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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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人体宇宙(インナースペース) 1

 IN-PSID本部、セントラルタワー内IMC——


 南側半分の、対人インナーミッション対象者受け入れ区画に、古屋が収容された保護カプセルが迫り上がってくる。


「対象者、収容カプセル固定確認。IMC、PSI-Linkシステム自動同期開始。電磁結界展開します」真世は淡々と手順どおりの作業を終えると、後ろを振り返り、収容カプセル内の古屋を映し出す、卓状モニターを覗き込んでいる三輪の様子を窺う。


「古屋さん……」


 呼吸マスクをつけられ、鎮静処置を施された古屋は、今は穏やかに収容カプセルの中で眠っている。


「本当に、助けられるんだろうな?」三輪は顔を上げ、対面に立つ藤川を睨め付けた。藤川の隣に立つ東が、眉を顰めて言い返そうとするのを藤川は止め、「全力を尽くそう」とだけ短く答えた。


「チッ……」舌打ちして、三輪が何かを言いたげにしている間に、招集を受けたインナーノーツと亜夢、アイリーン、田中が駆け込んでくる。その中に、先日見つけた、直人の姿を認めて、三輪は大きく目を見開いた。


 田中とアイリーンは自席につき、インナーノーツと亜夢は、卓状モニターの横に整列する。皆、見慣れない入室者に自ずと視線が向く。


「紹介しよう。患者の友人の早瀬さんだ。フリーライターで、我々の仕事を取材したいというので、特別に入室を許可した」東が淡々と説明する。早瀬と紹介された三輪は、肩をすくめるようにして小さくお辞儀して見せる。


「取材って……」「いいんですか、ただでさえ、こんな荒れてる時に……」サニと、カミラは怪訝気に眉を顰める。


「私が責任を持つ。早瀬くん、ここには、国連のガイドラインに従って、未だ機密扱いの技術や、事物が色々ある。その都度、東くんの指示に従ってもらいたい。また、ここのメンバーのプライバシーは遵守すること。いいな?」


「はいはい……善処しますよ」三輪、改め、早瀬の不遜な態度に、皆、不快を顔に滲ませる。早瀬は、構わず進み出て、インナーノーツへと近づく。


「へぇ〜、そういや先月、発表があったな。思い出したぜ。あんたらかい? 確か……インナー……」


「インナーノーツです」毅然とカミラは告げる。


「そう、それだ。インナースペースに入り込んで、この世では解決できない事態に対処するチーム、だったか?」と早瀬は、疑り深そうな目で、インナーノーツの一同を見回し、直人の方を見る。


「ホントにそんなことできんのかねぇ……くくく。で……お前さん。この間、検問で倒れてたろう? 風間……直人くん」「えっ⁉︎」直人は、背筋にヒヤリとした感触を覚えながら、後ずさる。


「な、なぜ……オレの名前を……」


「ふんっ……よぉく知ってるぜぇ。こうして直に会えるとはな。どれ、少し、話聞かせてもらえませんかねぇ?」不敵な笑みを滲ませ、早瀬は直人に詰め寄ってくる。


「ま、まさか⁉︎」「こいつ‼︎」サニとティムが嫌な勘を覚えて身構えた時。


「や、やめて! お父さん‼︎」真世は席を立ち、思わず叫んでいた。


「お、お父さん⁉︎」ティムは、素っ頓狂な声を出していた。サニもギョッと目を見開いて真世を見る。


「え、この人が、真世の⁉︎」カミラとアランも目を白黒させて、二人を見比べた。直人も、他の皆も驚きを隠せない。


「真世のパパァ〜?」亜夢は、不思議そうに首を傾げていた。


「あ……えっ……えっと……」自分の発した言葉に、真世は動転していた。


「ったぁく……『お父さんじゃ、ない』……じゃなかったのかぁ、真世?」頭を掻き、ヘラヘラと言う早瀬を、真世はキッと睨む。


「所長……」カミラは説明を求めるように、藤川を見つめる。


「……そう、この早瀬充は、真世の父親だ。そして……君たちの察しのとおり、この男が、フリーライター『三輪光彦』、本人だ」


 嫌な予感の的中が、皆を戦慄させる。


 早瀬充。歳の頃は六十前後。ニヒルな笑みを滲ませたニヤけた口元に、無精髭を散らし、豊かな長めの白髪を無造作にかきあげ、胸元を開けオープンシャツを着崩した、だらしのないチンピラ崩れのような男。真世の父親だと言われなければ、そう気づくことはまずないが、よく見れば歳の割に整った顔立ちをしており、スキッと通った鼻筋や、頭部の輪郭は、彼女と似通っているようにも見える。


「出たなぁ! オカルト出鱈目三流記者! 三輪光彦‼︎ そこに直りなさい‼︎ アタシが成敗してくれ……!」「おい、待て、サニ‼︎ 落ち着け‼︎」いきなり喰ってかかりそうになるサニを、ティムが羽交い締めにして抑えた。


