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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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父親の影 6

「やっぱ、ココが一番だな」呟きながら、三輪は、中洲の茂みに身を隠す。デモも三日目の朝を迎え、慣れや疲れもあるのか、初日、二日目ほどの勢いは感じられない。警官らの警備も、それに合わせて落ち着きを取り戻し、双方の間で暗黙の示し合わせたような距離感が保たれている。それもあってか、検問外のパトロールも今朝は手薄だった。三輪はその隙を縫って、初日の場所へと戻ってきたのだった。


 初日の『発火剤』として、三輪が声をかけたグループのいくつかはすでに撤収していたが、残った古屋らのグループは、結束も固く、張りあげる声も理路整然となってきて、時折、警官や様子を見にきた市民らも頷きながら聞いているのもちらほら見えた。


「古屋さん、もうちょい頑張ってくれよ。そうすりゃ、あのクソ義父(おやじ)も、黙っては……」夢中になってカメラのシャッターを切り続ける三輪は、不意に肩を叩かれ、身体をビクつかせる。


「警察だ。ここで、何をやっている?」「ちぃっ……何って……バ、バードウォッチングですよ‼︎」言いながら、三輪は突然立ち上がって駆け出す。


「あ、おい、待て!」そういう警告で、止まるものはいない。三輪は茂みに沿って中洲を上流側へと駆けるが、茂みの切れたところで、先回りしたもう二人の男女の私服警察が現れる。


「行ったぞ、大浦! 伊勢!」醤油顔の刑事、成田が叫ぶ。大浦と伊勢は、両手を広げ、三輪の行手を阻む。


「三輪光彦だな! 二、三、話を聞かせてもらう! 一緒に来てもらおうか!」大浦が太く威圧の効いた声で呼びかける。


「任意なら! 応じませんって‼︎」叫びながら三輪は、機材の入った袋を振り回して、女性警官、伊勢の方へと襲いかろうとする。伊勢は、怯むことなく素早く身をかわし、三輪の腕をとって締め上げ、大浦が横からタックルでもかますように、がっしりと三輪に組みついて動きを封じ、「はい、公務執行妨害!」と、大浦は慣れた手つきで三輪の手首に手錠をかけた。


「クソがぁ‼︎」


 暴れた三輪が落としたカメラを、成田はゆっくりと拾い上げ、撮影データをカメラのフォログラム空間投影で確認する。


「こんなにいっぱい、撮りやがって……お、あったあった」


 伊勢と大浦もその写真を覗き込んで、確認する。


「昨日のSNSの写真ですね」「三輪光彦、間違いないな」


 三輪は、舌打ちして顔を背け、押し黙る。


「とりあえず、調書をとらせてもらう。指揮車までご同行願おうか」三輪は三人に取り囲まれ、近くに停めたパトカーに乗せられる。



 ****


『……IN-PSIDはぁ、PSI特性災害の防災、対策をぉ、研究するとぉ……謳っているが‼︎ そのIN-PSIDこそぉ‼︎ IN-PSID こそがぁ‼︎ PSI研究、テクノロジー開発の最先端を行き、PSIの利用を促進しているぅ‼︎ 皆さん、これはぁ、大きな矛盾ではありませんかぁ‼︎ 我々は、IN-PSIDの実態を、世の中に知らぁしめぇる‼︎』


 古屋は、プラスチックコンテナの上で、拡声器を握り締め、声を張り上げる。増田、友恵ら、彼の仲間たちは、そうだ! などと、一斉に合いの手を入れ、検問の後ろに集まった住民らも、頷いたりしながら、古屋の訴えに耳を傾けている。


 古屋は演説の熱がこもりすぎたのであろう拡声器を持つ腕、拳を振り上げる腕、そして皺の刻まれた頬と額……色白の肌が赤く色づいている。まるで、身体中の血液が、煮えたぎっているかのように。額には脂汗が浮かび、腹の中で蠢く何かに、思わず腹を押さえ、息を荒げ、時折ふらつきを見せる。が、デモ隊の仲間らは、それに気づくことはない。


 そこにパトカーが一台、戻ってくる。三輪が成田と大浦に促され、車から降りると、台の上で叫ぶ古屋がよく見えた。


「いいぞー! 古屋さん‼︎ みろ‼︎ 俺は今! 国家権力にぃ! 不当に拘束されているぞ—! IN-PSIDとグルの国家権力を許すなぁ‼︎ もっとやれぇー!」指揮車へと連行されながら煽り立てる。


『あぁれぇえ? みっちゃん⁉︎ みっちゃんじゃないかぁあ‼︎ おぉい‼︎ みぃっちゃやん‼︎』検問越しに、古屋は気付いたようで、拡声器を持ったまま大声で呼びかけた。どこか呂律がおかしい。


