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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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正義の仮面 7

 IN-PSID本部、『PSIテクノロジー安全対策課』。部屋前のインフォメーションサイネージには、『黄金の女神統括対策室』と、示されている。土曜日の昼食時ではあったが、突然のデモ隊の出現に、藤川は、このところ、ほぼ常駐している片山、『マルドゥク・ウォール』のコントロールチームリーダーを務める松永、及び室のスタッフらと対策協議に入る。ミーティングに先立ち、片山の指示で、部屋に蓄えられたカップ麺が配られ、簡単な食事をとりながらの打ち合わせとなった。


 検問現場指揮車から、上杉が通信でミーティングに加わる。上杉の居る鳥海まほろば市の南側玄関口には、最大のデモ隊が押し寄せ、幾つもの団体が合流し、現在は五百人ほどの人数に膨れ上がっていると報告。その一部は、次第に市の東側、北側に移動し、そちらに集まった団体に合流しつつ、東、北検問付近でデモを行っているようだ。


 山がちであり、また海に注ぐ河口付近に置かれた鳥海まほろば市は、奇しくも天然の要塞さながらの街で、意外と少人数でも要所を検問で抑えれば通行の規制はしやすく、それが幸いしていると、上杉は言う。


「検問から外れる場所は、ドローンパトロール、アンドロイド、警官の巡回で隈なくカバーします。街になだれ込ませるようなことはしませんよ」上杉の落ち着いた微笑に、皆は、束の間の安心を覚える。


「くれぐれも、市民との衝突だけは、なんとしても防いで欲しい。それと……」藤川は、強い眼差しで通信先の上杉を見つめる。


『非暴力の徹底……ですね? 心得ております』「……頼む。このようなことで、互いの憎しみを増幅させては、『黄金の女神』の思う壺だ」『えぇ』


 すると、二人の会話に、ズズズッと、わざとらしいほどに麺を啜る音が割り込む。


「……ご安心……ください……んぐっ…………ふぅ」


 松永は、汁を飲み干し完食したカップを机にトンと置き、メガネを外すとハンカチで曇りをゆっくりと拭き取り、掛け直す。


「ふふふ……皆さん……我が『マルドゥク・ウォール』をお忘れではないですか?」松永は、メガネのブリッジを人差し指で持ち上げながら得意気に言う。そして、鳥海まほろば市の全エリアマップをモニターに投影した。皆の視線がそちらに集まる。


「飛んで火にいる夏の虫、とは、まさに彼らのこと……ご覧ください」


「マルドゥク・ウォールの効果範囲は、検問のあたりからこっちだけとお思いのようですが、そんなことはない。我が街の重力セグメントは、さらに五キロ先まで有効なのです。尤も、出力配分に若干の変更が必要となりますが、何、数時間もあれば、すぐにでも」


 おお、とスタッフ達からは、感嘆の声が漏れる。


「た、確かに……彼らを突き動かしているのはサブリミナルなのは明白!」「そ、そうね。その元を断てば、きっと、彼らもおとなしくなるわ!」松永のチームは、顔を綻ばせてさっそく技術的な議論に移っている。


「問題はエネルギー供給だが……」「理工学部の備蓄PSI精製水を回してもらおう! ちょうど夏休み期間だし……片山さん、いいですよね⁉︎」


 片山は静かに頷き、松永は、どうですっ、ふっ……とでも言いたげに、眼鏡のブリッジを押し上げたまま、不敵な笑みを浮かべていた。


「では、そのように。よろしいですな、所長?」片山が藤川に承認を求める。盛り上がる松永のチームとは対照的に、藤川は腕を組み、身じろぎもしない。片山は黙って藤川の言葉を待つ。


「……ウォールの方は、直ちにかかろう。だが……」


 硬い表情のまま呟く藤川に、いっ時の楽観的な雰囲気は霧散してゆく。


「IN-PSIDやPSIテクノロジーに対する嫌悪、憎悪がもとから大きい場合は、その限りではないかもしれない。一度、焚き付けられた炎は、薪をくべずとも燃え続けるもの。一晩、二晩程度では鎮まらないかもしれんな……」


