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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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正義の仮面 6

『デモ⁉︎ ……そうか、もう、そういう動きも……』


 IN-PSID本部の自室で、上杉からの報告を受けた藤川は、顔を強張らせた。


「ええ。東と北の検問にも、集まってきているようです」そう言いながら上杉は、通信タブレットを、デモ隊と検問のアンドロイド隊の衝突の方に向け、様子を伝える。


 ちょうどその時、デモ隊の鳴り物と、入り乱れていたシュプレヒコールが引いてゆく。


「な、なんだ?」葛城は、拍子抜けしてデモ隊の方へと目を凝らす。野次馬達と一緒になって、直人と真世もそちらへと視線を向けた。上杉が手にする通信端末越しに、藤川もまた、デモ隊の様子に注視する。


『静かに! 静かに! ……あ、ありがとう!』拡声器で呼びかける恰幅の良い男がデモ隊に向かって呼びかけているようだ。


『私は、NPO団体、PSI推進を止める会、静岡フォーラムを運営する増田ってもんです! 今日は各地から、こんなにも集まってくれてありがとう! まだまだ他の団体も、これから合流してくるはずですが、今回のデモの発起人を紹介させてください‼︎ 古屋拓斗さんです‼︎』


 古屋は名指しされ、動揺を隠せない。梅沢が、果実収穫用のプラスチックコンテナを逆さに置き、即席の演台を作って古屋を招く。


 友恵と笹原に背中を押され、古屋はコンテナの上に尻込みしながらも立つ。総勢三百人ほどに膨れ上がったデモ隊全員の視線が一気に古屋に注がれる。知った顔もいるが、大半は今日初めてみる顔ばかり。増田と友恵に促され、古屋は拡声器を口元に寄せ、口を開く。


『……ふ……古屋……です』


 鳴り物と古屋のコールでデモ隊は、一斉に盛り上がった。葛城、上杉、真世に直人らも、アンドロイド隊の壁の隙間から覗く、古屋を見つめる。


『山梨で……小さなレストランをやってます……でも、私は……二十年前までは、ワインを作ってました。家族と共に……』


 緊張に震えていた声が、次第に落ち着いてゆく。


『……奪われた。あの地震に。世界同時多発地震の発端となった、あの大地震に! ……畑も! 家族も‼︎』


 古屋の声に直人は、目を見開く。


 古屋は、腹の底で畝り始める熱を感じながら、身体を震わせ声を張る。


『許しちゃ……許しちゃいけないよ。あんな地震は二度と! 皆さんもね、よく知ってるとおり……このIN-PSIDは、元を正せば、あの地震の引き金になった事故を起こした、『水織川研究所』だ』


 自分でも驚くほど饒舌に言葉が溢れてくる。先程までの騒ぎが嘘のように、あたりは静まり、皆、古屋の言葉に耳を傾けていた。


『ここ一週間ほど……『黄金の女神』様の警告で、世界は、IN-PSIDが危険な組織であると気づき始めている! 新たな災害を起こしかねないと、世界中で、一斉に避難の的となっているんだ! 振り返って、私たち日本はどうだ⁉︎ IN-PSIDの本部が置かれているというのに、抗議の声を上げたのは、僕たちがやっとだ‼︎』


 そうだ、そうだとデモ隊が沸き立つ。


『志高い皆さん‼︎ さぁ、声をあげよう‼︎ IN-PSIDの活動停止‼︎ 解体‼︎ 新たな大厄災が起こる前に‼︎ IN-PSIDの悪事を食い止めよう‼︎』


 拍手と歓声が熱気の渦を巻く。検問の警察も、集まった市民らも圧倒されずにはいられない。


 ……僕の言葉が、こんなにも! ……


 演台の古屋は、高揚していた。その熱気と身体の中に渦巻く熱が同調していくのを感じ、昨日、グラスの破片で傷を刻み、包帯が巻かれた左手を拳にして、天高く突き上げる。


『IN-PSID解体‼︎ 水織川を忘れるなぁあああ‼︎』


 古屋の絶叫をデモ隊が続けて、同じ言葉を繰り返す。次第にそれは、デモ隊全体に広がり、バラバラだった群衆は、一つの言葉にまとまっていく。


 川を隔てた茂みの陰で、その光景に、三輪はひたすらシャッターを切る。


「思ったとおり! あんた、最高だぜ! 古屋さん‼︎」


 一通りデモ隊を撮りまくると、古屋は、検問の反対側、身構える警察官や市民達にフォーカスを当てる。


「くくっ、惚けやがってよ。こっちもいい顔だな……ん? 真世……?」


 レンズの中に、真世の姿を捉え、三輪はカメラを離して、目を細めた。



「あの爺さん……あっという間に、デモのみんなをまとめあげやがった」葛城は、急速に一つの塊となっていくデモ隊に、得体の知れぬ不気味さを覚えていた。


「まずいですねぇ。葛城くん、油断できませんよ」「え、ええ。わかってます」


『上杉くん、彼らに検問を突破させないでくれ』


 通信端末越しに藤川が声をかける。


「ええ、もちろんです」『だが、彼らには、決して手を挙げないでほしい。難しいのはわかるが、彼らもまた、女神のサブリミナルの被害者達なのだ』


「……なんとか、しましょう」上杉は、頷く。


「お爺ちゃん!」真世が思わず、声をかける。気づいて上杉は、タブレットの通信面を真世の方へと向けた。


『真世⁉︎ どうして、そんなところに! ん、直人も一緒か?』「う、うん。ち……近くまで来たら、なんか騒ぎになってて……お爺ちゃん、どうするの? あの人達……」『……落ち着くまで、好きにさせておくしかあるまい……巻き込まれないうちに、早く戻って……ん、直人、どうした⁉︎』


