父親の影 1
差し込み始めた日差しが頬を温め、窓辺に遊びに来た小鳥が、朝だよと、微睡の中で呼びかける……? 小鳥……?
キーンと不快なハウリングの音が耳をつんざき、サイレンの音、鳴り物の音、叫び声……
「う〜〜〜〜んっ……」
『……IN-PSIDの悪事を許すな〜〜!』
「もぉおお〜〜……」
『水織川を繰り返すなぁ〜〜‼︎』
「うっさぁぁああい‼︎」たまらず、サニは目を開き、突っ伏して寝落ちしていたテーブルからいきり立つ。空いたビール缶が床に転げ落ちる。
デモ隊のシュプレヒコールは、幾分離れた場所にも拘らず、よく聞こえる。
「……朝からご苦労なこって……」
開けたままになっていた窓を勢いよく閉め、ベッドにどかっと腰を落とすと、サニは朝の習慣で、左掌にホログラム端末を開き、愛用のSNSのアプリをタップする。読み込み中のまま、一向に繋がる気配がない。
「あ、そっか……繋がらないんだっけ……」
仕方なくサニは、音声認識でテレビを起動し、何気に朝のワイドショーを見始めた。ちょうどIN-PSIDへの抗議デモが、ニュースになっている。
「げ、もうニュースになってる……」
番組出演者らのコメントは、当たり障りのない物言いながら、IN-PSIDの対応がどうとか、説明責任とか好き勝手に批判している。ムカムカしてくるのを感じながら、見続けていると、今朝のSNSで大バズりしている一つの投稿が、番組内で取り上げられる。
「えっ⁉︎ な、何、これ⁉︎」
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「……まずいですね、これは……」「うぅむ……」
IN-PSID本部IMCで、卓状モニターに表示されたSNSのタイムラインが、怒涛の如く流れていく。それを見つめながら東と藤川は、顔を青ざめさせていた。
大元の投稿記事には、デモ隊のコールに、発作を起こした直人、支える真世。パトカーを寄せる警官。昨日の一部始終の写真が、いくつか掲載されている。
『水織川、二十年前の大震災、重要参考人発見か‼︎
あの世界大震災のきっかけとなった事故。それを引き起こした人物がIN-PSID本部に匿われているという情報がある。彼こそ、その人物なのか?』
簡単なコメントがついており関連記事へのリンクが貼ってある。
写真は、一応プライバシーに配慮しました、とでも言うのか……顔はボカされているが……
「どう見ても……」「ええ、ナオよね……」呼び出されたティムとカミラ、そしてアランも絶句する。もう一人、呼び出されていた真世は、戦慄が止まらない。
「遅くなりました!」サニが駆け込んでくる。
「サニ、よく知らせてくれたな」「あ、はい……」
藤川に返事をしながら卓状テーブルに寄ると、サニは思わずのけ反った。
「うっわ……思った以上に酷いわね……」
次々と上がってくるコメントは、罵詈雑言の嵐だ。『死んで罪を償え』『何で生きてやがる』といった直接的な暴言から、殺害予告じみたもの、そして、写真の人物を特定しようとするネット探偵まで……
「えっ、でも、どうやって?」「ウォールのポートを一部開放してテキストと画像データだけサンプリングしてもらった。サブリミナルパルスはフィルタリングしてあるから、閲覧しても問題ないが……」東は顔を顰めたまま言う。
「サブリミナルがなくても……こりゃ堪えるぜ……」ティムは、舌打ちしながら苛立ちを右拳に込めて自分の左手の掌に打ち付けていた。
「センパイは⁉︎」サニは心配を隠さずその場の皆に問う。
「昨日から療養棟だ。症状を鑑みて、テレビ、インターネットの類も、彼の部屋からは撤去している……食堂のテレビなんかも、今は規制しているから、おそらく目に触れることはないと思うが……」東が答えた。
「そう……ならいいけど……」サニは俯くように、モニターに映し出された記事に視線を戻す。
「って……えっ⁉︎ まって! このアカウント!」
アカウントは、『MiwaMicchan』とある。ピンときたサニが、画面のリンクをタップすると……リンク先は、あのIN-PSIDが爬虫類人と結託して大災厄を企てているとする陰謀論の記事だ。
「やっぱり! また、こいつよ‼︎ 三輪光彦‼︎ あの三流オカルト記者の‼︎」
皆、記事を覗き込む中、真世は息を呑んだまま、顔を青ざめさせていた。
「三輪……光彦……一体何者ですかね……」と東。藤川は、じっと記事を見つめたまま答えない。
「この感じからすると……我々に相当恨み持っていそうね」とカミラ。アランも頷く。
「んなっ、つったってよ! こんなの、逆恨みだろうが! あの地震だって、別にナオが悪いってわけじゃねえし!」ティムは憤りを隠さない。
「だが、それを説明も、証明も……今の我々にはできん……」藤川は絞り出すように呟く。
「真世……ここに映っているのは、君だよな?」東は、努めて冷静に問いかける。
「え……ええ……」
「これを撮影した者を見かけなかったか? ……あるいは何か気づいたこととか……」
真世はハッとなって顔を上げる。
「あ、え……えぇと……風間……くんの発作に……動転してて……周りのことは……」そう言って俯いた。
「だよなぁ……」ティムは、仕方ないさと、微笑を浮かべて理解を示す。
「でも……こんな写真撮れるとなると……すでにこの街の中にいる?」カミラの指摘に皆、頷く。「街の住人……直人の機密情報を知ってるとなると……我々のうちの誰かの可能性も……」アランの懸念も尤もだ。
「……その可能性は捨てきれんが……考えたくはないな……」と藤川。頷く皆の表情も重い。
「とにかく、今は市内へのデマの拡散防止に努めよう。東くん、片山さんらと対策を進めてくれ」「わかりました」
「皆もこの件は、内密に。特に直人には触れさせないよう……頼む」
一同は、硬く口を閉ざし、頷くことしかできなかった。ミーティングを解散し、複雑な想いを抱えながら皆、出口へと向かう。一人、物憂げに項垂れる真世を除いて……
「ん、どうした? 戻っていいぞ」孫娘は、顔を青ざめさせ、小さく震えている。
「……心配なのはわかる。この、三輪という人物は、上杉くん達にも探してもらおう。大丈夫、何とかなるさ」藤川は、真世の肩に手を置き優しく微笑みかけた。その祖父の眼差しから、真世は逃げるようにして両眼を伏せる。
「う……うん……。あ、あの……おじいちゃん……」
「ん?」
「わ、わたし! ……その…………」
ハッと顔を上げ、祖父の顔を見つめる真世。藤川は何も言わずに真世の言葉を待つ。
「……な、なんでも……ない……」呟くように答えて真世は顔を伏せる。胸の奥がざわつく。まるでそんな自分を、もう一人の自分が嘲笑っているかのように。
「りょ、療養棟に戻るね……風間くんの様子も見てくる」
「うむ………さぞ、ショックが大きかっただろう。お前も……」「えっ? あ……う、うん……驚いたよ……」
「追い詰められているな……皆……このままでは…………」「うん…………」
二人は俯いて、しばらく黙り込む。
「そうだ……」ふと、何かを思いついて藤川は顔を上げた。




