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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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正義の仮面 4

 ……どしたぁ〜、真世。ほぉら、いくぞ……


 ……パァパ……んっ……んん……


 ……なんだよ、コレか? ……


 ……そぉれぇ……ミミちゃ……


 ……ちっ、しゃあねぇなぁ……花火、もう上がるってのによぉ〜……


 …………ほらよ! ……


 ……わぁああ……ミミちゃ……パパ、だぁいすゅき! ……


 ……パパも大好きだから、ほら、行くぞ……


 ……うん! ……


 胸の裡に広がる風鈴と雑踏の音を、夏の夜空に上がる花火がかき消してゆく——


 朧げな記憶の景色が、川に流れていき、そこには、潮風に吹かれた物憂げな自分の顔が浮かび上がる。真世は、小さく溜息をついた。


「ミミちゃん……か……」


 橋の欄干に肘をつき、その掌の中で古びた小さなぬいぐるみが、愛嬌のある顔を覗かせていた。耳が折れた、ウサギのキャラクター『ミミちゃん』のチャーム。子供番組のマスコットだったはずだ。物心もつかない頃、そのチャームを、夏祭りの出店か何かで、父親に買ってもらった。そんな記憶が微かに残っている。


 かなり痛んでいるが、どうしても捨てられず、お守りみたいにしてカバンの底に入れて持ち歩いていた——


「さ、最愛の(ひと)……子ども……ママとは……別の……」


 つい今し方の、早瀬との会話が蘇る。


「あぁ、そうだ! 記事も売れず、実世に見限られた俺を、あいつは……千尋は受け入れてくれた。俺を愛してくれた、唯一の女だったのに! それを!」早瀬のその言葉に、真世は唐突に立ち上がる。


「唯一……愛してくれた? ……何、言ってんのよ……ママが……どんな想いで……この二十年過ごしてきたと思ってるの! ……わたしも……わたしだって……」


 真世は瞳に込み上げてくる脈動を堪えて、早瀬を見下ろす。早瀬は舌打ちして、逃げるようにテーブル脇の窓の外へと顔を向ける。


「最低よ! ……あんたなんか、お父さんじゃない‼︎」


 言葉を吐き捨てるなり、真世は駆け出していた——


 ……何、期待してたんだろ……


 橋の上から川の水面を覗き込んでいると、自分の顔がだんだんと、不自然に白くなっていく。潮風の中に、仄かに甘い香りが混じる。


 ……無様だねぇ〜〜……


 どこからか聞こえて来る声に、真世はハッとなり、水面に目を凝らす。水面に浮かぶ自分の顔は、俯いた能面のようだ。


 ……無様、無様……


 また、あの声だ。いつからか、胸の裡に巣食った、もう一人の自分を騙る幻聴。


 ……また逆上して、喚き散らしてまぁ……お前は、童かぇえ? ……


 ……な、何よ! ……お前に、何がわかるっていうの? ……


 真世は、心の中で思わず言い返す。


 ……おやまぁ〜〜……まるで己れが見えてないさぁねぇ〜……妾の方が、お主のこと、ようわかっとる……


 ……な、なんですって⁉︎ ……


 ………あたし………………恨んだ……


 川面の能面が消え、俯く真世の姿に戻る……が、その真世は、勝手に口を動かして、自分に語りかけて来る。


 ………あたし………………恨んだ……風間くんのこと……恨んだの……


 真世は、ハッと息を呑み込んだまま、呼吸が止まる。


 ……や……やめて! ……


 ……あの男と同じじゃないかい? ……ええ? ……


「違う! 違うわ‼︎」


 真世は、思わず両耳に手を押し当て、叫んでいた。


 ……いいや、よく似た親子だぁ……


 ……愛でられとうて、愛でられとうて……


 ……そのくせ、(それ)をまるでわかっておらぬ……


 ……なぜか? そうやって、求めるばかりだからさ……そして母御に執着する……


 真世は、激しく首をふる。


 ……母を想う自分の姿に、酔いしれてるだけとも悟れぬ……哀れな、恩愛を知らぬ女……


 ……くく……おや、思ったより揺らいでるじゃないか、図星かい。良き、良き〜〜そのまま壊れちまいなぁ〜………


「う、うるさい‼︎」


 真世は、握りしめたまま耳に当てていたウサギのチャームを、水面の自分の顔目掛けて投げつけようと、高く振り上げる。


 その時——検問の置かれた道路の方から、ざわめく声。太鼓や鈴、何かの鳴り物のような音。


『IN-PSID解体! 巨悪を許すなぁ‼︎』シュプレヒコールだろうか?


