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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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幻影に包まれて 2

 四人掛けのテーブル席が二つ。対面の小さなテーブル席が二つ。カウンターは三人掛け。古屋のレストランは、小じんまりとしたものだが、そのたった十五の席も、貸し切りのパーティーでもなければ、満席になることはなかった。今、その狭い店内に、座席数の倍ほどの人が、テーブルを脇に追いやり、何とか入っている。皆、持ち寄った飲み物や菓子を口にしながら、談笑に花を咲かせていた。


 古屋は怪訝に思いながらも、久しぶりの反PSI活動や食、健康の啓蒙運動仲間達の来店に、心が浮き立つのを感じながら、キッチンで軽食を準備し、コーヒーや紅茶を淹れるのに忙しない。不意にエプロンのポケットに突っ込んだ、(実体のある)携帯端末が着信音を鳴らす。作業の手を止め、古屋はあたふたと電話をとった。


「もしもし、みっちゃん⁉︎ ……ああ、来てる! 来てるよ! どういうことだい⁉︎ ……えっ⁉︎」


 店内のお喋りが電話の声を掻き消す。古屋はカウンター向こうの客らに向かって人差し指を口に当てるジェスチャーをしてみせる。一時、話し声は静まるが……


「うん……あぁ、ちょっとまって……」


 一向に静まらないので、キッチン奥のパントリーとして使っている納屋に入り、もう一度、携帯に向かって話し始めた。


「あ、みっちゃん。何なんだい、この集まりは……皆、みっちゃんから声をかけてもらったって……え、黄金の? ……何だい、そりゃ? テレビ……あぁ……見てないなぁ……うん……うん……わかった……ん、あっ、ちょっと待って! みっちゃ……」電話は一方的に切れ、古屋は、耳から離した携帯端末を、眉を顰めて見つめる。


「黄金の、女神? ……なんのこった?」「あら、古屋さん。黄金の女神、ご存知ないの? 今、ニュースで散々話題になっていますのよ」声をかけてきたのは、キッチンで飲み物の準備を手伝っていた友恵だった。


「ニュースも何も……世の中、嫌なことばかりだろう……碌に見てなくてねぇ」「あら、じゃあもしかして、私たちが集まったことも?」「ああ、今、みっちゃんから聞いたところだよ」丸眼鏡の中で、古屋の両眼がまん丸になる。友恵は思わず吹き出した。


「もう、みっちゃんったら! あの人らしいわね。こちらへいらして。今、世の中で何が起こっているのか、どうして私たちが集まったのか、きちんとお話しするわ」そう言うと友恵は、皆が集まる方へと、古屋の肩を押す。



 ****


『……ヘカテイアン⁉︎ 超次元生命だと⁉︎』勇人は、危うく口に含んだ紅茶を吹き出しそうになる。一方で、上杉は心なしか目を輝かせ、幾分身を乗り出している様子。


「はは、信じられないのも無理ないさ。けど、NUSAは、月の余剰次元にそういうのが存在しているとして、密かに研究していたらしい」軽く笑いながらティムは言う。


『興味深いですね。本当なら重大機密事項と思うのですが……』「んなもん、ナオの爺さんの反応みりゃ、気にするもんじゃねぇだろ」ティムはニヤリと口角を上げる。直人は苦笑して祖父を見る。


「信じる、信じないは構わんが、一応、オフレコで頼む」と藤川。上杉はにこやかに、はい、とだけ答えて紅茶を傾けた。


「まぁ、とにかくだ」とティムは続けた。


 NUSAのミッションはティムの腹違いの兄、マイケル・フロウラーが隊長を務める<リーベルタース>との共同ミッションとなった。


 ルナ・フィリアの怪事件。<アマテラス>が向かった(<リーベルタース>がワープで月へ先行し、その誘導座標へ時空間転移する方法をとった)ルナ・フィリアの余剰次元には、確かに異様な反応が確認されたが、その反応を追ううちに、<アマテラス>は、ヘカテイアンと呼ばれる存在と接触。それは、かつて月面スペースボートレースで命を落としたはずの、ティムの親友、レニーの姿で現れた。彼は、波動収束フィールドによる擬似現象化ではなく、確かな物的存在(・・・・・・・)として……


「『ヘカテイアン・ハイブリッド』……ルナ・フィリアのウィルソン所長は、そう呼んでいた。人間とヘカテイアンのハイブリッド。レニーは、紛れもなく『生きて』いたのさ。月の、余剰次元で……」ティムは、皆から視線を外し、上を見上げた。


 ルナ・フィリアでは、所長、ウィルソン女史により、人類の宇宙進出を目的に、PSIシンドローム治療を表向きの名目とした、NUSAによる極秘プロジェクト、『ヘカテイアン・ハイブリッド』の開発が進められていた。PSIシンドローム患者である入居者らは、その実験体とされ、レニーもその一人であった。ところが、八年前。レニーは、スペースボートレースのライバルであったマイケルとの決着をつけるべく望んだ『フルムーン・カップ』で、ゴール直前、大事故を起こし、コースアウトした彼の機体は、爆散。遺体も見つからなかった。(その事故がきっかけで、現在、スペースボートレースは無期限中止となっている)


