縁(えにし) 6
カリフォルニア沖、サンタカタリナ島——
夜の七時を回った頃ではあるが、<リーベルタース>ブリッジのモニターには、IN-PSID NUSA支部の格納庫で、二十人ほどの整備員と技術スタッフが動き回っているのが見える。さっきから、シャカシャカ、ドンドンとビートを刻むような音がブリッジに漂い、ホセは、神経質な顔立ちに、眉を顰めて音の発生元を見る。
「……ダミアン」
ダミアンと呼ばれたドレッドヘアにヘッドホンの男が、パイロット席で、足でビートを刻みながら腰から上半身をくねらせ、レコード盤でもあるかのように、左右の手を中空でスライドさせている。
「ダミアン!」もう一度、強く呼びかける。
「……ああん?」ダミアンはようやく気づいて、ヘッドホンをずらし、振り返った。
「さっきから、全然、データ上がってきませんよ。音楽ばっか聴いてないで、手を動かしてください」ホセは、棘のある口調でいう。
「手? 手なら、ホラァ、ヨゥ!」と、ダミアンは、もう一スライドして見せる。
「はぁ……」ホセは、眉を八の字にして、自席のモニターに向き直った。
「その音も何とかなりませんかねぇ。ダダ漏れですよ」「ん? ええぇ〜⁉︎」とヘッドホンを持ち上げてみせる。一層の音漏れがホセの耳をつんざく。
「へへっ! ヘッドホンなんて、なかなか売ってなくてヨォ! 特注だゼェ〜〜」ドレッドヘアを振り乱し、リズムに乗りながら、ダミアンはご機嫌だ。ホセは、額に手を当てて二、三度頭を横に振る。音楽を個人端末から脳内再生できる時代だが、PSIクラフト内は、PSI-Linkシステムとの干渉を避けるため、脳感知システムは使用不可となっている。作業現場にヒップホップを持ち込むというダミアンの念願が、この日ようやっと達成されたのだったが……
「音楽を聴くのは構いませんけどねぇ。|ワープ機関の次元波動余振のサンプリング、キチンとしてもらわないことには、こっちの解析も進まないんですよ」「ヘィヘィ! けど、こんなん、いくら拾ったところで……ホラァ、ヨッと」
「……ダミアン。君の言いたいことは、わかるつもりです。けどね、これくらいしか……手がかりがないのだから……君だって、早く<リーベルタース>を翔ばしたいでしょう?」
NUSA支部の<リーベルタース>は、世界で初のインナースペースを利用したワープ機関を実験的に備えるPSIクラフトである。そのワープ機関が、突然、NUSA支部のコントロールから離れ、整備中に稼働を開始してから三週間ほど。ヴァーチャルネットの情報を、その演算能力をもって、何処かへ転送を続けているらしい事までは判明したが、その送り先も、目的も、そもそも、誰がどうやって、このような操作をしているのか、日夜、分析を重ねても、一向に手掛かりすらない。おかげで、<リーベルタース>は、主任務である災害派遣——幸い、この三週間の間に出動要請はなかったものの——はおろか、調査や訓練ミッションすら行えない有様だった。
「そりゃ、そうだけどヨォ〜。なぁんか、オレっちら、ハズレくじっての?」ダミアンは、外したヘッドホンを首にかけ、渋々、作業に戻りながら言う。「はぁ……」ホセも、自分の作業にかかりながら、溜息とも返事ともつかぬの声で応える。
「ケイト、アイツは看護師だ。本業に戻るのはわかる。けどヨウ! 隊長と副長は、ねぇよなぁ!」
「二人は海洋調査って話ですよ。今夜戻ると……」「んなこと、聞いてらぁ! でぇもそれって、オレらの仕事かぁ⁉︎」
