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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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縁(えにし) 7

 日本、IN-PSID本部、IMC。十三時過ぎ——


「遅いぞ」ドアが開く音に続く、パタパタと駆けてくる足音に、東は資料に視線を落としながら言う。


「すみませぇん、チーフ!」「いや、下のレストラン、大盛況でさ」「だからやめとこって言ったのに……」急いで席に着くサニ、ティム、直人の三人。


 IN-PSID本部一階、二階、及び展望フロアは、普段からPSI特性災害への防災啓蒙、IN-PSIDの活動PR、交流などを目的に、一般にも一部開放されており、レストランやお土産コーナーなど、ちょっとした観光スポットともなっているが、この日は避難で訪れた職員家族や関係者らで、いつも以上に賑わっていた。レストランも避難客へのもてなしか、特別ランチセットを提供していた。


「けど、美味かったよなぁ〜、あのタレカツ丼」「う……うん、まぁ」「ポークステーキも絶品! ここのレストラン、あんなに美味しかったんだね」ティム、直人、サニは、席に着いても昼食の余韻が後を引く。アイリーンと田中まで加わり、ほんとに? 行けばよかったなどと雑談が広がり始めたのを、東のわざとらしい咳払いが止めた。


「では……続けるとするか。上杉くん、引き続きよろしく頼む」『はい、よろしくお願いします』


『おい、俺は⁉︎ 俺を忘れとるぞ、コウ‼︎』藤川に軽く流されそうになった勇人は、腰を浮かせて声を上げる。


「そんなに主張せんでも、わかっとる。勇人」『ったく!』勇人は腕を組み、わざとらしい舌打ちで答えた。


『でぇ〜、なんの話だっけ? ……ああ、そうそう、『クソガキ』だ。サニちゃん、その『クソガキ』ってなぁ……いったい、なんのこっちゃ?』

 通信画面向こうの勇人は、眉を歪めてサニを覗き込む。


「『クソガキ』は『クソガキ』よ、勇人のオジさま」サニがイタズラな笑みで答えるので、勇人は思わず頬を緩め、視線を泳がせた。


「サニ、ちゃんと説明しなさい」「へへ、ごめんなさい」カミラに言われ、サニは自席の端末を操作し、東の資料フォルダから関連しそうなファイルをピックアップする。


「えっと……これと……これと、これ」


『……死ね!  死ね!  死ね!  死ねよ、オラァアアアア‼︎』


『みぃつけたぜ! 神子ぉおお‼︎』


『ヒャッハァアアアアア! 異界船! 沈めや!』


 サニが次々と開く音声データの、狂気じみた声に、会議に集う皆、眉を顰める。


「あ、それから……オセアニアからもらったデータも……これね」皆の反応に構わずサニは、ファイルを開き続けた。


『いいか‼︎ クソアマ‼︎ オレは、オレは! オレはぁ‼︎』


『正真正銘‼︎ イケメンじゃあああああ‼︎』


 IMCの空気が凍りつき、上杉も珍しく目を丸め、勇人は頭を抱えた。凍りつく仲間たちの横で、サニは一人腹を抱えている。


『……なるほど……』『……クソガキだな』上杉と勇人は、深々と頷く。


 オセアニアからのデータは、サニがオセアニアチームに臨時参加した時、オセアニアのPSIクラフト<クナピピ>でサンプリングしたもの。報告を受けた東以外は、皆、初めて耳にしたのだったが……


「おいおい、こんなクッソ、面白いもん……オレたちに黙ってたのかよ、サニ?」と呆れ顔のティム。「チーフには報告したよ、ねー!」


「う、うむ……」あまりの馬鹿らしさに、東はレポートに採用するのを躊躇っていた。


「……お、音声も、PSI-Linkシステムが、その発信者の心理や、掴んだイメージ情報から合成したもの。この声自体が、どこかの誰かを特定できる証拠にはならないからな」東は言い訳じみたことを口にする。


『しかし……これを発した者は、皆、同一……そういうことですね?』「ええ! 最初は諏訪、次はチャイナ、そして最後はオセアニア……声音に乗ったPSIパルス分析で確認済みよ!」


『少なくとも三度……お前たちは同一の、何者かの攻撃を受けた……と。そういうことだな?』勇人の確認に、インナーノーツの五人は頷く。


『諏訪だけでなく、チャイナやオセアニアでも。確かに相手の執着性は窺えますね。よろしければ、どんなミッションだったのか、お話願えますか? ……ああ、いえ。もちろん、話せる範囲で構いません』


