……停船を呼びかけています!」


 <テメノス>ブリッジで、双眼鏡を覗き込む通信士が叫ぶ。追跡を掻い潜るため、<テメノス>が電波通信機器類を遮断していたため、相手側は発光信号で呼びかけてきたのだ。


「順調に来ていれば、すでに日本の領海だ。巡視船だろう」


「どうする、キャプテン?」航海士が問う。


「衝突は避けたい。船を停めろ」「了解! 停船する」


 ブリッジに上がったマイケルとサラは、霧の先に目を凝らす。相手は数キロ先に、二隻いるようだ。サラはマイケルに身体を寄せ、その腕をそっと掴む。


「ま……こっちは明らかに不審船……ですもんね」ブリッジ要員の一人が軽口混じりに言う。


「……キャプテン、この船は国連所属の、国際救助船だ。識別信号を発信しては?」とマイケル。


「差し迫った災害も起きてねぇのにか? かえって怪しまれないか?」


「何もしないよりはいい」


「……オーケー、やってみるか」


 ブリッジが緊張に包まれる中、通信士は識別信号の発信作業に手を動かし始める。



 ****


 窓の外に見える秋の日本海は、穏やかだ。その窓は、今朝、亜夢が掃除で開けたままになっており、夕方に差し掛かった海から心地よい風を運び込んでいる。


 亜夢もミッションに呼ばれ、聖美と沙耶もホテルに戻ってから、静かな午後を風の揺らめきの中で、実世は何度か寝ては覚めを繰り返していた。風に吹かれていたからであろうか?


 今、不思議と気持ちが軽い。実世は、ベッドから上体を起こして風に触れようと、そっと手を伸ばす。このまま風に吹かれて、この美しい海と空に舞い散れたなら……


 ドアの開く音に、実世はハッとして振り向いた。訪問者は声も無く部屋に入ってくる。


「真世……お仕事、終わったのね。お疲れ様」


「う……うん……」真世はじっと実世を見つめたまま、立ち尽くしている。


「……どうしたの?」実世は、娘に微笑みかける。


「……あ……あのね…………」「ん?」


「……あの…………あっ、そうだ……今朝は、掃除……来れなくてごめんね」


「うぅんん。亜夢ちゃんと、沙耶ちゃんがやってくれたわ。ふふ……二人とも、ずいぶんと仲良くなったみたい。あ、そうそう、それでね……聖美さんがちょっと面白いこと考えてて」


 珍しく実世が、楽しそうに話している。父のことは、まだ言えそうにない……


 実世は、今朝の亜夢の歌声の話、そして、真世達のフェスでの演目に、亜夢も参加できるよう、聖美が一曲、アレンジの準備を始めていることを真世に伝えた。


「真世から、藤川(お父さん)には伝えておいてって。聖美さん、なんかサプライズにしたいからって……他のみんなには内緒よ。ふふ……どんな風になるのかなぁ。楽しみだわぁ」「そ、そんな話に……大丈夫なの? 亜夢ちゃん?」


「沙耶ちゃんがボイストレーニングするそうよ」


「そ、そうなんだ……」


「あら、そういえば、亜夢ちゃんは? 一緒だったんじゃないの?」


「う……うん……風間くんについてたいって……ミッションで倒れて……今、ICUに……」


「えっ! 大変! ……聖美さんたちには?」「お、お祖母ちゃんが言うには、安静にしてれば大丈夫って……風間くんも、心配かけたくないって言うから……」


「そう…………で、亜夢ちゃんが付き添ってるんだ……」「う、うん……一緒にいるって、動かないの……」真世はそう言って、母から視線を逸らす。


「真世……」実世は、押し黙る娘をじっと見つめる。


「もう……素直じゃないんだから……私譲りかなぁ」


「…………」


「亜夢ちゃんくらい、素直になれたら良いのにね」


 何も言い返せず、真世はさらに俯く。


「……素直になるべき時に、なれないと……失った時は、戻せないんだから……」


 穏やかな母の声に、真世は、ハッとなって顔を上げた。


「……なんで……あの頃……素直になれなかったんだろう……私……」


 母は、入り込む風に、軽く束ねただけの長く伸びた髪を吹かれるままにして、再び窓の外を眺めていた。


「良い風ね……」

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