正義の仮面 5
「はい、下がって、下がって! あぶないから!」
検問の後ろには、騒ぎを聞きつけた近所の住民らがゾロゾロと集まり始めていた。警官らは、カラーコーンと、『立ち入り禁止』と表示された標識テープで、境界線を直ちに設置して、野次馬達の足を止める。
「あれ、真世さん!」葛城は、その中に真世の姿を認め、近づいて声をかけた。
「あ……えっと……葛城さん! なんの騒ぎですか、これ⁉︎」「デモですよ、デモ! どうもIN-PSIDへの抗議デモみたいです‼︎」
シュプレヒコールと鳴り物の喧騒の中で、会話の声は否応なく大きくなる。
「抗議⁉︎ いったい、どうして⁉︎」
「想定していた事態が、起きてしまいましたねぇ」冷静な声が真世に答える。
「上杉さん!」
折り目正しいスーツ姿で、指揮車から現れた上杉は、数ヶ月前、一度会った事のある真世の姿を認め、軽く会釈する。真世も思い出して会釈を返した。
「『黄金の女神』による煽動の性質から考えて、最悪の場合、このようなIN-PSIDに対する直接的な抗議運動に発展することは想定していました。いささか早かったですがね。現に一部、海外支部や関係施設では、すでに、火炎瓶、打ち壊しなどの暴力事件が起こり始めているようです」
「そんなことに……」真世は、顔をこわばらせる。
「安心してください! 市民の皆さんには、危害が及ばないよう、しっかり守らせてもらいますよ!」葛城は、白い歯を見せて真世に微笑んで見せた。
真世が、よろしくお願いします、と頭を下げた時。
「藤川さん!」呼びかけられて、真世は振り向く。
「風間くん!」現れたのは直人だった。野次馬の間をかき分けて前に出て来る。
「こんなところに? どうして?」「昼メシ食べに出たんだけど、人が集まってたから!あ、ウチ近いんだ。うるさいんだけど、何⁉︎」
がなり立てる声が重なり、押しかけた群衆が何を言っているのかよくわからない。
「デモだって!抗議デモ!IN-PSIDへの!」「えっ⁉︎」直人は目を丸め、拡声器を通した叫び声に耳を傾ける。
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天空高くから、地上を見つめる。それはまさに神の視点だ。静止衛星軌道と呼ばれる、高度三万六千キロメートルから、神の目は地上を覗き込む。晴れ渡った日本海沿岸へとフォーカスしてゆく。日本海に流れ込む川、海岸線、建物、道路……道ゆく人の顔まではっきりと見える。
視点が移動してゆくと、鳥海山の麓、日本海側に面した『鳥海まほろば市』に至る幹線道路に押し寄せる、人の波が見えてくる。その列は、ランプから国道まで、長く尾を伸ばしていた。
『動き出しましたな』
中空に描かれる、タロットカード『月』のカードのクルリ、クルリと、ゆっくり回転する。
『細工は上々。ここまでは順調、かしらぁ? ジャッジメント殿』『魔術師』のカードが月に同期してゆっくりと回りながら発した。
祭壇のように高くなった中央に佇む、手にはラッパを持つ偉丈夫な大天使のアバターで現れたジャッジメントは、静かに頷いた。
「抗議デモなんて……やはり手緩いのではなくて? ジャッジメント?」一段高いところから、女司祭が問いかける。
『デモ……そう、まさにデモンストレーションだよ』ジャッジメントは落ち着いた声で答えた。
「……何が言いたい」女司祭は、わずかばかり眉を吊り上げる。
『世界の悪意は、ワールドの神威で確実にIN-PSIDに向いている。それを形として世に見せる。それこそが肝心なのだ』
『そうそう。やり過ぎてIN-PSID……悪役を叩きのめしてしまっては元も子もないのよ。悪い子がいるから、皆、虐めたくなる。正義の味方を信じる力が強くなるってものよ』と魔術師。
「そんなことは、わかっている! 私が言いたいのは、IN-PSID側の動きだ! ご神威を妨げるヴァーチャルネットの壁、日本警察の思わぬ警備……鳥海まほろば市からの離脱者は少なく、むしろIN-PSIDへの市民の信頼が高まっているようではないか! 私が危惧しているのは、彼らの思わぬ反撃だ! ワールド様の目覚めには、まだしばらく時が必要……ワールド様への危害が及ぶことだけは避けねばならぬ!」女司祭は、ヒステリックに声を荒げた。
『確かに……少々、想定外の事態が続いておりますな』古代の戦車を描いた『チャリオット』のカードが現れ、発言する。
