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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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人体宇宙(インナースペース) 2

「<アマテラス>、時空間転移完了! 目標座標誤差許容範囲! 患者の身体余剰次元内、食道胃接合部相当地点です!」<アマテラス>運行管制担当、田中が<アマテラス>の反応を確認し、報告を上げる。


 卓状モニターに、古屋の身体の余剰次元情報をプロットモデリングしたホログラムが浮かび上がる。鳩尾のあたりに<アマテラス>を示す光点が浮かび上がり、ちょうど噴門をとおり、胃の方へと向かって進んでいた。


「<アマテラス>、波動収束フィールド展開! 周辺ビジュアル構成開始。映像リンク……出ます!」


 IMC南側の大型総合インフォメーションモニターには、<アマテラス>から送られた映像が映し出される。黄色からほんのり赤く色づいた臓器の内面が映し出され、波打つように蠕動運動を繰り返している。余剰次元といっても、<アマテラス>は、今、最浅の現象境界を航行しており、物質の身体情報とほぼ同期した世界を波動収束フィールド内に写し取っていた。


「こりゃあ……体内潜航艇かよ……昔のSFみてぇじゃねぇか」早瀬の漏らした感想は、当たらずとも遠くない。



 ****


「これが人体……凄い! まるで、『不思議(ワンダー)な鼓動』が聞こえてきそうじゃない!」


 <アマテラス>の前後左右全てのモニターが映し出す、波動収束フィールドによって構成された体内ビジュアルに、サニは、無意識から湧き上がる言葉を感嘆と共に口走る。


「始まったよ、またサニの意味不明トーク」ティムは眉を顰て、斜め後方のサニへと視線を向ける。


「わからないの、ティム⁉︎ こうやって……手を胸に当ててみて! ほら、なんか勇気が出そう……」「ダメだ! サニ‼︎ それ以上は、たぶんまずい‼︎」直人は、何かにハッと気づいてサニの言葉を遮った。サニはこのところ集合無意識から不意になんの脈絡もなく、何かのイメージを受け取ることがよくあるという。どうやらまたその症状のようだ。


「え、な、なんでよ! まさか、これって⁉︎ チョサクケン⁉︎」「わからない……でも、その先に進んではいけない……何か強い力が、そう引き止めるんだ……」前列シートからサニを振り返り見る直人は、その一線を越える恐ろしさに慄いているようだ。


「わ、わかったわよ……」しゅんと口を閉ざすサニ。


「でも……余剰次元の情報から仮初に再構成した景色だけど……神秘的ね。今の時代、インナースペースは、精神世界や、余剰次元を表す言葉として定着したわ。でもね、一昔前は体内を指す言葉としても用いられていたことがあったの。もしかしたら、私たちの本来の姿は、こういう感じだったのかもしれないわね」カミラも描き出される体内宇宙を眺めながら呟く。サニはうんうんと頷き、アランは苦笑を浮かべる。隊長まで妙なことを言い出し、ティムは呆れてため息をついた。


『……胸の奥で響く……不思議な鼓動……我も感じる……亜夢の……この身体の中に……』音声変換された声と共に、長い髪を二つに分けて前に垂らし、肩のあたりで束ねた、亜夢にそっくりな女のホログラムが、ブリッジ中央の投影機に現れ、そっと胸に手を当てている。


「アムネリア……」後方を振り返っていた直人と目が合う。


『なおと……こうして貴方を見つめると……これはなぜ……?』直人は顔を赤らめずにはいられない。


「はぁ〜い、はい! そこまでよ!」呆れ顔のサニの声が、アムネリアと直人の間に割って入る。直人は咄嗟に前を向いた。


「ふふ……アムネリア。まさに『不思議(ワンダー)な鼓動』ね。それが、生きてるって証。貴女が人間だってことよ」ニヤリと微笑みかけて、サニも自分の仕事に戻る。


『生きてる……我は……人間……』胸元に立てた手を握り、アムネリアはサニの言葉を噛み締める。


「……おっ、そろそろ、指定宙域だぜ‼︎」ティムの上げた声に、ブリッジに緊張が漲ってくる。



 ****


「遅くなったわ、どう?」IMCに貴美子が入室してくる。


「救急の方は?」と藤川。古屋が倒れたのと前後して、デモ隊参加者の中に、急に体調不良を訴えだす者達がポツポツと現れ始め、IN-PSIDの救急に受け入れ始めていた。


「神取先生に応援を頼んできたわ。あと何人か来てもらったから」そう言いながら、貴美子は真世が自席の隣に準備した予備椅子に着く。


「いわゆるポストカルト症候群ね」


「マルドゥク・ウォールで、サブリミナルの効果が薄らいだことによる、離脱症状か」「ええ……でも、幸い、重症者はいなそうよ。救急外来でなんとか……それで、こっちの方は?」貴美子は、真世の席のコンソールパネルに示された、患者のバイタルデータにさっと目を通す。