「けど……あのウィルソンは、ヘカテイアン・ハイブリッドに、いや……レニーに執着していた」皆に、視線を戻したティムの口調には、静かな憤りが篭っている。


「ヘカテイアン・ハイブリッドとして、唯一成功したレニーが生きていると信じていた彼女は、レニーと再び会うために、彼と親友だったオレと、兄貴を利用したのさ。オレたちが、余剰次元にアクセスできる、インナーノーツだと知って、な」


『ほう……』上杉の眉がわずかに動く。


「けど、オレたちを利用したのは、ウィルソンだけじゃなかった。同じようにヘカテイアンに接触したがっていたのがもう一人、NUSA支部にもいたんだ。えっと……確か……」と、そこまで話してティムは考え込む。


「ナターリア・ヴォルフ。NUSA支部の管制で、ミッションチーフを務めていた女だ」「そ、そう! そのナターリア」


 助け舟を出したのは、東だ。


「我々の機密もあるので、ここは私が……」と前置きし、東はかいつまんで説明する。


「NUSA支部の報告によると、ナターリアは、NUSA 航宙科学局から三年ほど前に、転属してきたらしい。ワープ機関導入のための技術連絡員の役割も担っていたようだ。そして、NUSA政府公認ミッションともなったルナ・フィリアのミッション計画を策定したのも彼女だったという」


「マジかよ……復讐のため、そこまでやるとは、大した女だぜ、ナターリアさんは」ティムが真っ先に反応した。そのあたりの事情は、ティムもインナーノーツの皆も知らないことだった。


『復讐? なぁんだ、随分ときな臭いじゃねぇか』ティーカップに紅茶を注ぎ足しながら、眉を顰めた勇人が言う。


「ナターリアの娘もルナ・フィリアの患者で……どうやらヘカテイアン・ハイブリッドの実験で亡くなったらしいのです。それで……」


「ルナ・フィリアのウィルソンとヘカテイアンに復讐しようとしてたのさ。重力子爆弾まで持ち出してな」「おい、ティム! それは……」「おっと、それ、機密事項かい?」


 あっけらかんとしたティムに、東は苦々しく顔を顰めて、茶を啜る。


「ま、要はルナ・フィリアを月の余剰次元に棲むヘカテイアン諸共、消そうとしたってわけ。オレたちは、ヘカテイアンを爆弾の有効次元まで誘き寄せるエサにされたのさ」


「けど、レニーがなんか、丸く治めてくれちゃったよね」とサニ。


「ああ。まさかアイツと、また走れるなんてな」感慨に耽るティムに変わってカミラが、ことの顛末を上杉と勇人に説明する。


 ミッションの最中発生した、ヘカテイアンの怪現象を治める代わりに、マイケルとのレースでの決着をつけさせて欲しいと、レニーは願う。それを受け入れ、マイケルの駆る<リーベルタース>、レニーの意志を感じながら<アマテラス>を走らせるティム。月の余剰空間に再現されたかつてのスペースボートコースで両者が競い、ヘカテイアン・ハイブリッドへと変異したウィルソンの猛追を撃退しつつ、共にゴールした時、レニーはヘカテイアンを引き連れて新たな別次元の宇宙を目指し、旅立っていった。


「ヘカテイアン・ハイブリッドになっちまっても、あいつはオレや兄貴との友情を忘れちゃいなかった……」遠い目で満足気に語るティムに皆の視線が集まる。


『……うん、まぁ……良い話で終わったところで恐縮なんだが。結局……肝心の乗っ取りの話は?』勇人が、ティーカップを置きながら、渋い顔で言った。


「ああ、それな。『重力子爆弾』さ。ナターリアは、そいつのコントロールを<リーベルタース>に仕込んでやがった。おかげで、マイケル達の意志に関係なく、爆弾を月にぶち込む寸前までいったんだぜ」「確かに……レニーの申し出がなかったら、今頃、月はどうなってたことか……」カミラもことの重大さに顔をこわばらせる。


「そもそも、ミッション自体、我々は踊らされたようなものだった」藤川の言葉に、インナーノーツ、そしてアイリーンと田中も大きく頷く。


「あのルナ・フィリアの事件……公にはしてませんが、ヘカテイアン、そのハイブリッド……共に危険視し、月への進出の妨げとなるであろう彼らを排除する。それが政府からナターリアを通して、NUSA支部に課せられた極秘ミッションでした。最も、最終的に、NUSA政府はナターリアと彼女に協力した航宙科学局の何人かの爆弾掠取事件として、処理しましたが……」説明を終えた東は、後味の悪そうな表情を浮かべる。


『はぁ〜ん。先月のルナ・フィリアで起きたという、あのPSI特性災害の裏側が、そんなことになってたとはね。ん、じゃあ、何か? まさか、NUSA政府が黄金の女神騒動にも噛んでると?』勇人は鼻で笑い、また紅茶を啜った。


「可能性はゼロではない」


『出た出た、お前の悪い癖! 『突発的仮説症候群』!』『ええ、私も何か関わりがありそうな気がしますよ』藤川を茶化す勇人は、上杉の言葉に目を白黒させ、カップを置く。

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