「なんだ、あの爺さん?」三輪を連行しながら、古屋を振り返り見た成田は、茹でられる蛸のように赤く変色し、足元をふらつかせて、身体や腕をゆらゆらとさせている古屋に、気味の悪さを感じる。


『みぃろぉ‼︎ 国家権力もぉ‼︎ IN-PSIDもぉ‼︎ みんな、グゥルだぁあ‼︎ あそこで、つか、捕まってぇ! いるのはぁ‼︎ み……み、みっちゃん‼︎ みっちゃんだぁ‼︎』


 ますます呂律が回らず、おかしな口ぶりの古屋を、増田が、友恵が、そして彼の仲間やデモの皆が一斉に振り返り見る。


「お、おい! 古屋くん‼︎ また、飲んでるのか⁉︎」「えぇ? そんなことないわ! 古屋さん、昨晩も具合悪いって寝込んでたし! お酒なんてとんでもない!」増田に反論しながらも、友恵の目にも、台の上で千鳥足になり、ふらつく古屋は、まさに酔っ払いにしか見えない。


「あ、危ない‼︎」台から転落しそうになる古屋を笹原と梅沢が支える。


『み、みっちゃんはぁ‼︎ せ、せせ、正義の記者だぁ‼︎ IN-PSIDの悪事をぉ……悪事、悪……』


 野次馬も警察も、デモの皆も、古屋のおかしさにざわつき始める。


「なんだ、どうしちまったんだ? 古屋さん⁉︎」三輪も古屋の突然の変質に、目を見開いて呆然となる他ない。


『あ、悪を〜〜許すなぁ‼︎』


「あ、古屋さん‼︎」


 勢いよく拳を突き上げた反動で、とうとう古屋は、卒倒し台から転落する。それをなんとか笹原と梅沢が受け止めた。


 騒然となるデモ隊に野次馬達。騒ぎを聞きつけ、指揮車から飛び出してきた上杉は、葛城を伴って、デモ隊へと分け入ってゆく。三輪の拘束を大浦に任せ、成田、新見、伊勢もその後に続き、デモ隊の中に道筋を確保した。


 上杉はデモ隊を下がらせると、「もしもし! 大丈夫ですか!」と、失神している古屋に呼びかけながら脈拍、瞳孔、そして呼吸を確認する。


 口からは泡を吹き、息には、アルコールのような臭いが混じっている。


「急性アルコール中毒? ですかね?」葛城は上杉に確認する。


「ええ、症状は」古屋に回復体位をとらせつつ、上杉は答える。


「そんなことないわ! 古屋さん、昨晩から一滴も飲んでないのよ! 私、具合悪そうだったから、彼がお酒飲まないように、ずっと見張ってたんだから!」友恵は上杉に訴えた。


「……ともかく、病院へ。パトカーで送りましょう。成田くん!」「は、はい!」成田は検問向こうへ、とって返す。


「お、おい! 病院って? まさか、IN-PSIDの⁉︎」増田が上杉に噛み付く。仲間らも、何されるかわからないなどと声が上がる。


「他にどこがありますか!」上杉の刑事の気迫が、デモ隊の文句に開いた口を塞ぐ。


 そうしている間に、成田は自らパトカーを検問に寄せていた。上杉はデモ隊の男性数人に素早く指示して古屋を一緒に担ぎ上げ、ゆっくりとパトカーの後部シートに乗せた。


「ま、待て! 古屋さんをどうする気だ‼︎」その様子を見ていた三輪は、大浦の拘束にもがきながら叫ぶ。


「病院だよ! 病院!」古屋をパトカーに乗せながら面倒くさそうに、新見が答える。


「IN-PSIDの病院だな! おい、俺も乗せろ‼︎ 付き添いだ‼︎」三輪が怒鳴り散らす。


「ばか言うな! お前はこれからこっちで!」大浦が三輪を指揮車に引っ張ろうとした時。


「いいでしょう」と上杉。その場に集った葛城と、成田ら四人の一課メンバーは、えぇ⁉︎ と一斉に顔を顰めた。


「三輪光彦さん……いえ、早瀬充さんですね? IN-PSIDの所長より、貴方の面会希望を受け入れると、見つけたら連絡が欲しいとありましてね」「……あのクソ義父が? ……」三輪がきょとんとしている間、上杉は、急ぎましょう、と成田を促し、運転席へ、自分は助手席に座る。


「どうしました、一刻を争います。早く乗ってください!」上杉は三輪を急かす。


「あ、ああ」三輪が大浦を睨め付けると、大浦は渋々手錠を外す。三輪はそのままパトカーの後部シートに雪崩れ込んだ。


「行きましょう!」「任せてください! 救急車やるのは二度目なんで!」成田は言いながらパトライトを上げ、アクセルを踏み込んだ。

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