↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

331/367

ヴィニフィカシオン 5

「四〇年以上前……PSIが本格的に世界のインフラに取り入れられ始めた頃……日本でもPSI電力プラントが全国で十基ほど建設された……俺の親父は、そのうちの一つ……若狭の……かつての原発跡地に建てられた電力プラントにメンテナンス作業員として勤務していた……」


 身体を戦慄かせる早瀬は、まるで別の何者かに促されるように、滔々と言葉を流し始める。


「……へっ……メンテナンスなんつっても、労働サービス業者から派遣される、ただの請負さ。あの頃はまだ、今みたいなベースインカムなんてのもねぇ。大した学もない親父は、そうやって食い繋いできたんだとよ。ま、それでも、当時、日本のエネルギー転換の可能性を秘めたPSIの導入は国策で進められ、末端の親父みたいな労働者もはぶりがよくてな。俺はこの国の未来を作ってんだとか、ぬかしてやがった。バカな親父だったけどよ、俺やお袋にとっては、まあ、悪くない親父だったさ……オレに大学行かせようと無理しやがって、払いのいい危ねぇ仕事も、引き受けてたみたいだった……今になって思えば……あれはPSIシンドロームだったんだ……」


「四〇年前の……PSIシンドローム……」真世は息を飲んだ。


「そうさ……当時はそんな名前はまだなかったが……。動く仕事だったせいか、親父はメタボの診断も受けたことがねぇ……身体だけが取り柄だったのによ……体調不良を訴えるようになってからは一転。病院でもハッキリした原因もわからないまま……生活習慣病だの、ストレスだのと誤魔化され、とうとう仕事もクビになった矢先。突然の末期癌宣告。症状が出た時にはすでにあちこちの臓器に癌が見つかって……半年ほど苦しんで、あっさり逝っちまった」


 早瀬は顔を曇らせる。


「あろうことか……親父が体調崩し始めた頃から、お袋は、親父の面倒、放り出してよ。ほっつき歩くようになっていった。男作ってやがったんだ。親父が死ぬとすぐ、そいつと再婚するとか言いだす始末さ。当然、親子の縁は切ってやったがね……はは、女っつう奴は、平気で裏切るもんさ! 親父は社会にも……愛する女にすら裏切られて、惨めな最期を迎えたんだ!」早瀬は、卓状モニターの土台を足蹴し、怒りを露わにせずにはいられない。早瀬の独白に、皆口を噤むばかりだ。


 藤川は一歩、早瀬の方へ進み、じっとその瞳を見つめる。


「それが……君の……ジャーナリストの原点か……」藤川は静かに問いただす。


「……へっ……まぁ、そんなところさ。PSIの危険性を明らかにして、親父の惨めな死に様に、一矢報いてやる……なんて、最初のうちは青臭いことも考えてたっけなぁ……けど、世の中は、どんどんPSIまっしぐら。その筆頭に、あんたがいた」


 早瀬は目を見開いて藤川を見る。真世は、嫌な予感がして、二人の間に割って入ろうとするが、貴美子が無言でそれを止める。


「親父が、PSIのせいであんな無様に死んでいったのに……片や、そのPSIで賞賛され、推進しようとしている。許せるわけがねぇ……」早瀬と藤川の視線がぶつかる。ところが早瀬は、口の悪さとは裏腹に、藤川の瞳を直視できず、右に左に瞳を動かし、そして俯き加減になって言葉を繋ぐ。


「み……実世に……あんたらの……むむ、娘に近づいたのも……アイツから……情報を引き出して、あ、水織川研究所(あそこ)の弱みを……握りたかっただけさ……」悪態をついていようと、早瀬の逃げ場を失った視線は下に落ち、呟く口調はどんどん、しどろもどろになっていった。腹立たしいはずの父親の言い分。それなのに、真世は目の前の怒肩を震わせる白髪の男が、哀れにすら思えてきていた。



 ****


 ……あらあら……また内緒話? ……


 声のした方に視線を向けると、葡萄の列の間から、モヤモヤとした人影が現れ、次第に古屋の妻、明子の姿に変わってくる。


 ……あ、明子……て、店舗の方は? ……


 ……お客も少ないから、手伝いに来たのよ……


 ……そ、そうか……


 古屋は困惑したような表情で、作業に戻る。薄い笑みを浮かべる明子。その服装は、白ブラウスにソムリエエプロン……農地の作業を手伝うには、不自然な格好だと、直人は思う。


 ……まさか⁉︎ ……


 明子は平然と古屋に並んでかがみ込み、葡萄の株に手を入れる。直人は身構えた。


 明子の周辺が歪んで見える。


 ……貴方がこの峰玉……そんなにしっかり診てるなんてね……


 ……そ、そりゃそうさ。峰玉は僕が作った、大切な葡萄だから……


 ……けど、貴方の理想じゃない……


 ……う、……そ、それは……


 ……それなのに……なぜ? ……


 明子がふと顔を上げ、古屋を覗き込む。明子の周辺がさらに歪みを見せる。


 ……そ、それは……


 古屋は、答えを窮したまま、腰掛けた椅子ごと後ずさる。一方で、息子、陽樹と同調する直人は、何事もないかように、葡萄の成熟の確認を続けていた。


 ……古屋さん‼︎ ……


 呼びかけは声にならない。


 ……変だ……そ、そうか! これは、古屋さんの記憶にはない……奥さんは……この記憶にはいなかった……


 直人は何とか、陽樹のイメージから抜け出そうともがく。そうしている間に明子は、古屋のすぐ傍に寄っていた。


 ……こんな葡萄……こんな記憶……貴方はここに戻る人じゃない……


 明子が、古屋の耳元で囁いている。


 ……やっぱり……お前は‼︎ ……


 直人は声にならない声で叫ぶ。全く気づく気配のない古屋の耳元で、その女は囁き続ける。


 ……さぁ、目を覚まして。現実に帰ってきなさい……


 ……現……実……


 ……そうよ、思い出して……この畑も、その息子も……この女も……みぃんな死んじゃうの……


 ……絶望……怒り……憎しみ……怨み……


 ……あっ、くぅ……は、陽樹ぃ……あ、明子ぉぉお……うぅう……


 古屋は、突然苦しみ出し、腹を抱えてうずくまる。


 ……ふ、古屋さん‼︎ ……


 女は構わず囁き続ける。


 ……貴方の理想は、そこにある……さあ、貴方の求めるワインを……共に作りましょう……


 女は、震える古屋の肩にそっと手を置く。その掌から、鈍い金色の光が漏れ出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。