守るべきもの 2
『話を整理しましょう』上杉は、これまでの話のメモをとった手帳をさっと見返すと、自身の手元の端末の画面を通信モニターに共有する。上杉を映し出すモニターは、平坦な白一色に変わり、上杉はまるでそれをホワイトボードのようにして、大きく『神子』と書き込む。
『まず一つ。介入者の手がかりとして重要なワードはこれ。明らかにこの『神子』という存在を追跡して、ミッションに入り込んできたと思われる者たち』「チーム『クソガキ』ね」サニが、間髪入れず、言葉を挟む。
『ええ、仮にそれでいきましょう』上杉が、サニの言ったまま『チームクソガキ』と書き込むので、皆、失笑を禁じ得ない。上杉はそこに、『諏訪』『チャイナ』『オセアニア』と『オモトワ?』と書き込んだ。
『そして……』と言いながら、上杉は『神子』=『アム』と書き足す。
『彼らは亜夢さんが、その神子であると認識している、いや、もっと正確に言えば、亜夢さんのもう一人の人格らしい……』上杉は、『アム』に続けて、『ネリア』と書き足した。
『アムネリアさんが、彼らにとっての『神子』、なのでしょう。ここまではいいですね?』上杉の確認に皆、同時に頷く。
『では、直人さん』
「え、あ、はい⁉︎」突然、上杉に言葉を投げかけられ、直人はキョトンとなって上杉を見つめ返す。
『NUSAの月ミッション…………EU、そしてバビロニア……』と言いながら上杉は書き足していく。
『……これらのミッションで、亜夢さん、アムネリアさんが直接狙われていた感覚はありましたか?』
直人に皆の視線が集まる。
「いや……全く感じられなかった……です。『神子』という言葉も……聞かなかったと思う」
『どうもありがとう』上杉は、『チーム・クソガキ』としたグループと、EUなど新たに書き出したグループの間に、一本、線を引いて両者を分けた。
『証拠があるわけではありません。ですが、介入者の行動原理から考えて、『チーム・クソガキ』は、EUなどの介入者とは別と考えてよさそうです。では、こちら』
上杉はもう一方のNUSA、EU、バビロニアの三つを囲んで話を続ける。
『一見、バラバラな介入に見えなくもないですが、これらのミッション介入には、一つ共通点があります』上杉は言葉をきる。
「あっ! そうか! 乗っ取りだ!」ティムが真っ先に声をあげる。
『ご明察! そのとおりです。ミッションの途中で、PSIクラフトが乗っ取りに遭い、本来のミッションの目的から外れた行動をとっています。そして、それはミッション開始前から仕込まれていなければ、どれも成り立たない。機密性の高いIN-PSIDのミッション。乗っ取ることは容易ではありません。そのような介入が、個別であるとは考えにくい。少々乱暴ですが、おそらく同一のグループと考えて良いかと。彼らはバビロニアで黄金の女神を見せた。すなわち、このグループこそ、『ノヴス・ドミヌス』である可能性は濃厚です』
まるで<アマテラス>の波動収束フィールドが、観測対象をその場に収束させ、その場に実体を顕在化させるかのように、『ノヴスドミヌス』の輪郭が、皆の胸のうちに浮かび上がる。
ホワイトボードの画面を切り替え、再び通信に現れた上杉は、さらに続ける。
『月のミッションの話では、国連の関与も疑われました。IN-PSIDに関与できる組織として、その疑念は当然です。ただ、先程も議論されたように、この『ノヴス・ドミヌス』は国連そのものというより、国連をも背後から操るほどの影響力をもつ存在と考えたほうが自然のように思います。それが、アクエリアンや天使、悪魔といった超越的存在なのか……あるいは、そうした存在として振る舞っている連中なのか。それは、私が断ずることができるような話ではありません。ですが、少なくとも、国連の中に、『ノヴス・ドミヌス』と繋がりのある人物、あるいはグループが居るはずです』
上杉の発言に皆、押し黙る中、藤川の白い眉が僅かに動く。
『何か、お心当たりはありませんか?』
「タロット……」不意にカミラの口をついて溢れた言葉に皆の視線が集まる。
『カミラさん、何か?』
「あ、いえ……国連の関与者……ということではないのですが……『運命の輪』って……タロットカードの言葉ですよね。そしてあのニコラス……逆さになった『悪魔』の姿で何度も私の前に現れた。これもタロットカードの『悪魔』の逆位置を表していたと思う」
「ま、まぁニコラスは、まさに『悪魔』だから、当たり前じゃないの?」サニは、眉を寄せて突っ込む。
「私もそう思ってた……でも、黄金の女神を見て思ったの……あれも『タロットカード』なのよ……タロットカード大アルカナの最後、二十一番目の『ワールド』。そこに描かれる運命の女神、フォルトゥーナ。ニコラスも『ノヴス・ドミヌス』と繋がっていると仮定すれば、少なくとも三つ。タロットカードの繋がりがあるの」
『ずいぶんとタロットに詳しいな、カミラ! まぁ、女は占いが好きだからな。キミもハマったクチか?』軽口半分に問う勇人に、「ええ……」と、カミラは俯いて答える。
「昔、姉さんと一緒に……」
「そういえば……確かに、隊長の心象世界で見たな、そんなシーン」とティム。サニと直人も頷く。
「変な話だけど……あの女神を見た時、なぜか姉さんを思い出して……」
「けど、隊長のお姉さんは、もう……あ! ごめんなさい」サニは慌てて口をつぐむ。
「そう……あの時、亡くなったはず……でも……『ワールド』……姉さんの一番のお気に入りのカードだった。だから、あの女神……なぜかとても懐かしかったの……」カミラはそう言うと、静かに口を閉ざし、モニターの上杉の方を見やった。
『なるほど……興味深い話です。もしかすると……』
上杉の言葉を遮り、突然インターフォンのコールが鳴る。
「はい、IMC……ああ、片山さん」東がすぐに受話器を取り上げ応答した。
「何ですって⁉︎」東の表情が強張り、トラブルの予感に、IMCの空気が一気に緊迫する。
「どうした、東くん?」と藤川。
「……わかりました。こちらで受けます」東は受話器を置く。
「NUSA支部が大変なことに……今、通信を」そう言いながら、東はIMC壁面の大型モニターを起動した。その画面は、勇人と上杉にも通信共有される。一同の視線が、通信映像へと吸い寄せられていく。