『IN-PSIDに加担する極東の『老人会』の狙いも気にかかる』と『月』。
『ふふ、むしろこれまでが『計画どおり』過ぎたのよ。『超絶スケジューラー』がいなくなってしまったから。ふふ……皆様のお望みどおり』魔術師のカードは、その場の皆の間をクルクルと回りながら、ダンスでも踊るかのように浮遊する。
『運命の……輪か……』唸るように呟く、チャリオット。
『案ずることはない。多少のズレは修正していけば良いだけのことだ。我々は進むしかない。チャリオットよ、<リーベルタース>はどの程度、抑えておけそうか?』『せいぜい一週間程度だろう。NUSA政府は強かだ。情勢が変われば、手のひら返しはお手のもの。かつての強国は侮れん』
『それだけあれば……計算ではあと五日ほどで、ヴァーチャル・ネットの主要情報は、この『ネクサス・アルカディア』に回収できる。そうすれば、ワールド様は真の神として覚醒し、世界は新たなる神の統治を受け入れるであろう。そして、我々、人類の新天地への第一歩が開かれるのだ!』ジャッジメントの言葉が、全天球状のヴァーチャル空間に響き渡る。彼の同胞は、その言葉に皆口を閉ざす。
日本本部は、結界に閉じこもっているが、このまま抗議運動で牽制していれば、その対応で身動きもにぶる。NUSAは抑えているし、その他の支部は、活動を縮小しながら様子見だ。地域によっては暴動被害にも遭って、萎縮しているところもあるようだ。彼らは本部機能を置いたEUの指揮に従う意向を見せている——ジャッジメントは、いかにIN-PSIDが、自分達の思惑下にあるかを強調する。
「……ジャッジメント、いつにも増して、よく語る……」壇上から女司祭は、大天使を見下ろし呟く。
「何かな……ロザリア?」
「ふん……だが、そのEU支部も、どういうつもりなのかしら?」
ジャッジメントは振り返り、女司祭を仰ぎ見る。
「EU支部がいまだ固執する『ユグドラシル』。あれの直接管理は、其方の国連PSI利用安全保障会議に委ねさせるはずだが……? あの女は、まだ渋っておるようではないか?」問いただす女司祭の言葉は刺々しい。
『ユグドラシル』の示す未来予測と現世時空の同期観測は、世界が共有すべき重要なこと。国連PSI利用安全保障会議は、世界中の科学者、有識者をEU支部に招き入れ、『ユグドラシル』観測センターとなったコントロール・コアを解放するよう、支部長ハンナに求めていた。
<ノルン>消失と共に、本来稼働停止するはずのコントロールコアは、なぜか動き続けている。まるでソフィアの意志が宿っているようだとハンナは主張し、その環境を保つため、と、国連による直接管理の承諾を先延ばしにしている。得られたデータは提供する、という条件をつけて……
『万が一、アレが示す予測と、我々の計画に乖離が生じれば、EU支部、ひいてはIN-PSIDの叛逆の火種となり兼ねない。計画の第二段階を控えた今、アレがまだこちらの手の内にないというのは……』チャリオットが思慮めいた口ぶりでロザリアに同調する。<ノルン>と共に葬り去ることができなかったのは、痛手ですなと、ジャッジメントに向かって言う声は、どこか嘲笑めいていた。
『ユグドラシル……ふん、厄介な置き土産を残してくれたものよ……『運命の輪』は……』月の口調に苦々しさが滲む。
『なぁによぉ〜、あんなの、小娘一人が見た、唯の夢。気にする必要、ないんじゃなぁい?』無邪気な口ぶりで発したのは、魔術師。
『そういうわけにもいかぬ……現に一部は既に国連でも、大災厄回避シュミレーションと、計画策定に盛り込まれ始めている』『迂闊に、外に出すわけにはいかんのだ……』
『ふぅぅ〜〜ん、ま、僕にとってはどうでもいいけどね』月とチャリオットの間を、魔術師のカードが舞い踊る。
『ロザリアよ……ハンナのことは、もうしばらく、私に預けてくれ』
「……いいでしょう。好きになさい。ワールド様がお目覚めになるまでには、ケリをつけるのよ」
『承知……』ジャッジメントは、女司祭の背後に広がる、壇上の暗闇に深々と頭を下げ、その場から立ち去ろうとする。
「ジャッジメント。あの女……あなたの何?」
『…………友人だ』
ジャジメントのホログラムは、その場に溶け込むように消えていく。女司祭は、それを冷ややかに一瞥すると、デモを映し出した空間映像へと、視線を戻した。