 チーム松永は、皆俯き言葉を失い、松永は薄ら笑いを浮かべたまま、顔を引き攣らせる。


 すると藤川は、頭の中で鳴る電話のコールに、失礼、と席を立つ。片山は、そのタイミングで松山達を促し、さっそく作業に掛らせた。


「もしもし……貴美子か? 直人の様子は?」


 藤川の掌に、ホログラム形成された端末の中で、貴美子の姿が映し出されている。貴美子の隣には、直人に付き添い、病院まで来ていた真世が、不安気な表情でこちらを窺っていた。


『ひとまず、発作症状は治って、医療結界隔離室よ。身体の異常は出てないから、一、二時間程度休ませて様子を見るわ』「そうか……」


 貴美子の説明に、藤川は安堵のため息を漏らす。


『でもね、コウ……』貴美子は、眉を顰め、藤川をじっと見つめる。


『直人くん。ミッションを重ねるたびに、他のメンバーに比べて、精神拡張の進行が著しいの。彼、四歳の時にPSIシンドロームを発症しているでしょ? そのせいもあると思うんだけど……この先、重大なPSIシンドローム再発のリスクは無いとは言えないわ』「ううむ……」


『あの、お爺ちゃん……風間くん、デモの声を聞いてたら、突然発作を起こして……それで……』「ああ、真世。そのようだったな。お前が一緒でよかった」


『う……うん……』曖昧に返事をして目を伏せる真世。貴美子が再び口を開く。


『あの水織川の事故は、彼にとっても癒えない心の傷……このままデモが続けば、その気配だけで、症状を悪化させかねない。どうかしら、しばらく直人を療養棟に入居させようと思うのだけど? 空きならあるわ』


「療養棟にか……」


『あそこなら、結界もあるし、何があってもすぐに対処できる。それに、彼のアパート、あのデモ騒ぎの近くでしょ? そんなところに、一人置いとけないわ!』


「……確かにな。その方が良いだろう。貴美子、直人を頼む」『ええ、任せておいて……』


 貴美子は、電話を切るでもなく、伏せ目で押し黙った。隣で真世は、その貴美子を心配そうに見つめている。


「……ん、どうした?」


 貴美子は、もう一度、藤川の目を見てゆっくりと口を開く。


『……正直に言うわね。直人くん……インナーミッションはこの先……ますます負担になっていくわ。医者としては、これ以上は……』真世は、ハッと息を呑み、藤川は、しばらく瞑目して、貴美子の言葉を受け止める。


「……わかった。おりを見て、直人にも話しておこう」『……お願いね』


 貴美子が電話を切ろうとした時、真世が一瞬、視線を投げかけたように藤川には見えた。


 何か、言いたいのだろうか? そう、藤川が考えている間に、通信画面が静かに切れる。藤川は、そっと左手を握りホログラムの端末をシャットダウンした。


『黄金の女神統括対策室』は、『マルドゥク・ウォール』拡張作業へと、慌ただしく動き始めている。



 ****


 その日の夜——


 デモ隊は、昼食休憩を挟み、午後から新たな合流組が加わるも、段々と勢いを失い、三時に至る頃には、緊張感も薄れ、次第に霧散しつつ近隣の宿泊施設などに撤収し始めた。古屋もその様子に、初日はこんなものだろう、と、その日の解散を認める。


 それにしても奇妙なのは、無許可のデモに最初、デモ隊の拘束に動き出した警察が、一転、許可を確認したとして、拘束を断念。古屋らはお咎めなしとされていた。おまけに、不法逗留されては困ると、彼らの滞在先まで確保して、古屋達は今、警察の監視付きながら、検問から程近い、海岸の防砂林にあるキャンプ場で、ささやかな初日の打ち上げの運びとなっていた。


「もう、私たち、てっきり古屋さんが届け出ているのかと」友恵が笑いながら言う。近くのスーパーで買い出ししたバーベキューセットの食材を、キャンプ場の調理場で仲間らとせっせと焼いている。「い、いや、僕の方こそ、増田さんあたりが動いてくれてるのかなって……」古屋は、缶ビールを開けながら言った。増田は豪快に笑って違う、違うと手を振った。


