↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

317/367

父親の影 5

「そんなに……回ったの?」実世は、キョトンとした面持ちで聖美の話に耳を傾ける。


「ええ! もう……どこも水が綺麗で……良いところね、ここは」


 朝九時を回ってまもない頃。部屋を訪れた聖美は昨日の、近隣観光で巡った、鳥海山周辺の滝の写真をホログラム投影で見せながら、嬉しそうに実世に語って聞かせた。


「ちょっと、お母さん!」沙耶は、実世が少し寂しそうに伏せ目がちにしたのを見て、母を制した。


「あ、ご、ごめんなさい」「え? ……良いのよ、私もここに来たばかりの頃、子供達連れて見て回ったわ……ちょっと思い出しちゃって……気にしないで。沙耶ちゃんも」


「す、すみません……あ、あの、私たちお土産渡しに来ただけで……ほら、お母さん!」「あ、そうだったわね。えぇと……ちょっと待っててね」そう言いながら聖美は、テーブルに置いたハンドバッグを開け始める。


「もぅ……」「沙耶ちゃん」ため息をつく沙耶に、実世は声をかけた。


「私、嬉しいのよ……こうやって二人が遊びに来てくれるの……いつも退屈してたから……」「あ、は、はい……」


「声楽やってるんだってね。素敵。今度のフェス、貴女と聖美さんの演奏も、すごく楽しみにしてるのよ……真世も演奏するみたいだし。それまで、元気でいないとね」そう言って、実世は、力なく微笑む。


「実世さん……」沙耶が返す言葉を失っていると、聖美がハンドバッグから小さな紙袋を取り出して戻ってくる。


「はい、これ」「え、ありがとう……何かしら?」実世は言いながら、中のものを取り出す。小さな水の入ったボトルに『御守』の丸い札がついたストラップだ。


「まぁ……丸池様の水守り! あの神社も行って来たの?」「ええ。浄化や厄除けの力があるんですって。療養棟(ここ)の子供達のご家族多かったから、皆で水も詰めさせてもらって……面白い御守りよね」


「綺麗……ほんとに心が洗われそう……」実世は、窓から差し込む光に、その水のボトルをかざして眺めていた。


「ありがとう……聖美さん。あ、そういえば、直人くんも、今、療養棟(ここ)に居たわね。直人くんにも?」


「はい、先に見舞いに行ったんですけど……あいつ、まだ寝てたいから出て行けって! もう! 酷くないですかぁ‼︎」沙耶は、頬を膨らませる。


「そっとしておいてほしいのよ。落ち着く頃、また会いにいきましょ」と聖美。実世は、沙耶を微笑ましく見つめる。


「良いな、兄妹って……私、一人っ子だったから……」そんなことを実世が言っていると、勢いよく入りのドアが開く。


「マァマァ〜〜!」亜夢だとすぐわかる声に、沙耶の背中がびくりと反応する。


「来たよ、来たぁ〜〜。やっぱり、来たぁ〜〜」沙耶は、ひきつった笑みを浮かべたまま硬直した。



 ****


「真世、おはよう。よく来てくれたな」「う、うん……」


 所長室に孫娘が訪ねてくるのは、あまりない。藤川は、嬉しそうに客席のソファーへと真世と、付き添って来た貴美子を案内した。


 尻込みする真世は、貴美子に促されて、並んで席につく。藤川も対面に腰掛けた。


「それで……話とは?」藤川は身を乗り出し、孫娘に柔らかな笑顔を向けた。


「う……うん……」真世は、言葉が出ず、隣に座る貴美子の顔を窺う。貴美子は優しく微笑んだ。無言で大丈夫、と伝えているように思えた。


 昨晩、気持ちがいっぱいいっぱいになって、祖母には、これから話そうとしている事は伝えている。祖父にも伝えるべきか、悩む真世に、自分の言葉で伝えなさい、私も付き添うから、と祖母は促していた。


 真世は小さく息を吸い、呼吸を整えると、小さく口を開く。


「お祖父ちゃん……あのね…………私、会ったの……あの人に……」言葉を探しながら、真世は話す。


「あの人?」藤川は、少し怪訝気に、眉を持ち上げた。


「あの人……私の……お父……さんに……」真世は、何とか言い切って顔を俯け、『早瀬充』と書かれた名刺をテーブルに差し出した。藤川は、その名刺を取り、はっと息を飲む。


「真世の……父…………早瀬……充? あの男……か?」


 眼鏡の底で藤川の両目が大きく見開かれている。真世は小さく頷いた。



 ****


「珍しいわね、真世がお父さんの所に、なんて」「うん、何か、お話ししてくるんだって!」窓を開けながら、亜夢は実世に答える。


「……で、あ、貴女は……何をしに来たの……? また、宿題?」沙耶が恐る恐る訊ねた。


「掃除! 真世に頼まれた! あとで行くからって」「そ、そう……」


「ありがとうね、亜夢ちゃん」「うん!」


 亜夢は収納に置かれた、掃除用具入れを漁り始める。


「あら、ずいぶんと慣れてるわねぇ〜」聖美は感心して言う。


「掃除はアンドロイドがやってくれるんだけど……それじゃ足りない、って、真世が。最近は、亜夢ちゃんも真世についてきて一緒にやるようになって……」実世が答えている間に、亜夢は雑巾とクリーナーを手に戻ってくる。手にした雑巾は何故か二枚……


