人体宇宙(インナースペース) 5
肝門は、胃から吸収したものを供給する門脈、酸素を供給する肝動脈、そして肝臓から不要物や、胆汁を放出する肝管を束ねる、いわば肝臓への出入りを司る、玄関口だ。その近辺を肝門部と呼ぶが、ここは肝臓に何を送り、何を出すかを調整する、肝臓のコントロールセンターのような部位である。
「ここへの現象化が進んだら……肝臓だけでなく、即、命に関わる!」貴美子の言葉に、東は頷き、通信モニター向こうの<アマテラス>ブリッジへと視線を向けた。
「幸い反応はLV4、現象化するにはまだしばらく猶予がある。LV4で食い止めるんだ!」東は声を張って下命する。
『はい! アラン、座標のセットは?』『できている!』『よし! みんな、行くわよ! 転移開始‼︎』
刻一刻と迫る、古屋の危機にIMCの一同は、固唾を飲んで時空間転移で、一時的に通信が途切れたモニターを見つめていた。保護カプセル内の古屋は、苦痛を浮かべる様子もなく、静かに眠り続けている。
「麻酔の効果もあるけど……さすが沈黙の臓器……と言ったところかしら……」真世のコンソールモニターに映る古屋の寝顔を、貴美子は苦々しく見守る。
「……けっ、なんだよ……なんなんだよ!」しばらく押し黙っていた早瀬が、急にいきり立つ。
「これは何かの茶番か? えぇ?」
IMCの一同の視線が早瀬に向く。
「古屋さんは……古屋さんはなぁ! 苦労して、やっと自分で作り上げたワイナリーを、あのクソったれな地震で失ったんだ‼︎ 大切な、奥さんと、息子さんと一緒に! 何もかも‼︎」
古瀬は拳を卓状モニターのデスク部に叩きつける。
「自傷行為だ⁉︎ んなわけねぇ! そりゃ、ストレスで飲み過ぎることはあるだろうよ。けどなぁ、それは、怒りだ! どうしようもない憎しみだ‼︎ あの地震と、お前たちに対するなぁ‼︎」
恫喝めいた早瀬に、貴美子と真世は身を固くして身構える。藤川は、彼女らと早瀬の間に割って入るように立ち塞がった。早瀬は、藤川の前へ、ズンと進み出る。藤川はたじろぐことなく、早瀬を見上げる。
「はん、お義父さんよぅ、ずいぶんと都合のいい筋書きじゃねぇっすか? 古屋さんが自分で自分を⁉︎ バカバカしい!」早瀬は、蔑むように藤川を見おろす。
「ほんとうに、そう思うかね?」藤川は、まっすぐ見つめて問う。
「んだとぉ?」「……君のように、自分の外に感情を向けられる人間ばかりではないのだよ……人というものは……」「っく⁉︎」
「我々のミッションの基本は、対象となる事象との深いコミュニケーションの上に成り立つ。今回の場合は、彼。古屋氏だ。インナーノーツが向かったのは、彼の作り出す心象世界。そしてあの船は、彼自身の想いを乗せている。我々の都合で、患者の心をいいように変えることはできんのだよ」早瀬に説く藤川の目は穏やかだ。早瀬は、不思議と言葉が続かない。
藤川は、早瀬に背を向け、未だ<アマテラス>と通信が回復していない壁面中央モニターに向き直る。
「……我々は、ただ、彼の深層心理に触れ、そこに押し込められた本当の想いを引き出し、彼自身が再び生きようと願う。それを手助けするだけなのだ」
IMCが暫しの静寂に包まれている間に、<アマテラス>の時空間転移明けの反応が現れてくる。
「最後まで……我々のミッションを見届けてはくれないか? 早瀬くん」藤川の語りかける静かな声に、早瀬は小さく舌打ちして、再び椅子に腰を落とす。苦々しい顔つきの父親を、真世は横目でそっと窺う。その瞳は、どこか淋しさを湛えていた。
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「波動収束フィールド、まもなく再構成完了します!」「……患者の自傷行為……だとしたら、ここも! シールドそのまま‼︎ 総員、衝撃に備えて!」サニの報告に、カミラは咄嗟に命じる。
波動収束フィールドが周辺情報を描き出す。ほぼ黒の赤紫の鈍い流れが、渦を巻いて淀み出し、次第に固まっていく。
「空間が……結晶化している? これは‼︎ 来るぞ‼︎」アランが叫ぶのと同時に押し固められた渦への圧迫が、周辺空間にいく筋ものヒビを走らせ、限界に達する。空間が割れ落ちる。砕かれた空間の、細かな石礫のような結晶体が、<アマテラス>目掛けて降り注ぐ。シールドを通しても、伝わり来る衝撃がブリッジを揺らす。
「シールド損耗率四〇パーセントを越える! 増槽の減りが早い‼︎ カミラ‼︎」「ええ、わかってる! でも、下手に動けないわ!」アランに向かってカミラは叫ぶ。
「くっ……」またしても、身体のあちこちに痛みを覚えながら、直人はPSI-Linkモジュールに左手を添え、右手でPSIブラスターのトリガーに手をかける。
「まって、ナオ! これも患者の意志なら! 下手に撃てないわ‼︎」直人の動きに気づいて、カミラは咄嗟に制する。
「やらせてください! たとえ、自分で自分を傷つけるのが、この人の意志でも‼︎ オレたちは、この人を守らなきゃ‼︎」
「ナオ! …………よし、ブラスターを許可する。拡散飽和モード。アラン、結晶体の情報密度を分析し、処置に最低限、必要なエネルギーをブラスターにオート供給!」「なるほど、それなら心象負荷も抑えられるな。すぐにかかる」
「ティム、船はこのままキープ。出来るだけここに集めるわよ!」「オーケー! この『嵐』だ、そう長くは保てない。ささっとやってくれよ、ナオ!」「ああ!」
「解析完了! ブラスター出力オート制御!」「ターゲット結晶群、有効射程圏内! センパイ‼︎」
全方位から迫る赤黒い結晶体を、直人はPSI-Linkシステムへ意識を集中させ次々と捉えていく。
「PSIブラスター、全門拡散放射‼︎」
<アマテラス>両舷に備えられた、半球レンズ状のPSIブラスター放射機が、四方八方へと眩い雷光を撃ち放つ。