 えっ、と真世が振り返ると、直人はデモ隊の方を向いて、顔を青ざめさせ、身体を小刻みに震わせている。


「か、風間くん⁉︎」


『IN-PSID解体‼︎ 水織川を忘れるな‼︎』デモ隊の声は整然と繰り返され、次第にボルテージが上がってくる。その声が上がるたびに、直人は身体を不自然にビクつかせていた。



 ****


 ……なおと! ……


 亜夢は、胸の裡で響いた声に、鉛筆を止めて不意に顔を上げ、窓の外を見る。沙耶は眉を吊り上げて、テーブルを二度叩く。


「こぉら、亜夢! まぁた、私にばっかりやらせて! さっさとやる!」「う、うん……」


 沙耶のひりつく声に、亜夢は数字と図形の現実に、否応なく引き戻される……


 ****


 検問向こうの熱気がたちのぼり、数多の人のようなカタチの赤黒い、あるいは紫がかった雲のように浮き上がる。それは屈強なアンドロイドの壁を意図も簡単にすり抜けて、直人目掛けてまとわりついてくる。


 ……お前のせいだ……


 …………どうして……生きている……


 ……人殺し……


 …………お前のせいで、みんな死んだんだ……


「や……やめろ……やめてくれ‼︎」突然、叫び直人は両手で頭を抱えるようにして耳を塞ぎ、その場にへたり込む。


「か、風間くん⁉︎」真世は咄嗟にかがみ、倒れ込みそうになる直人を支える。騒然となる野次馬達。


「ああ? なんだぁ?」離れた茂みから、その様子を伺っていた三輪は怪訝げに眉を顰めながら、カメラのレンズを覗き込む。


「ん、あの少年……まさか⁉︎」呟きながら、三輪はシャッターを切っていた。


『世界同時多発地震を引き起こし、世界中のかけがえの無い命を奪った‼︎ IN-PSIDを許すなぁあああ‼︎』古屋の叫びが、直人の耳をつんざく。


 血みどろの人、手足を失った人、泣き叫ぶ子供に、我が子を求めて彷徨う母親……デモ隊の声に宿る想念が、数多の震災の犠牲者らを形作って直人を取り囲む。


「許して……許してくれ……」うずくまったまま、直人は、脂汗を顔面に滲ませ、身体を震わせる。呼びかけ続ける真世の声も届かない。


 ……奪った‼︎ 奪ったんだ、お前が‼︎ ……


 一際、強い言葉が胸の内を抉り、思わず直人は声のする方に目を見開く。


 検問をすり抜けた想念の赤黒い雲が、入道雲のようにたちのぼり、何かを形作る。


 肥大化した鼻、その上に乗る丸眼鏡。眼鏡の底から大きく穿たれた二つの穴が直人を覗き込む。


 ……お前が殺した‼︎ ……明子を! ……陽樹を! ……


「許して……」目を見開いたまま首を振り、呼吸を荒げる直人。


「……真世と同じくらいの年……感受性が高く……震災に深い自責の念を持つ……情報どおりだぜ……」カメラの望遠で、直人の一部始終を見ていた三輪の、記者としての勘が呟く。その少年で間違いない、と。


「あいつが、あの地震の張本人‼︎」三輪のシャッターを切る指は止まらない。


「もう……苦しま……ないで……」直人は、朦朧としながら、身体の芯を失ったように仰向けに倒れかける。周りの野次馬は騒然とし出す。


「風間くん‼︎ しっかりして‼︎ か、葛城さん‼︎」倒れかけた直人を支えた真世は、葛城に助けを求めた。その間に、上杉は状況を藤川に伝え、葛城は、成田へIN-PSID附属病院への直人の搬送を要請する。


「お、おう! 新見! 一台まわせ! 彼を! 早く‼︎」「は、はい‼︎」


 新見はすぐに近くのパトカーを直人に寄せ、葛城と二人で直人を後部シートに乗せる。パトカーには真世も付き添って同乗した。


 三輪は夢中でその場面をフィルムに収める。


 新見がハンドルを握るパトカーは、サイレンを回し、すぐに走り去った。


「上杉さん、彼は一体……」走り去るパトカーを見つめながら、葛城は呟く。上杉は、それには答えず、デモ隊と、野次馬への対処を葛城に促す。


 一方で、三輪はパトカーが見えなくなったところで指を止め、カメラから顔を離す。パトカーの向かったには、岬状の高台に、天守閣のように聳えるIN-PSID本部のセントラルタワーが見える。


「くくく、見つけたぜ……風間……直人!」

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