 上杉のリクエストを受けて、東が藤川を窺うと、藤川は軽く頷いた。


「では……簡単に……」東は、かいつまんでミッションの流れを説明する。


 チャイナ支部との共同ミッションは、複数のPSIシンドローム患者への、包括的なアプローチを可能とした、集団同時ミッションのテストを兼ねたものであった。そこで運用されるPSIクラフト<天仙娘娘>のファーストミッションに、<アマテラス>チームはトレーナーとして随伴する。本来のミッションは順調に進んだものの、複数人の心象を重ね合わせた、擬似集合無意識である集団セッション領域は、『龍』のような存在を引き寄せ、<天仙娘娘>はその存在に飲み込まれて何処かへと消えてしまった。わずかに残った反応を頼りに、<アマテラス>はその消息を追う。


 追跡はやがて、長江の地と水に残る悠久の記憶へ(いざな)われ、<アマテラス>は太古、良渚文化の終焉と、その最後の女王、(あい)の願いに触れることとなった。一方で人の限界、大自然の無情に絶望し、黒き龍、洪水と恐怖の化身、共工とかした女王の伴侶、鯀。大河の記憶を彷徨う<天仙娘娘>は、鯀の魂と感応し、次第に共工に取り込まれてゆく。それを救わんとする、女王の想いを託された<アマテラス>は、ついに<天仙娘娘>と激突することとなった。


「そこに、どこからか乱入してきたのよ、あのクソガキは!」サニは、東の説明に割り込んで発言する。


「ああ。アムネリアの力も借りて、<天仙娘娘>を救出しかけてた時だよな」とティム。


「確かに、あの時……介入者は、明確にアムネリアを連れ去ろうとしていた……」アランも当時の状況を思い出す。カミラは頷いて、皆を見渡した。


「……もう一方の、オセアニアのミッションは、状況から察するに、諏訪やチャイナとは異なり、介入は偶発的だったようですが……やはりアムネリアを狙ってきました」東に変わり、カミラがミッションの説明をする。


 オセアニア支部では、集合無意識領域の観測を目指した<クナピピ>のメインシステム、シドレアの最終調整段階に入っていたが、その開発協力者であり、無意識の異常拡張により、精神破綻をきたしていたサニの父、ファビオの症状が悪化。生命に関わる事態となる。彼を救うには、対人インナーミッションによる処置が必要であったが、観測に特化した<クナピピ>には、患者の処置に必要なミッション装備がない。<アマテラス>の到着を待つこととなるが、ファビオの症状は刻一刻と悪化。オセアニア支部に先行していたサニは、シドレアのテストで体調を崩した<クナピピ>隊長、ライラに代わり、<クナピピ>に搭乗し、<アマテラス>到着までの時間稼ぎを買って出る。


「シドレアを使って、集合無意識に沈みかけていたパパの魂をなんとか掴まえてたんだけど。それが、あろうことか、さっきの『クソガキ』の夢と繋がっちゃったみたいで……」とサニ。


「たぶん、『クソガキ』の仲間だと思うんだけど……変な女の思念? みたいなのに絡まれて……アタシのこと……ま……つ? ミコ? とか、なんとか呼んで」「『マガツのミコ』……か?」東がサニの言わんとした単語を言う。上杉は眉をピクリととさせると、『それは?』と訊ねた。


「音声データを解析して拾った言葉ですが……何を意味するかまでは……」『……そうですか……いや、失礼。続けてください』


「サニの言うその女……ミッションに駆けつけた<アマテラス(私たち)>にもコンタクトしてきました。その女はこう名乗りました。『ユメミシュウ』……と」


『夢見……シャーマンや祈祷師が、夢を占い吉兆を見る……アレのことか?』勇人は怪訝そうに言った。


「おそらくな。この『夢見衆』や、サニの言うクソ……、若者の思念……おそらく生きた人間であろうと我々は考えている。彼らのインナースペースへのアプローチから考えて、古来からの霊能力者、いわゆるPSI知覚能力者であろう」藤川は、これまでの分析から得た推論を示した。


「でさ、その夢見とかいうヤツ、どうもアタシを囮にして、アムネリアを引っ張り出したみたいなんだけど……そうよね、センパイ?」


「ああ。あの女も、アムネリアを捕らえようとしていた……」卓の上に置かれた直人の拳に力が籠る。


「ったく! アムネリアのストーカーかよ、こいつら」ティムは憤りを呆れで隠したような表情だ。


『……その、アムネリアってのが、付け狙われる理由。心当たりはないのか? ……心が繋がってるってんだ。なぁ、直人。お前、何か気づいてんじゃねえか?』通信モニター越しの勇人の眼差しが、直人をじっと見つめる。一同の視線も、直人に集まる。


「……アムネリアは……人のようで……人とは違う……」直人は眉を顰める。


「オレたちもまだ知らない、強い力を秘めているように思う。あいつらは、それを知っている。そして……それが欲しいんだ」


 直人は、顔を上げ、皆を見つめて口を開く。


「あいつらは、アムネリアをこう呼んでいた。『神子』と。あいつらにとって……アムネリアは、神の子、なんだ」

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