表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

299/329

守るべきもの 1

 薄い三日月の、頼りない月明かりも消えてしばらく、夜空には雲がかかり、天を映し出す海はどこまでも深く暗く、夜風が背筋を震わせる。


 仰げば満天の星が瞬き、蒼き惑星がオアシスのように浮かび上がる月面の空を見上げていた頃、このような『寒気』を感じたことがあっただろうか? そんなことを考えながら、船が海面に描き出す白波を眺めて甲板に立つサラは、風に吹かれた、ポニーテールに結い上げた長い黒髪を肩に手繰り寄せていた。


 その肩に、誰かがジャケットを羽織らせたのに気づいて振り向く。


「上着も着ないで……夜は冷えるぞ、海は」「マイケル。ありがとう」吹き付ける夜風にはためくジャケットを掴み、サラは微笑む。


 癖毛の赤みがかった短い髪を風に揺らし、マイケルはサラの隣に立つ。自分の言葉とは裏腹に、ジャケットもなく、半袖の船内服で幾分寒そうにしている。


「あっ、マイケル! ごめん、これ」「いい、ちゃんと着ておけ」それ以上遠慮したら、せっかくのマイケルのカッコつけが台無しだと、サラは小さく頷くと、ジャケットに袖を通した。


「……今日は、忙しかったね」「あ、ああ。ったく、あの倉庫番のオヤジ! っくそ。貨物船じゃねえってんだよ、この船は」「ま、災害支援用に、貨物室は広いけどね」


 マイケルは、舌打ちをして船の行く先へと視線を向ける。サラは、クスッと笑ってマイケルの視線を追った。


 NUSA支部所属、<イワクラ>級二号船<テメノス>は、大幅に遅れたこの日の訓練と海洋におけるPSID兆候観測スケジュールを消化し、NUSA支部の置かれたカリフォルニア沖、サンタカタリナ島への帰路についていた。


 NUSA支部にも対サブリミナル、『マルドゥク・ウォール』が水平展開され、今朝、稼働を開始し、世界的な潮流となりつつある、IN-PSIDに向けられた敵意への、防衛体制の整備に動き出していた。


 NUSAブロック圏でも、ヴァーチャルネットの炎上はエスカレートを続けていたが、お国柄か、日本とは違い、IN-PSID職員の親族や、関係者に対する拒絶や嫌がらせといった報告は上がってこない。隠蔽体質への批判や陰謀の危惧であり、矛先はIN-PSIDそのものに向けられる傾向が強い。NUSA支部も、もっぱら女神のサブリミナルの警告、トラブルへの警鐘を親族、関係者に伝えるのみで、避難という処置はとらなかった。


 だが、IN-PSID自体への対応は、辛辣そのもの。サンタカタリナ島という離島にあって、近港であるサンペトロにある、港湾物流センターでは、NUSA支部との物資搬送も引き受けていたが、世界的なIN-PSIDの炎上騒ぎで、「しばらく船は出せない」と言ってきたのだ。ドローンによる空輸や、インナースペース転送(食料品などの安全面の規制も多く、小型少量物品のみ)といった輸送手段が発達した時代ではあるが、食料や生活物資の大量かつ安全、低コストの輸送は、船に勝るものはない。その、おおよそ三日おきの船を、しばらく止めると一方的に言ってきたのだ。


「必要なら自分たちで取りに来い」と、支部長マーク自らの抗議にも物流センターは応じず、PSI災害救援や<リーベルタース>のミッションサポートを主任務とするはずの<テメノス>が、その日の日中、急遽、物資搬送の任に就くこととなってしまったのだ。倉庫での対応も悪く、船への搬入も結局、<テメノス>のクルーであるNUSA支部のIMS(INNER MISSION SUPPORT)チームと、<リーベルタース>が動かせない今、臨時配属となったマイケルとサラも手と足を動かす羽目になる。


 物資を支部に下ろした後、本来の訓練も三時間遅れで開始。マルドゥク・ウォール展開下で、ヴァーチャルネットの支援を使えない状況で、船に装備された設備のみの機体運用訓練はすぐにでもこなさなければならないメニューであった。インナーノーツであるマイケル、サラもいつかはミッションを共にすることを想定し、IMSの訓練に研修参加。船内を駆け回ることになる。そして最後は、ガイアソウル変動の現象化兆候を把握するための海洋観測データ収集——あまりの過密スケジュールにマイケルとサラは、この日、初めて言葉を交わしたようなものだった。


「もう、足も腕もパンパンよ。ま、久々にいい運動にはなったけど」サラは笑って、全くだという表情を浮かべたマイケルの肩に、両目を少し閉じて、そっと身をしなだれる。マイケルが照れ臭そうに、サラの肩をそっと包み込もうとした、その時。


「ん? なんだ……あれは……」


 マイケルの声に、サラはハッと目を開く。ようやく見えてきたサンタカタリナ島の上空にいくつかの光点が見えた。星の瞬き? いや、違う。それは、肉眼で見える星より大きく、そして奇妙な動きを見せていた。港のあたりにも忙しく動き回る光が見える。