 真世は振り上げた手を下ろし、川の先の検問の方を見遣る。


 ヒステリックな警笛がして、パトカーがサイレンを鳴らし始める。


『止まりなさ〜い‼︎』拡声器を通した、警官の制止する声を無視し、ぞろぞろとプラカードやノボリを掲げた群衆が検問の方へと近づいていく。



 ****


 国道から降りてすぐのランプ合流地点付近に、大型バスや、乗用車が続々と集まってくる。到着するや否や、降車した老若男女らは、すでに声を上げ始めた集団に加わり、その数はあっという間に百数十人近くになっていた。


『止まりなさい‼︎ 無許可のデモは禁止だ‼︎』『車来ますよ〜! 脇に寄ってくださ〜い!』『通行の邪魔しない‼︎』警笛と入り混じって、拡声器から警官らの冷徹な声が飛ぶ。


「お、おい……ランプ降りてすぐって……」「検問のど真ん前じゃない! どういうこと、古屋さん!」競うように声を上げ始るいくつかの団体を横目に、増田と友恵は、警官に守られた検問を前に怖気付く。


「い、今、確かめるから、待って」古屋は、二人にせっつかれるようにして、古めかしい携帯電話を発信し、耳に当てた。


「……あ、みっちゃん! どういうことだい⁉︎ 駅はダメだっていうから、国道から来たのに! 検問のど真ん前だよ! ……えっ! 何⁉︎ 正解⁉︎ …………はっ⁉︎ そんな⁉︎ アレと真っ向からぶつかれっての⁉︎ ええっ……待って! もしもし、みっちゃん⁉︎」


 不安気に覗き込んでくる増田と友恵。昨夜の決起集会を共にした皆も、古屋の言葉を固唾を飲んで待つ。だが、次から次へと集まって来る他の団体(三輪が広く声をかけていたようだ)は、慣れたものだ。バスから降りるなり、横断幕、プラカードを手に、声を張り上げ、突っ込んでいく。その勢いに押し出される古屋達。


「どうするんだ、古屋くん⁉︎」「古屋さん‼︎」


「ああ! もう、ここまで来たんだ! 僕たちもやるぞ‼︎ 声を出そう‼︎ やろう、みんな‼︎」


 勢いづくデモ隊が迫る。警告を聞かない群衆に、葛城は言葉を失い、眉を顰めた。


「おいおい、どうするよ、これ! 葛城!」新見がシュプレヒコールに負けじと怒鳴りかける。


「仕方ない! 機動アンドロイド隊を前に並べろ‼︎ 隊を盾にして、道路を完全封鎖‼︎」現場の指揮を担当する葛城もまた、咄嗟の判断を下す他ない。


「いいのか⁉︎ 下手に手を出したら、悪者扱いだぞ!」「こっちも怪我人出すわけにはいかないからな! アンドロイドは防衛モードにセット! 反撃は極力させるな!」「了解した! アンドロイド隊! 出せ‼︎」


 身長約二メートル、三十体アンドロイドが輸送車から整然と駆け下り、あっという間に検問前に進み出る。大型のシールドを構えて立ち塞がれば、即席の城壁にも等しい。


 圧倒的な威圧感に、デモ隊は怯む、かに見えた。だが、先頭を行く集団は、構わずぶつかって来る。古屋達も勢いに乗るしかなく、駆け出してデモ隊とアンドロイド隊の押し攻め合いに巻き込まれていった。静かな街の玄関口は、シュプレヒコールと怒声が入り混じる狂乱に包まれてゆく。


 冷酷な爬虫類のような眼差しが、やや離れた場所から、その一部始終を捉えている。


「へへっ、最高のロケーションだな!」検問のある交差点を視界に収められる、川の中洲になった場所で、茂みに身を隠したその男、早瀬は、感光フィルム対応の半アナログのカメラを構えて口をニヤケさせた。


 デモ隊の中でもみくちゃになりながら、拡声器を手に声を上げ始めた古屋を見つけ、フォーカスしていく。


「……いいぞ……古屋さん。あんたの『物語』、使わせてもらうぜ。あんたの怒り、憎しみ、全部ぶつけてやれ‼︎」


 そう呟きながら、シャッターを切ろうとしたその瞬間。


——あんたなんか、お父さんじゃない‼︎ ——


 早瀬は眉間に皺を寄せ、カメラのシャッターボタンを押そうとする指が一瞬、止まる。


「……お父さん、じゃない……か……………ああ、そうさ! ……俺は、フリーライター、三輪光彦様だ‼︎」


 三輪は、次々とシャッターを切り始める。

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