「ちょうど、<アマテラス>が指定座標に到着したところです」東は卓状モニターが映し出す、人体ホログラムマップを、真世の席のサブモニターに転送した。


「了解よ。……アル!」貴美子は、<アマテラス>メンテナンスエリア制御室でミッションを見守るアルベルトを呼び出した。


『おう、貴美子か?』禿げ上がった頭とは対照的に、長い顎鬚を蓄え、小さなリボンで結んだ、奇抜な風貌のドイツ人技術部長が通信画面に出る。


「頼んでおいたモノ、できてるかしら?」『ああ、こんなもん、なんて事ないさ。<アマテラス>に送るぞ』「ええ、お願い」



 ****


「こいつは……」ティムは眉を顰めて呟く。余剰次元の胃の中央に達した<アマテラス>の眼下は、赤黒く染まった液面で満たされていた。液面はグツグツと煮えたっているかのように、ポコポコと気泡が絶え間なく沸き立ち、さながら一面『血の池地獄』の様相を見せていた。


「アラン、情報分析は?」「ブドウ糖と果糖、水分、が大半だ。気泡は、炭酸ガス、そして酒石酸の次元情報も出ている……つまり……」


『ワインだ』通信を繋いでるIMCの藤川が言い切る。


『胃袋の余剰次元が、さながら、ワインの発酵タンクになっているようだ。そこで発生したアルコールが、現象化、亜物質となって、幽門を下り、胃と小腸で吸収されて、急性アルコール中毒の症状を引き起こしている。そうだったな、貴美子』『ええ。彼は二〇年以上前、ワイン生産者だったそうよ。無意識に残る、その頃の記憶が、サブリミナルパルスと反応して現れているのだと思うのだけど……』


「お、来たぞ」IMCと通信している間にアランのコンソールパネルに通信コールが入る。同時に何かのデータファイルの受信が開始された。通信回線をひらくと、モニターにアルベルトが出る。


『貴美子からのお届けもんだ。アラン、まずはそいつを、次元量子マーカーのプログラムにインストールしてくれ』「了解した」


 続いてIMCから通信が入り、ブリッジのメインモニターに貴美子が出る。


『今、送ってもらったデータは、体内結界データよ』


「体内結界?」カミラが問い返す。突入を急いだため、ミッションの作業内容は、まだ詳しく説明されていなかった。


『ええ、まずは少しでも亜物質化するアルコールの、肉体への吸収を抑える。アル、説明を』


 アランはメインモニターにアルベルトとの通信ウィンドウを並べる。


『アラン、インストールは終わったか?』「ああ」


『よし。そいつは多元量子マーカーのPSIバリアを拡大展開するプログラムだ。マーカーを中心に、直径約五百メートル……お前さん達の情報スケールから、身体サイズにすれば、約十二センチ程度の円形膜結界としてバリアを展開する。こいつをマーカー全弾二十発使って胃の内壁に膜を張り、亜物質化するアルコールをブロックするって寸法よ』


「つまり、胃の次元間保護膜を構築する……と?」カミラは訊き返す。


『そういう事』貴美子が答えた。


『アルコールの大半は小腸から吸収されるから、胃から小腸へ繋がる幽門付近は特に念入りに敷設してちょうだい。敷設ポイントはこちらで指示するわ』


『聞いたとおりだ。患者は高齢で機能障害を引き起こすリスクが非常に高い。迅速に処置に当たってくれ!』貴美子に続いて、東が処置の開始を命じる。


「了解! 直ちに作業に入ります。まずは幽門方面へ向う。ティム、ワインの海に潜航するわよ。アムネリア、シールドコントロール、ナオは多元量子マーカー、射出セット」「了解!」


「潜航開始!」

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