「はい! いもうと!」亜夢は、さも当たり前のように、沙耶に雑巾を差しだす。沙耶は受け取らないわけにわいかない。


「やっぱり……こうなるのよね……」沙耶は、諦観めいた笑みを溢す。


「いいわねぇ、沙耶。お手伝いしてあげなさいな」「は……はい……」母の笑顔の圧……


「沙耶ちゃん……ありがとう……」嬉しそうな実世の微笑み……


 目の前には、有無を言わせぬ、亜夢(ライオン)の満面の笑み。


 ……滅私奉公ぅうう‼︎ ……


 ふと脳裏に蘇る、海外暮らしで忘れかけていた日本古来の伝統的価値観を、やけくそ気味に沙耶は腹の底で叫んでいた。



 ****


「……そうか……あのSNSの投稿……まさか、彼だったとはな……」藤川は項垂れて呟く。


 今し方、真世から、ここ、鳥海まほろば市に入り込み、押し寄せたデモ隊を取材し、世論を煽るようなSNSを発信しているのは、真世の父、すなわち、娘、実世のかつての夫だった男であると聞かされ、藤川は動揺を隠せない。


「黙ってて……ごめんなさい……」真世も顔を俯ける。


「いや……報せてくれて、ありがとう……辛かっただろう……」祖父の声は優しい。真世は、はっと顔をあげる。


「お祖父ちゃん……」両目に涙が滲みそうになるのを真世はぐっと堪えた。しばらく黙したまま、顔を見合わせる二人を、貴美子は暖かく見守っていた。


「……ペンネームが『三輪光彦』、あれも彼の記事か。なるほど、言われてみれば腑に落ちる」「でも……コウ。どうして、直人くんのこと……まるで知っているような記事を、彼が……」貴美子は、三人が抱く疑問を口に出した。


「うぅむ……」藤川は、ゆっくりと腰をあげ、窓辺に立つ。眼下の日本海には、秋の穏やかな風に吹かれ、いくつもの細波が立っている。


「このタイミングで、彼が現れた……そして、彼の知り得ないはずの情報……もしかしたら、全て、一本の線で結びついているのかもしれんな……」


 藤川は振り返り、真世と貴美子を見つめる。


「会ってみるか……彼に」



 ****


 テーブルに椅子、壁、隅になる場所や小さな隙間……アンドロイドの掃除では、行き届かないと、真世が日頃から言っていることを、亜夢は、あたかも自分の言葉のようにして、沙耶に指示する。


「ふぅ……いつもこんなに念入りに掃除するの?」テーブルを拭きながら、沙耶は何気に訊ねた。


「うん! 真世がね、教えてくれたんだ!」「……真世さんかぁ……なんか、納得だわ……」


 亜夢の方は、ライティングデスクの拭き掃除を始める。


「ふふ、ずいぶん、楽しそうね」「ほんとに……沙耶ちゃんと一緒だからかしら」聖美と実世は、微笑ましく見守る。


 そのうち亜夢は、ずいぶんとご機嫌に、机の上のものを整理したり、拭いたりしながら、鼻歌を歌い始める。


「ん〜んんん〜〜ん♩、んんん……♪」


「あら?」「その曲……」聖美と沙耶は、揃って亜夢を見つめた。


「〜〜あな〜たが〜〜わた〜しを〜〜」聖美は、亜夢の鼻歌に重ねて歌う。亜夢は、目を丸くして聖美を見る。


「……その曲の日本語の歌詞よ」そう言う聖美に補沙耶は補足して、その曲の英語タイトルを伝える。亜夢は、ポワーンとしながら、そのタイトルを繰り返して呟いた。


「意味は『あなたが私を勇気づけてくれる』……そんな感じかな。え、知らないで歌ってた?」と沙耶。


「うん……なおとが、弾いてたの」亜夢は、そう言ってバイオリンを弾くポーズをしてみせた。


「そう……あの子の好きな曲なの……うぅんん、私も……亡くなったあの子のお父さんも、大好きな曲でね」そう言いながら、聖美は、窓の方を向いて遠くを見遣る。


「…………あ〜な〜たが〜……〜わた〜しを〜〜……?」


 亜夢は今聞いたばかりの歌詞を真似して歌ってみる。亜夢がわからなくなると、聖美がリードして歌ってみせる。何度かそうやって、亜夢は覚えたところを歌い直してみる。


 その歌声に聖美と沙耶は、ハッと息を呑み、実世は目を瞑って聴き入った。


「え、うそ……いいじゃん……」「ほんと……綺麗な声……」沙耶と聖美は、顔を見合わせる。


「亜夢ちゃん、ほんと素敵だわぁ……」実世は、感嘆の声を上げた。亜夢は三人の反応に、きょとんとして首を傾げる。


「亜夢ちゃんの歌……みんなにも、聞かせてあげたいわ。フェスに出れたらいいのにね」実世が何気なく言った言葉に、聖美は何かを閃く。


「それ、いいかも……沙耶、ちょっと……」


「は、はい……何か……」母が目元を緩めて手招きしている。母が何か企んでる時の顔だと、沙耶はすぐにわかった。


「いいからぁ〜〜」母の笑顔には圧がある。逆らえない……。


 近寄った沙耶に、ゴニョゴニョと耳打ちする聖美。沙耶は、呆れと困惑を混ぜ合わせた表情を浮かべている。亜夢はさらに首を傾げた。


「はぁあああ〜〜? 私がぁ〜〜?」「いいでしょ? アレンジは私がするから、ね」


 気づけば、何やら期待を含んだ実世の笑顔、面白い事考えたとワクワクしている母の笑顔、そして、なんかよくわからない、いつもの亜夢の満面の笑顔。笑顔は、暴力だ……


 そして沙耶は呟く。


「もう……どうなってもいいや……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。