幻影に包まれて 6
『それにしても……『ヘカテイアン』ですか? 興味深い存在です。差し支えなければ、もう少し、お聞かせ願えませんか?』ソーサーに戻したティーカップを脇にやり、上杉は通信モニターの向こうからぐいっと、少しばかり身体を乗り出して訊ねてくる。
『君も物好きだなぁ、上杉くん』上杉の隣の通信モニターに映る勇人は、苦笑いを浮かべながら、ティースプーンでカップの残った紅茶をかき混ぜていた。
『好きなんですよ、こういう話は』『ほんと、よくそれで刑事やってるものだな』勇人は鼻で笑う。
休憩ブースの方からはまだ、賑やかな喋り声が聞こえている。藤川は、白い口髭をニコリとさせると、いくつかの資料を展開して口を開いた。
「はっきりとしたことは、我々にもまだ、わかってはいないのだがね。ああ、これはNUSA支部のマークが集めた資料だが……どれも仮説として聞いてほしい」『ええ、構いません』
藤川は、マークの資料に基づいて、話し始める。
ヘカテイアン——それは、意志ある超次元の存在。彼らは次元のレベルに合わせて、想いのままの固有形態を生み出すことができるようだ。
インナースペースとは、この世の余剰次元であり、この世の全ての情報が刻み込まれているという。インナースペースにおいて、生命の記憶を含有する一定固有情報力場を『魂』と定義したが、『魂』、あるいは何らかの思念情報とは異なり、意識の源泉、集合無意識次元における原型もまた、その原型の性質を現すかのような意志を持っているかのような振る舞いをする事を、インナーミッションを通して我々は確認している。
「我々はそれをエレメンタルと呼んでいる」
『エレメンタル……『精霊』……ですか』上杉の瞳はまるで好奇心いっぱいの少年のようだ。
「うむ。先程、話にあがっていたアムネリアもまた、エレメンタルだと考えていたのだが……」『だが?』
藤川は、少し間をおいて話を続ける。
「ん……まぁ、その話はともかく。ヘカテイアンは、エレメンタルともまた少し、異なる存在のようでな。どうやら、もともと高次元に存在していた彼らこそ、魂や集合無意識を生み出し、ついにはこの世に、生命をもたらした根源的存在かもしれないのだ」
『なんと……我々の生命の起源が、ついに解明されたと?』驚きを隠せない上杉に対し、勇人は腕を組んで、上質なレザーの背もたれに、深く身を沈め、軽く目を瞑る。
「あくまで仮説に過ぎない。だが、ヘカテイアンに携わってきたNUSA政府や、ルナ・フィリアのウィルソン女史はそう考えていた。我々もその可能性は高いと見ている。これを見てくれ」
太陽系の彼方から突如飛来する巨大な天体。向かう先には、まるでもう一つの太陽のように燃え盛る天体が見える。飛来した天体は、その燃え盛る天体へと吸い込まれるように突き進み、やがて衝突した。燃え盛る天体の溶岩を撒き散らしながら、突入した天体は、小さくなって飛び出してくる。
『原始地球……マグマオーシャンに覆われた地球と、月の起源となったと言われるテイアの衝突。ジャイアント・インパクトですね。それにしても、この映像は……』精巧なコンピュータグラフィックスであろうか? 言葉に表せない、迫真に迫る臨場感に上杉は息を呑む。目を瞑っていた勇人も、いつのまにか目を見開いていた。
「月のインナーミッションで、ヘカテイアンの記憶が見せたものだ。ヘカテイアンはテイアと共に、地球に飛来し、この衝突でテイアは二つに分かれた。一方は月となり、もう一方は、地球と一体となって、取り残された。ヘカテイアンもまた、月と地球にわかれ、地球に取り残された方が生命を生み出した……我々のこの身体も、魂も」
月に取り残されたヘカテイアンは、月の過酷な環境で、生命を生み出す事なく月の余剰次元に潜んでいた。一方で、地球に根付いたヘカテイアンは、この次元にも適応し、テイアと共に大量に運ばれた水と共に、その意志をもって地球環境を変え、やがてこの現象界次元に生命となって進出したようだ。
『なんと……壮大な仮説ですね』『……我々を生み出したのが地球に取り残されたヘカテイアンか……ん、とすると……まさか、地球のインナースペースにも⁉︎』勇人は、何かに気づいて、目を見開く。
「察しがいいな。地球にもヘカテイアンのような存在がいる可能性は高い。マークは、それをヘカテイアンと区別するため、『アクエリアン』と呼んでいる」『アクエリアン……』
「ヘカテイアンが見せた記憶……それによると、彼らを乗せて飛来した惑星、テイアは、氷惑星だった。ヘカテイアンは、その水の余剰次元に棲息していたようだ。水に宿る魂。そういう意味だ」
「ねっ、あの虹蛇とかワンジナもさ。そのアクエリアンってやつなんじゃない?」休憩ブースから戻ったサニは、自席に座りながら口を挟む。
「そうかも……しれない。あの虹蛇、ヘカテイアンと似た感覚はあったな」一緒に戻った直人もサニに同意した。
『虹蛇? アボリジナルのドリームタイムの話に出てくる、アレか?』と勇人。
「オセアニアのミッションで、な。ったく、二人揃って喰われかけやがって」席につきながらティムは、にやりと二人を見る。
思わず顔を合わせるサニと直人。直人は、虹蛇に呑まれかけたサニの意識を連れ戻しに、集合無意識界面まで意識体として向かった。そのときの記憶を互いの瞳の中に蘇らせ、サニと直人は二人揃って顔を赤らめ、さっと視線を逸らした。
「カミラ……あの天使や悪魔といった連中も、もしかしたら……」「その、『アクエリアン』?」同時に腰を下ろすアランとカミラは、自分たちの 発した言葉にハッとなって顔を上げる。
『おぉいおい! 今度は天使と悪魔、だぁああ?』勇人はペシりと、頭髪の後退した自分の額を叩いて椅子にのけ反り、乾いた笑いを立てた。
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ふと目が覚める。いつもの部屋じゃない。懐かしい匂い。天井に貼った、お気に入りだったバンドのポスターが真っ先に目に入る。
「……寝てたの? いつの間に……」夏生は、ベッドからゆっくりと身体を起こす。
「そっか……帰ってきたんだっけ……」見回せば、部屋はきちんと整えられ、掃除もされている。
「真世姉……」ふと、壁のデジタル時計を見遣ると、既に時刻は午後四時に差し掛かっていた。三十分ほど眠っていたようだ。日付は、九月九日となっている。九月九日? 何かあったような気がして、ハッとなり、夏生が立ち上がったとき、玄関の方から声がした。夏生は急いで部屋を飛び出す。
階段を降りたところで、ショウが頬を緩めて、玄関の方をじっと見つめたまま、ほわんと突っ立っていた。
「ショウ! 真世姉は⁉︎」
ショウは突然、夏生に声をかけられ顔を硬直させた。
「あ、な、夏生さん! お……お姉さんなら、今。お母さんのところに戻るって……」
「そ、そう……」夏生は、ぼんやりと答え、閉まった玄関ドアの方を見つめる。
「ど、どうかしたの?」「……今日……誕生日だった。姉さんの……」