「っと⁉︎ なんだぁ! 凶暴なねぇちゃんだぜ」流石に驚いて退く早瀬。


「はは、ただのアンタのファンだよ!」「ち、違うっての‼︎」ティムはジタバタするサニを引きずって、後ろに下がり、早瀬との距離をとる。


「へへっ。えらく嫌われてるもんだな」と開き直る充に、もう二言、三言ぶつけたいサニ。


 早瀬は、卓状モニターに向き直り、映し出されている古屋を見つめる。それに釣られて直人も、モニターに表示された古屋の姿に視線が向く。直人はハッとなった。


 ……水織川を忘れるなぁ! ……


 デモの中心で叫んでいた老人だ。直人の顔が硬直するのを、早瀬は小さく鼻で笑い、口を開く。


「この人……古屋さんとは、古い仲でね。かれこれ十五年の付き合いだ。こんな商売さ。仕事柄の付き合いはあっても、友人と呼べるのはいない……今となっては腐れ縁の古屋さんくらいなもんだ。彼にもしものことがあれば……まぁ、あんたらの活躍に期待しているさ。存分に見せてくれ。その、インナーミッションとやらを。くくっ」


 インナーノーツの皆に込み上げる苛立ちをカミラは制し、早瀬の方へ一歩進み出る。


「いいでしょう。必ず期待に応えてみせます」と言い切る。カミラの何者も臆することなく、自信に満ちた一言は、早瀬の口を閉ざすのに十分だった。


 場が幾分落ち着いたのを見計らい、東が口を開く。


「所長、EU暫定本部への出動許可要請は?」


「緊急事態だ。申請だけ出しておけばいい」「ですね」


「アイリーン、<アマテラス>の方は?」「準備万端! 『さっさと降りて来い』……だそうです」格納庫メイン制御室に入り浸っているアルベルトからのメッセージを、アイリーンは伝えた。東は頷いて、インナーノーツの方へと向き直り、インナーノーツは、姿勢を正して正対した。東は発する。


「患者の容態は、PSI現象化抑制処置(ダミートランサー)で進行を抑えているが、もって四、五時間程度との貴美子先生の見立てだ。直ちに出動してもらう!」


「了解! インナーノーツ出動します!」


 カミラを先頭に、<アマテラス>格納庫直結エレベーターへと駆け込んでいくインナーノーツを、早瀬の冷たい眼差しが見つめ続けていた。



 ****


 日本領海、北太平洋、北緯42度東経150度付近——


 NUBIの追跡を逃れて、<テメノス>船内時間で四日目。雲のある夜間は低空を、日中は海上の波間を……オレたちを乗せた船は、ひたすら西へと突き進む。


 この海域では、昼頃だろうか? 突然、雨足が強まり、その後、天候は急激に嵐へと変貌した。観測によると、ハリケーン……いや、このあたりでは台風と呼ぶのか……その台風崩れの低気圧に突入してしまったらしい。迂回や、空を行こうと言う意見もクルーから出たが、我らの追跡者を欺くには都合がいい。オレは、このまま突き進む針路を押し通した。


 突入から一時間……嵐は一向におさまる気配はない。船は大きく揺れ、オレの三半規管を掻き乱す。地球の巨大な重力と無秩序に打ち付ける波の押し引きは、月の低重力下のスペースボートで、曲芸まがいの走りをものともしなかったオレの身体を弄ぶ……これが地球! これが海……あ〜〜気持ち悪い」「サラ……」「気持ち悪ぅ〜〜」「おい、サラ……か、勝手に、モノローグ……作る……な……うっぷ!」マイケルは、ベッドに腰掛けたまま、サラが差し出したエチケット袋を掻っ攫い、込み上げてきたものを吐き出す。


 もう出るものもほとんどない。マイケルが手早く封をした袋を、サラはさっと回収し、代わりに経口補水液のペットボトルを差し出す。


 マイケルは、気だるそうに受け取ったボトルを口に運び、ゆっくりと一口飲む。


「もぅ……無理して急に喋るから」「お前のせいだろ……」マイケルは不貞腐れてベッドに横になってうずくまる。


「ごめん、ごめん! 黄昏れて、窓の外眺めてたマイケルが、サマになってたから……つい……」サラは小さく舌を出す。「……ったく……」


「サラ、お前……よく平気だな」「うん……だいぶ慣れてきたみたい。けど、流石にこんな嵐の中、突っ切らなくても、よかったんじゃない?」


「いや……むしろここまで、よく捕まらずに来れたもんさ」マイケルは、ベッドに仰向けになりながら言う。


「どこに追っ手の目があるかわからない以上、嵐でもなんでも隠れ蓑にするさ」「それはわかるけど……」「わ、わかれば……お、おとなしく……ゔっぅぶ……」マイケルは、顔を青ざめさせ、ベッドから跳ね起きる。サラは周到に用意していたもう一つのエチケット袋を手渡した。


「そういう貴方が、こんなだから……さ……」サラは顔を顰めて言う。


 マイケルは、もう一度嘔吐すると、エチケット袋から、身体中の精気を奪われたような貧相な顔を上げ、サラを見上げた。


「順調にいけば、明日には着けるのね、日本の本部に」「あ、ああ……行ったからって……何ができるか……わからないが……行かないことには、何の状況もわからない……」


「みんな……無事かな……」「大丈夫だ……きっと……」


 二人は、暴風と高波が荒れ狂う、窓の外をしばらく無言で眺めていた。

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