 ドアの開く音がして、マイケルとサラは咄嗟に身体を離して振り返る。息を切らせ、飛び出してきたIMSの隊員の男が、二人の姿を目に留め、駆け寄ってくる。


「こ、ここにいたか! 大変だぞ‼︎」



 ****


『悪魔……ニコラス。なるほど、天使と悪魔の、まさにマッチポンプ。実に、面白い』上杉は、興味津々に笑みを浮かべる。カミラとアランが、ギョッと目を丸めたので、勇人は、軽く咳払いを立て上杉にアイコンタクト(通信上ではあるが)を送る。


『おっと……いや、失敬。被害に遭われたお二人を前に、軽率な言葉でした。事件への興味が先に立つ……僕の悪い癖です』


「い、いえ……」カミラとアランは、困惑げに眉を顰める。


 ——カミラが十三歳の誕生日を迎える頃。カミラの家庭に入り込んだ『ニコラス』と名乗る悪魔によって、一家は狂わされ、死に追いやられていく。危険が迫る中、アランと彼の養父、マティウス神父に辛くも救われたカミラにも、深い心傷を残すこととなった。バビロニア支部、<イシュタル>へのサポートミッションでは、そのカミラの深層心理に根付いたトラウマとの戦いへと(いざな)われることとなる。


 カミラ自身の意志とアランとの絆が、悪魔『ニコラス』をカミラの心象世界から締め出したその時、<ノルン>のガイノイドらが『運命の輪』と呼んだ、座天使ガルガリンと目される存在を、ニコラスは呼び出す。


 悪魔とは、天使の目的を達するために、現世とあの世の狭間で活動する、天使と同種の存在。まさに『堕天使』なのだ——


 カミラの心傷に触れるデリケートな話題ではあったが、カミラは自らの口で、因縁のニコラスとの戦いのあらましを語ったところだった。


「……『運命の輪』は、ガイノイドに宿ったような天使とニコラスのような悪魔を使って、人間の社会に介入していたようです。『運命の輪』の文明への執着からすれば、おそらく、その目的は、人が文明を発展させ、維持させるため……正義と悪とを人間に示してきたものと考えています」カミラは、そこまで話し、顔を伏して口を閉ざす。


「……彼らは、目的を成すため、特定の人間を選別し、接近して、その『運命』をもコントロールしようとするようだ。ソフィアの運命も、そしてカミラの運命も……」そう言ってアランは奥歯を強く噛む。


『ソフィアとカミラが? いったい、なぜ?』目を丸くして勇人が疑問を口にする。


「インナーノーツに選ばれたメンバーは、インナースペース次元の挙動に対する鋭敏な感覚を持っている場合が多い。高次元の存在が、そうした人間を彼らの依代としようとするのはわからないでもない。だが、ソフィアとカミラへの『運命の輪』の執着は、それだけではないようだ」藤川は、そう言ってカミラを見つめる。カミラは頷いて顔を上げた。


「彼らが言うには……ソフィアには『未来を予知する力』が……そして、私には……『引き寄せの力』……そんな力、私、これまで実感したこともなかったのだけど……」「あの『運命の輪』と、ニコラスは、執拗に狙っていた。お前を、その能力に目覚めさせるため……お前の家族を滅茶苦茶にして、お前を追い詰めた……」アランは、カミラ以上にその痛みを感じているかのように、握った拳を震わせる。


「もう、いいの。それに、もし、私にそんな力があるなら……私は、ソフィアの見つけた、人類にとって最適な世界を引き寄せる。みんなと一緒に」隊長カミラの静かな決意に、インナーノーツの皆は大きく頷いた。


『カミラさん、インナーノーツの皆さん。僕は刑事という仕事柄、何でも疑うことが、いつしか性分になってしまいました。ですが、僕も信じてみたい。あなた達と、より良い未来をね』インナーノーツの皆をしっかりと見つめて語りかけてくる上杉の言葉に、珍しく熱がこもっている。そう感じながら、勇人は『私もだ』と便乗した。上杉は続ける。


「そして今、はっきりとわかります。黄金の女神、そして、そのものがバビロニアのミッションで名乗ったという……』上杉は、チラッと藤川に視線を投げた。


「ノヴス・ドミヌス」と藤川。


『そう。そのノヴス・ドミヌスなる存在もまた、彼らが望む未来を作り出そうとしている。それは、あなた方を悪に仕立て上げ、自らを神とする世界を。まさにカミラさん、今、貴女がお話しくださった天使と悪魔の手口そのまま。そう感じずにはいられません』


 上杉の言葉にハッとなる東。


 ——新たなる……『神』の創造だよ——


 藤川はこの一連の『黄金の女神』騒動を、そのように洞察していた。そう、二人は今、同じ結論を導こうとしているのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