「おおかた、早瀬くんだろう! 何てったって、仕掛け人は彼だからなぁ! まぁ、結果オーライさ、飲もう、飲もう!」


 デモなんて初めての、あまりの素人集団に、古屋はため息が出る。


 なんで、こんなところまで来て、こんなことをしてるんだろう。そう思いながら、バーベキューの煙が立ち上る夜空を見上げる。晴れた空に、星が瞬く。


「神様……女神様が……僕たちを祝福してくれている……僕らの正義を……」「お、随分と、今日は詩人だなぁ! 古屋くん、ははははは‼︎」増田の笑いにつられて、仲間たちも一斉に笑い立てる。


 昼間、拡声器を握りしめていた右腕が、疲労に震えている。古屋は、確かな自信をその手に掴むようにして、グッと握りしめた。


「おい、笹原ぁ! まぁだ出んのか? 我らの女神様は!」


 笹原は、増田が持ち込んだヴァーチャルネットホログラム投影機のセッティングに苦戦している。今一度、皆の意識をまとめようと、昨晩、決起集会で観た、あの『黄金の女神・神の言葉伝導協会』の伝導映像を見返そうとしていたのだが……


「ダメですよ! 全く繋がらない! どうなってんだ⁉︎ 受信感度は問題ないのに……」「はぁ? どれ、見せてみろ」増田は億劫そうに腰を上げ、笹原から通信端末のタブレットを受け取ると、自分でも操作し始めた。


「あれ、ほんとだ! くそ、何で繋がらないんだ?」忌々しげにブラウザに表示された更新ボタンを何度もタップする。


「こっちもダメっすね」梅沢は、自分の指輪型端末を立ち上げアクセスを試みていたが、眉を顰めて首を振った。


「ヴァーチャルネット自体、ほとんど接続できない?」「ああ! ウチのホームページもダメだ!」「昼間はつながったのになぁ! 何なんだよ!」


 仲間達も皆、ヴァーチャルネットへのアクセスを試みるが、どの端末でもダメそうだ。


「もういい、もういいよ、皆!」苛立ちが募り始める仲間たちに、古屋は立ち上がり、声を張って呼びかける。


 昼間、思わぬリーダーシップを発揮した古屋の声は、一斉に皆の視線を集めた。


「きっとIN-PSID(あいつら)の仕業さ。僕らと女神様の間を引き裂くつもりなんだ」


 ああそうか、と皆は頷き、不満と憤り、罵りを口に出す。


「こんな姑息なことをしても、僕らの気持ちは揺るがない! 女神様は僕らを見守っている! この怒り、明日からのデモでぶつけよう‼︎」


 古屋の檄が、皆の腰を浮かせる。古屋も立ち上がり、大きく息を吸い込んで、声を張る。


「家族を失った、仕事も、土地も失った! 全ては、PSIなどという禁忌に手を出したばかりに!」


 古屋は鳩尾あたりに鈍重な塊が蠢いているような感覚に、一瞬、顔を顰める。だが、それが発する熱に、全身に満たされていく感覚が、古屋を次の言葉へと駆り立てる。


「二十年前、あの地震を引き起こしたIN-PSIDをこのまま野放しにしては行けない。神の声がなくとも思い出せ! あの苦しみ、悲しみを! 悲劇を繰り返さないうちに!」


 おおっ! と歓声が仲間たちから湧き上がるの同時に、調理場のバーベキュー炉の火に、焼かれた肉の脂が落ち、俄かに炎の勢いが増す。古屋はその熱を背に感じながら、古屋は叫ぶ。


「IN-PSIDを許すなぁ〜〜‼︎ IN-PSID解たぁ〜〜い‼︎」古屋の上げた声に、増田が、笹原が続く。その声は仲間達に伝わり、全員一斉の唱和に変わっていく。


 IN-PSID を許すな、IN-PSID解体……そのコールが、煙と共に夜空へと広がってゆく。



 防砂林に見え隠れする火灯り、照明の光……ホテル九階の、その部屋の窓からは、よく見える。


 窓辺に立った三輪は、それを見下ろしながら、どこかへと電話をかける。


「……ああ、俺だ。……くくっ、面白いくらい、上手く運んでるぜ。全部、あんたの筋書き通りさ。写真のメモリは、ドローン便で指定座標に送った。…………ああ、ヴァーチャルネットには、まるで繋がらねぇ。約束どおり、オレのアカウントで投稿しろよ! こんなトクダネ、滅多にお目にかかれねぇんだからよ。……ん、ああ、トクダネさ。この俺が掴んだ、な!」

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