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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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幻影に包まれて 3

『……運命の時が近づいています。この世界の運命……』


 その言葉が、情感を揺さぶられる音楽と共に、胸の内に広がっていくのを感じ、古屋はフルフルと、身体を小刻みに震わせる。


 何もない空間に現象化して、不自然に増殖する食材やマテリアル、PSIテクノロジーの加速が生み出す世界の栄華に重なるように、中東で起こったPSI戦争、PSIシンドロームに苦しむ闘病者ら——そして、あの二〇年前の『世界同時多発地震』の、何度もニュースにも取り上げられた災害映像。


 ヴァーチャル室内投影器が古屋のレストランに作り出すイマジナリー空間は、そこに集う皆の五感を刺激し、あたかもその場にいるかのような臨場感で迫り来る。


「う、うわああああ‼︎」地震の揺れ、地滑りを起こす山の映像に激しく動揺して転びそうになる古屋を、笹原がしっかりと支えた。共に映像を見る三十人近い来客らが、大丈夫、などと言い、古屋を落ち着かせようとする。


「どうだい、古屋くん? ヴァーチャル体験は? すごいだろう!」投影器を持ち込んだ増田が、得意気に言う。


「あ、あぁ……すごい、すごいよ……けど、みんな……こういうのにも反対だったんじゃ……」ヴァーチャルネットは、インナースペースを用い、人の心理深くまで作用するPSIテクノロジーの代表的な産物だ。反PSIを掲げる団体が、そんなもの利用するというのは……古屋が顔を顰めたのを見て、増田は大きく口を開けて笑う。


「それはそれ。今どきヴァーチャルネットが使えないんじゃ、我々の活動だってアピールできないさ!」増田がそう言っている間に、映像に広がった地震、戦争、数多の災害を包み込むかのような黄金の光が差し込む。


『……私を信じなさい。……世界を混沌と破壊に導く悪が蠢いています……』


『……私を信じなさい……』声と共に、一つに集まる黄金の光。


「黄金の……女神……」呟く古屋の眼前に、頭上高く現れる黄金の女神像。


 そこに日本語でテロップが浮かび上がった。


 ——我々は、黄金の女神を信じます。混沌の世界に、あまねく女神の愛を


 黄金の女神・神の言葉伝導協会日本支部——


「どう? これが、今、世界中のヴァーチャルネットで話題になっている『黄金の女神』よ。とはいっても、これはこの伝導協会が作ったビデオだけどね」と友恵が話しかけてくる。


「黄金の女神の出現はランダムみたいで、なかなか出会えないのだけど、この協会ではヴァーチャルネットでの目撃談や聞こえてきた声というのを収集して、こうやって誰でも見れる形にまとめて、再現してくれているんです。あぁ! 私も一目見てみたいなぁ、黄金の女神!」と笹原。「この世のものとは思えないほどの別嬪だっていうじゃないか! どうだ、古屋くん。キミも会ってみたくなっただろう! ははは!」増田はそう言いながら、投影器の片付けに入る。


「はぁ……まぁ、黄金の女神というのは、なんとなくわかったけど……それで、この集まりは? まさか、この協会に入って、伝導活動でもしようと?」古屋は訝しむ。


「もう、本当にみっちゃん、何にも説明してないのね」友恵は呆れ顔だ。「僕たちの活動、黄金の女神の言葉にすごくマッチしてると思いませんか?」若手の田嶋が興奮気味に発言したその時。


「あれ、おかしいなぁ……」投影器に繋いだタブレット端末を操作しながら増田は困惑気に呟いた。


「どうしたの? 増田さん」友恵が問いかける。


「いや、閉じないんだよ、画面が」


 そういえば、さっきから投影器が映し出すヴァーチャル映像が、レストラン中に浮かび上がったままだった。


「ええい! どうなってんだ⁉︎」だんだんと苛立ちながら、何度も、画面停止を試みる増田。すると、突然、桁違いの光量が、レストランを包み込む。全てが黄金に輝きだす。


「ま、まさか⁉︎」「この感じは……」「ほ、本物⁉︎」


 驚愕にざわめく店内。やがて黄金の光が集まりだし、眩い人のような形を作り始める。その間、黄金に染まる丸眼鏡の奥で、古屋の瞳は、眩しさに抗うことも忘れ、見開かれたままになっていた——



 ****


 鳥海まほろば駅の改札前には、すでに検問のブースが置かれ、警察官が三人、待機している。


「ちっ、こっちもダメだな」無地の白いポロシャツに、ジーンズの地味な服装に身を包んだ、白髪の細面の男はそう呟いて、待合室のベンチに腰を下ろす。


 取り出した古めかしい通信端末に表示されたデジタル時計は、午後三時を回った頃だ。


「くくっ。アイツが言ったとおりなら、今頃……古屋さん、腰抜かしてっぞ」ほくそ笑みながら、メールの通知を確認しようとしたところで、構内パトロールのアンドロイドが近づいてきた。男は、サッとポケットに端末を突っ込んで素知らぬ顔で室内のテレビに顔を向ける。


 そうしている間に、パラパラと、到着列車から降りた乗客らが、待合室の前を通り過ぎていく。男が検問の方を見やれば、乗客達は順に、持ち物や身元の確認されていた。その大半は、IN-PSIDの関係者なのだろう。迎えに来ている者が身元を保証し、すんなりと検問を通過していく。


「姉さん! ……こっち! 真世姉!」検問に上がる、若い女の大声に、男の視線は引きつけられる。


「あ、夏生!」答える声が聞こえ、目の前を艶の濃い黒髪の女性が、検問の方へ小走りで向かっていくのが見えた。


「まよ……なつき……?」男は目を丸くして、その二人を見る。真世と呼ばれた女性が、警官に何やら説明している。夏生と呼ばれた方は、警官を睨め付け、付き添っている若い男がそれを嗜め、真世は、二、三度、警官に頭を下げていた。


「もう! 身分証くらいすぐ出しなさいよ!」「国家権力に、ホイホイ見せれますかっての」「あんた、それ業務執行妨害になるわよ」「真世姉が来るの遅いからでしょ!」「えぇ? 私のせい⁉︎」「もう、本当なら今頃、ショウと沖縄だったのに。ねぇ?」「は、はい、そうですね、夏生さん」「相葉さん、だっけ? 大変でしょ? この子の相手」「い、いえ! あ、あの! お姉さん、お世話になります」「何照れてんのよ! ショウ!」


 似通った、整った顔立ちの姉妹が目の前を通り過ぎ、その後ろから二人分の荷物を抱えた若い男が困惑気について行く。


 男の視線は、その三人をずっと追いかける。パトロールアンドロイドが向こうへと去っていったのを確認し、男はすぐに席を立つと、三人が向かった方へと駆け出していた。

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