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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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守るべきもの 4

 ドアの閉まる静かな音に、実世は薄く目を開く。ゆっくりとそちらに顔を向ければ、ドアに寄りかかるようにして、私服姿の愛おしい娘が俯いて立っていた。


「真世……出かけてたの?」実世は、電動ベッドを起こしながら声をかけた。


「ママ……ごめん……起こしちゃった?」俯いたまま、真世は答える。


「うぅんん。今、目が覚めたところだから……」


「そ、そう……」そのまま真世は、口を閉ざす。


「どうかした?」目も合わせようとしない娘を怪訝に思いながら、実世は訊ねた。


「……ママ」不意に顔を上げた真世。実世は優しく微笑み、娘の言葉を待つ。


「な……なんでも……ない…………検査だよね。お、お婆ちゃん、呼んでくる」そういって、真世はドアの取手に手をかけた。


「あ、待って、真世」実世は、ベッドからゆっくりと足を下ろして立ち上がると、物を支えに机に向かおうとする。よろける実世に、真世は咄嗟に駆け寄り、支えて椅子に腰掛けさせた。


「ありがとう……」そう言いながら、実世は机に置かれた小箱を手にとり、真世に差し出す。簡単なリボンがかけられていた。


「はい。誕生日、おめでとう、真世」


 実世は、にっこりと微笑んで、真世を見つめる。


「えっ……あ、そっか……そうだった……」


「もう、自分の誕生日、忘れるような歳じゃないでしょ」「う、うん……」


 炎上騒ぎに、あの声をかけてきた男……色々あり過ぎて、真世はすっかり気持ちが動転していた事に気付かされる。


「開けてみて」


 母に促され、リボンを解く。ほんとうに、とってつけたようなリボン……。指先の自由も満足にいかない手で、母が結んでくれたことに気づく。ハッとなる真世に、実世が、いいから、とせっつくように言うので、真世は箱の蓋を開ける。


「これ……ペンダント?」


 中には銀の装飾で、桜の花を刻んだ、丸みのある首飾りが収められていた。


「ロケットよ。ちょっと、クラシカル過ぎた? ネットショップで作ってもらったんだけど……」ふふっと、実世は子供のような笑みをみせる。


「う、うぅんん。とっても綺麗。着けていい?」


「えぇ。やってあげる」「うん」


 真世は屈んで髪を持ち上げ、(うなじ)を母に預ける。実世は、真世の後ろから、首にペンダントをかけ、震える手で留め具を嵌めようと、目を凝らす。


 真世はふと、幼い頃を思い出していた。こうやって母は、髪を漉いてくれたなと。張り詰めていた心に、ふと温かみが戻ってくる。


「ごめんね……なかなか……うまく……はまらなくて……」「あ、ママ。自分でやるよ」「いいから……やらせて……んんと…………できた! こっち向いて。見せてちょうだいな」


 真世は立ち上がって、どう? と胸元を見せる。


「う〜ん……やっぱり……真世には……オバさんくさかったかなぁ……」「そんなことないよ! すごく素敵! ありがとう、大事にするね!」


「ねえ、開いてみて」「開く?」真世は、ペンダントを手にとり怪訝に見つめた。


「ロケットなんて、馴染みないもんね。それ、蓋になってるの」「え?」


 よく見ると、爪を引っ掛けるような切り欠きがある。真世は、そこに爪を掛けて、ゆっくりと開く。少し硬い。


「これって……」


 昨年、夏生が帰省して、優衣も伴って三人で母の見舞いに来た時、皆で一緒に撮った写真だ。幸せいっぱいの写真の中に、ふと真世の胸に不安がよぎる。


「……まさか、ママ!」「貴女に持っててもらいたいの。私の、一番、嬉しかった時を……」


「そんなこと言わないで!」


「真世……おいで」実世は、両手を広げて微笑む。


 真世は幼い少女のように母の胸元に、ふらふらと引き寄せられた。実世は、娘の背を優しく包み込み、耳元で語りかける。


「ねぇ……聞いて……私だって……ずっと、貴女のそばにいたい。生きられる限り、私も頑張る……でも、人には時があるの」


「時……」「そうよ。神様が与えてくださった……大切な時……この世で限られた、ほんのわずかな時……たとえ、『あの世』に、魂の記憶が残るとしても……この世界では誰にも……永遠に時を止めることはできない。そのことは……貴女の方が、よくわかってるんじゃない?」


「…………」


「だから写真があるの……その一時をいつまでも残すことを、神様が許してくれた……ささやかなプレゼント……真世。貴女は一番上のお姉ちゃんで……ずっと私の代わりもしてくれたね。そして、私のそばに。ありがとう。だから……だからね、貴女に一番持ってて欲しいの、この時を。お願い……私の、大好きな真世」実世はそう言いながら、娘の頭を撫でてやる。


