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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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父親の影 7

「急性アルコール中毒……確かに、症状はそっくりね」 「慢性的なアルコール依存傾向は見られますが……ここまでの急激な進行は、確かに、奇妙です。では、やはり……」「ねえ、見てここ!」


 状況を聞いて、自ら担当を買って出た貴美子と、この日の救急当番だった医師、秦野は、検査装置が描きだす、人体ホログラムを通して、この患者、古屋拓斗の抱える症状が何なのか、はっきりと把握した。


「……間違いないわね」



「古屋さん……くそっ……」救急外来の待合所で、上杉と新見に付き添われて長椅子に座った三輪は、処置室ドアの上に表示された『処置中』のランプ表示を忌々しく見つめていた。


「久しいな……早瀬くん」背後から声をかけられ、肩をびくつかせて三輪はゆっくりと振り向く。


「へっ……やっと、お出ましですね、『お義父さん』」三輪は、口元を歪め、不敵な笑みを浮かべて藤川を見る。


「お、お義父さん⁉︎」事情を知らない新見は、三輪と藤川、両者の顔を見比べた。


「真世。はん! やっぱり、俺を警察に売ったか」藤川の肩に隠れるようにしている真世に気づいて三輪は、声をかける。


「ち、違う……私は……」真世は俯く。


「真世が打ち明けてくれたのはついさっきだ。三輪光彦という男、放置してはおけなかったのでな。私が上杉くんに頼んでいたのだ」と藤川。


「ああ、そうかい。ま、どっちでもいいさ。こうやってあんたと対面できたんだからな。ずいぶんと老け込んだもんですな、くくく」


「お互いに……な」


 両者が睨み合い始めたその時、貴美子が一人、処置室から出てくる。


「っと、やはり、お義母さんでしたか……」三輪は、貴美子に気づいて声をかける。


「早瀬さん……こんな形で、再開するとはね……」貴美子は、小さく微笑む。その微笑を三輪はまともに見れず、目を背けた。


「貴美子、どうだ? 患者は?」


「ええ。やはり、急性PSIシンドロームよ。今、秦野先生が緩和処置にあたっているけど、このままでは命にも関わる可能性があるわ」


「PSI……シンドロームだと⁉︎」三輪は、途端に顔を青ざめさせる。


「ふ、古屋さんが⁉︎ お、おい、嘘だろ⁉︎」三輪は、貴美子に詰め寄る。


「いいえ……残念ながら……」


「な、何でだよ⁉︎ ……何で⁉︎」思わぬ狼狽を見せる三輪に、上杉、新見も驚きを隠せない。


「どうやら……PSIシンドロームには、それなりの知見があるようだな。早瀬くん」


「当然だ‼︎ PSIシンドロームは、お前達、PSI推進派が生み出した現代の奇病! その発症は千差万別で、治療法も確立されていない! 特に急性ともなれば、ほぼ助からない‼︎ どうしてくれんだよ! 古屋さんが死んだら、お前ら、ただじゃ済まないぞ‼︎」喚き立てる三輪に、真世は違和感を覚える。先日会った際に感じた、ニヒルに構えた余裕も全く感じられない。母、実世、それに娘の自分達すら見捨てたような男が、この古屋という老人の危機に、なぜここまで狼狽しているのか……真世にはわからない。


「ただじゃ、すまないか……貴美子、彼の治療は?」「早瀬さんの言うとおり、この状況で、有効な治療法は、『この世』にはない……」


「この世?」貴美子の言い回しに、三輪は、眉を顰めた。


「緊急を要するわ。直ちに、インナーノーツの出動を要請します」貴美子は、迷いなく言う。


「うむ、すぐに準備にかかろう。貴美子、彼をIMCへ」「わかったわ」


 貴美子と藤川のやりとりを、三輪と刑事二人は、黙って見守る他ない。貴美子は、すぐに処置室へと戻ろうとする。


「そうだ、コウ……直人くんは……」


 貴美子の言葉にハッとなる三輪。


「わかっている……だが、彼抜きでは……それに、私はあの子の意志を尊重したい」「……そうね……もし行くと言うなら、事前に、補填水、飲ませてあげて。いくらか、マシなはずよ……」「わかった」


 貴美子が処置室へと戻ると、三輪は突然、何かに突き動かされたように、藤川につかみ掛かろうとする。上杉と新見が、咄嗟に押さえ込む。


「直人⁉︎ ……直人だって⁉︎ まさか、風間直人か⁉︎ あの、地震を起こした張本人の⁉︎」「な、何言ってんだ、お前⁉︎」新見は、三輪の支離滅裂な言動に混乱を隠せない。


 藤川は、刑事二人の拘束を振り解かんばかりの三輪を前にして、一歩も動じず、じっと彼の両眼を見据えた。


「おい! 古屋さんに! いったい何をするつもりだ⁉︎ 風間直人に何かさせようってのか⁉︎ えぇ、何とか言えよ‼︎」


「や、やめて!」暴れる三輪に真世は、思わず呼びかけるが、三輪にその言葉は届かない。


「このやろぅ‼︎ 人殺しどもが‼︎ 古屋さんも殺す気かぁ‼︎」


「……古屋というのか、あの患者は。彼は、君にとって大切な人なのだな」藤川は静かに問う。


「……うっ……く……腐れ縁さ……ダチみたいなもんだ……お前らの好きにされるのを、黙ってられないだけさ!」


「なら……その目でしっかりと見たらいい。我々のすることを」「なっ⁉︎」三輪は、大きく目を見開き、口を開けたまま動きを止めた。


「お、おじいちゃん⁉︎」真世も驚きを隠せない。まだ一般に公開するようなものではないインナーミッションを、この男に見せるつもりなのだろうか? IN-PSIDに悪意を抱き、散々、風評を乱して人々の憎悪を掻き立ててきた男に。母や自分達を裏切ってきたこの男に!


「いくぞ、真世」藤川は踵を返し、本部セントラルタワーへの通路へと足を向ける。ハッとなって真世は、小走りでその後に続く。


「ちょっ! 待てよ‼︎」呼び止める三輪の声は幾分震えている。藤川は背を向けたまま止まった。


「来るなら急ぎたまえ。彼の命がかかっているんだ。時間が惜しい」そう言い残して、藤川は真世を伴って、足速に進んでゆく。


 三輪は、舌打ちして刑事二人を睨みつける。上杉は含みのある笑顔で、片手を後ろに回し、もう片手で、どうぞ、とばかりに三輪を促す。新見は釈然としない顔のまま、上官である上杉の動作を真似た。


「けっ! こんな特種、逃す手はねぇだろうよ!」


 吐き捨てるように呟くと、先を行く藤川と、真世の後を三輪は小走りで追いかけた。

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