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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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ヴィニフィカシオン 2

 IMCの一同も、身動きの取れない<アマテラス>のインナーノーツも、皆、固唾を飲んで状況を見守るしかできなかった。


 ホログラムの古屋は、手にしたグラスを傾け、とうとう、真っ黒なワインを口に流し込む。


 ぐびっ、ぐびっ……っと、音声変換されたワインが喉を通る音が<アマテラス>のブリッジと、IMCに響き渡り、古屋は、黄金の女神の与えたワインを、一気に飲み干してしまった。


「ははっ……はははは……」早瀬の、調子の外れた渇いた笑いが、沈黙を打ち破る。


「の、飲んだ……飲んだぞ! ははは! それでいい、古屋さん! やっぱりあんた、恨みと憎しみの人さ!」


 勝ち誇った、どこか狂人めいた不気味な笑みを浮かべて、IMCの一同を見渡す早瀬。皆の視線は一様に凍りついている。それから逃れるように、早瀬は、すぐ隣の真世に視線を落とす。真世は、早瀬から顔を背けて俯いていた。


「み、見ろよ、真世! これが本当の、古屋さんの本心さ!」早瀬は早口で捲し立てる。真世は、俯いたまま小さく口を開いた。


「最っ低……人の苦しみもわからないの、あなたは」と真世。早瀬は苦虫を噛んだように、顔を顰める。


「……こんなの……なんの救いにもならない……あの人を……古屋さんを助けたくないの? 友達なんじゃないの?」顔を上げた真世の瞳が悲しく潤んでいる。その瞳に真っ直ぐ見つめられ、早瀬は言葉を失う。


「まずい! 始まった⁉︎」コンソールで容態監視を続けていた貴美子が叫ぶ。


 <アマテラス>の周辺心象空間が、立ちどころに黒ずみ、結晶化した澱のように固まり始めた。同調反応して<アマテラス>のシールド、そしてPSIバリアも『結晶化』した固まりに変わり始める。


「周辺空間、次元レベル変調‼︎ 亜物質化してます‼︎」サニが叫ぶ。常識的にはありえない、急激な肝硬変の進行——このままでは古屋の命はない。


 目の前の明子も薄気味悪い笑みを湛えたまま、結晶に包まれていく。皆が絶望を覚悟したその時。<アマテラス>観測エリアである波動収束領域内の結晶化の進行が、何かの力に阻まれたかのように止まり始める。


「亜物質化、停滞⁉︎ えっ……どうして⁉︎」サニは、目を丸めてレーダー盤を覗き込む。カミラは何かに気づいて、前席の直人に視線を向ける。


「古屋……さん……くっ! 呑まれちゃ……だめだ‼︎ アムネリア‼︎」直人は全気力をPSI-Linkモジュールに乗せた左手に集中させた。


 <アマテラス>のPSIバリアが、翡翠の輝きを放ち波打ち、船体表面に結晶化し始めていた異物は、瞬時に融解してその波の間に混ざり合う。PSIバリアの波は、波紋を広げて空間に伝播し、結晶化した世界を洗い、包み込んで浄化していく。明子を包みかけていた結晶も、微笑を湛えたままの彼女の姿と共に溶けて消え、皮を剥かれたように、黄金の女神が顕れてくる。


「ナオ‼︎」カミラの叫びに焦りが滲む。直人は、禁じられた浄化の技を再び発動させたのだと、すぐにわかる。


『だ、ダメよ! 直人‼︎ やめなさい! あなたの身体がもたない‼︎』貴美子が通信モニターの向こうから、悲痛な声で呼びかける。 


「いいんです! やらせて……うっ! ……他に、方法が⁉︎ がふっ‼︎」


「ナオ⁉︎」「センパイ⁉︎」『風間くん⁉︎』


 体勢を崩しながら、すぐに右腕で口を覆う直人。抑えきれない鮮血が、腕を伝い、直人の膝にボタボタと溢れ落ちる。


「やめなさい! 命令よ‼︎」カミラは厳しく命じた。状況のモニタリングを続けていたアランも視線を直人の方へ向けずにはいられない。直人は首を振ってカミラの命を拒む。


「がはっ! がはっ!」激しく咳き込みながらも、直人は、腕で口を拭い、顔を上げた。


「まだ! ……まだだ! 古屋さん‼︎ あなたの苦しみをオレに‼︎」


 口周りを血で汚し、それでもPSI-Linkシステムへ精神力を流し込む鬼気迫る直人に、早瀬は、あんぐりと口を開け、刮目して硬直する。


 ……なおと‼︎ だめぇ‼︎ ……


 直人は、心の中に亜夢の叫びを聞いた気がしたが、さらに古屋の魂へと集中を向ける。直人の全身の神経、血管が異様な反応を示し始め、肌の露出した顔に、船外に見られた結晶状の影が浮き上がってくる。


 ……くっ……もう少し、もう少しだけ……オレを守ってくれ! ……アムネリア! ……


 スーツの下にも亜物質化が進行しているのか、ゴツゴツとした固まり状の変異が腕や足にも現れ始める。


『は、早く‼︎ 直人を止めて‼︎』貴美子が叫ぶ。ティムが真っ先に動き、PSI-Linkモジュールから直人を引き離そうとする。しかし、直人は抗い譲らない。サニも見兼ねて駆け寄り、ティムに加勢する。


「ナオ‼︎」「やめて、センパイ‼︎」


「もう、少し。もう少しなんだ……古屋さんの……温かい光が ……」PSI-Linkモジュールの感応光が眩い白色へと変わり、同期してホログラムの古屋もまた眩い光となって霧散してゆく。


 浄化の波に洗われた周辺心象風景もまた、眩い白色の光へと包まれ、その光の中に、最後まで残っていた黄金の女神も溶け込み、何処かへ姿を消した。


「……古屋さん……う、ぁあああ‼︎ がふっ‼︎」直人は、もう一度、激しく吐血し、反動でのけ反って、椅子の中に崩れ落ちた。


「ナオ‼︎ ティム! サニ! すぐにナオを救護カプセルへ!」カミラの指示を受け、吐血したまま朦朧としている直人をティムが胴を、サニが足を抱え、ブリッジから運び出す。


「PSI-Linkシステム……サブリミナルパルス反応低下、間も無く正常値……」アランは、努めて冷静に報告をあげる。「ナオ……」カミラは後ろを振り返り、直人が運び出されたブリッジ後方の出入り口扉を見つめていた。

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