「……ママ……」


 しばらくして、真世はゆっくりと母から身を離す。


「わかった……私がこの写真、『預かって』おく。でも、約束。今年も、来年も……その先もずっと……新しい写真撮ろう! 私たちがオバさんになって、ママがお婆ちゃんになっても」瞳から熱いものが落ちそうになるのを堪えて、真世はできるだけ笑顔を作った。


「……わかった。約束ね……」実世は、力なく微笑む。


「……プレゼント、ほんとうにありがとう、ママ」たまらず母に背を向ける真世。頬を涙が伝う。


「お、お婆ちゃん、呼んでくるから……ゆっくりしてて」「うん、お願い」


 真世は小走りに、あたふたと部屋を出ていく。その娘の後ろ姿を、実世は静かに見送った。


 真世は閉めた戸を背に、しばらく動けない。母からもらったロケットを手にとり眺めたとき、天窓から入り込む橙の日差しが、モワレのようになって目の前を包み、真世は慌ててハンカチを取り出して目頭に当てた。


「おや……真世さん。お母様は、もう目覚めましたか?」廊下の向こうから声をかけられ、ハッとなって真世は顔を上げた。


「神取……先生……」急いでハンカチをポケットにねじ込み、笑顔を取り繕う。神取は、真世のそばまで寄ると、怪訝そうに首を少し傾げる。


「どうかなさいましたか?」


「先生……いえ……私……」真世は、言葉を詰まらせ俯く。


「……お話、聴きましょうか? 私でよければ」


 真世は、ハッとなって顔をあげる。いつも冷徹な神取の顔が、心なしか優しく見えた。



 ****


 本部IMCは緊迫に包まれていた。EUを始め、チャイナ、オセアニア、バビロニアから、NUSAの事態確認を求める緊急通信が続々と入る。藤川は、IN-PSIDの幹部会議をこのまま開催することを決め、東を残し、勇人と上杉、田中、アイリーン、そしてインナーノーツの五人を退席させた。


 インド、ユーラシア、ブリテン……NUSA支部を除く各地の支部代表が、専用インターネット回線で続々とオンライン会議に出席。通信モニターに、約三十の顔が並ぶ。挨拶も漫ろに、会議はスタートする。


 口火を切ったのはEU支部。駆けつけたウォーロック顧問が、国連が把握している最新情報だと、情報を共有する。


『……つまり、<リーベルタース>。あれのワープ機関が、危険視されたようだ。昨今のIN-PSIDへの風当たりから、NUSA国防総省がIN-PSIDの内乱を危惧しだし、ワープ能力を持つ<リーベルタース>は安全保障上、看過できない、と。まぁ、取ってつけた話のようだが、彼らとしては、この世論背景を利用して、ワープ機関の管理を自分達の手元に置きたい意図もあるのかもしれない』ウォーロックの言葉に皆騒然となる。


『確かに、<リーベルタース>のワープ機関……兵器に転用すれば、戦局を大きく揺さぶるものには違いないが……』『何いってるのよ! 私たちがそんなこと、テロなんて計画するはずないでしょ! だいたい、<リーベルタース>は今、稼働もできない状態なんでしょ!』インド支部代表の言葉に、チャイナ支部代表の容麗が噛み付く。


『もちろん、そんなことは百も承知だ。私からもNUSA政府に抗議したが、国防上の問題だと聞く耳を持たない。それに……』ウォーロックは眉を顰める。


「それに……なんです? ウォーロック顧問……」藤川は、嫌な予感を覚えながら問う。


『……NUSA支部だけではない。国連内部でもIN-PSID全体への疑念が昂ってきている。一番危険視されているのは、やはりPSIクラフトだ。先月、公式発表したとはいえ、まだまだ機密を開示しきれない技術……この風潮だ。悪用されないかと危ぶむ声が、私にまで届いてきている。薄気味悪がられているのだよ』


 ウォーロックの話に各拠点の皆、渋い表情を浮かべ、項垂れる。


『特に……ドクター藤川。君の日本本部への猜疑心は膨らむ一方だ。二十年前の、水織川の震災。誰もが、イメージを結びつけてしまう。黄金の女神の語る巨悪のイメージに重ねて。またあのような災害の火種になるのではないか……と』


「そんな‼︎ 我々がこの二十年……どれだけの償いと復興に努めてきたことか! それは国連にも認められて……」「やめんか、東くん!」


 身を乗り出し抗議する東を、藤川は片腕で制する。


『気持ちはわかる。だが世論とは、そういうものだ。……あの会見が火をつけてしまった。藤川くん……私の軽率な判断が、このような事態を招いてしまった……大変、遺憾に思っている。すまなかった。まさか、このような反応になるとは……』


 ウォーロックは、目頭に太い指を当て、首を振り、頭を下げた。藤川は、無言のまま通信モニター向こうのウォーロックを見つめる。


『そこで……一つ提案なのだが……』ウォーロックは顔を上げ、各支部の代表一人一人を見渡す。


『日本の本部機能を、一時的に、こちらのEU支部へ移してはどうだろうか?』


 ウォーロックの意外な提案に、藤川と東は目を見開き、硬直するばかりだった。

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