「……この<リーベルタース>は、インナースペースだけでなく、通常空間でも災害対策にあたるのが任務。支援船<テメノス>、そのクルーを務めるIMSとの連携が欠かせない。……そのための訓練も兼ねると、隊長も言って……」「だぁ! それ! 本気でそんな言い訳、信じてんのかヨゥ!」
「言い訳?」「ったぁくヨォ! メーン! デートだよ、デェト!」
「デート? 誰と……誰の……?」「かぁぁぁ〜〜、鈍いにも程があるぜ、ホセ! 隊長と副長に決まってらぁ〜〜!」「はぁ……」
「調査だぁ〜、訓練だぁ?」
「穏やかな月明かりに照らされ船は進む〜〜」椅子から飛び上がり、妙なステップを踏みながら、両腕を広げるダミアン。
「甲板に出た乙女はまるで、羽を広げた鳥のよう。そしてこう言うの! 『みて、マイケル! わたし、飛んでる』」
すると即座に、後ろからバックハグするようなポーズ。
「『飛んで行かせやしないさ。サラ、お前はオレのものだ』」「『マイケル』」「『サラ……愛してる』」
男役と女役を交互に忙しく入れ替え、うっとりした表情でキスを求めるかのような仕草で固まるダミアン。彼の下手な三文芝居を、ホセは無言で冷ややかに見つめていた。
「くぅううう‼︎ ちくしょお〜! 彼女欲しい〜〜」
ダミアンの雄叫びをそのままに、ホセは自分の作業を続けた。
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同刻、IN-PSID本部、長期療養棟——
「はい、もういいですよ」ペンライトで患者の瞳孔反応を手早く確認して、ベッドサイドのスツールに腰掛けた神取は、膝上でタブレット型端末に記録を入力していく。
「ありがとう……」患者、兵は、看護師の手を借りながら、自分のベッドに横になる。
「あとは私の方でやっておきます。お食事、どうぞ」「えっ、いいんですか?」もうじき午後一時。神取にそう言われた女性看護師は、顔を綻ばせ、神取に一礼すると、足取り軽く、兵、皆、陣三人が入居する部屋を出ていった。
「神取殿はいいのですか? お昼は?」兵は、天井を見上げたまま訊ねた。
「朝に軽くとったので、充分ですよ」神取は、何一つ表情を変えずに言う。
「ふふ……ほんに、食さぬお方ゆえ。放っておくと、三日三晩、飲まず食わず……妾の心は安からずぅ〜、ねぇ、旦那様ぁ〜〜」自分のベッドに腰掛けていた皆が、突然立ち上がり、ふらり、ふらりと神取に近づき、その背にしなだれる。動きが奇妙だ。まるでそれに抗おうとするようなもう一人の誰かが、神取の背から離れようと、もがいているかのように同室の陣には見えていた。
「……彩女。戻っていい、とは言ってないが……」
「わかっておりまする〜。なれど、ほんのいっ時、お許しくだされ。女同士の四方山話……妾には退屈、この上なきゆえ」すると皆は、だらりと脱力してへたり込み、しばらくして、またゆらりと立ち上がった。
「この女もしばし、妾に身を預けてくれた事ですし……」「…………‼︎」声の出ない陣が、険しい顔で抗議する。
「お〜〜こわ。安じなさるな。この女の身体には、何もせぬゆえ〜〜」彩女は、取り憑いている皆の身体を、不自然な動きでベッドに座らせる。
「貴女が……神取殿の式神……彩女殿ですね。白く、どこか雅にたなびく衣のようなものが見えます……」兵が言う。「あぁら、其方もなかなか良き男でないかい? 妾が見えるのかぇ?」「肉の目が塞がれてこの方、常世の景色もわずかばかり……」
兵は穏やかな微笑みを湛えていた。
「ほう。あの破戒尼から、散々な目に合わされたというに……えらい和んでおるのう。この女も、なんや温こうて。不気味やわぁ〜〜」彩女は、皆の腕を自身に巻き付け、身震いするような仕草をとらせる。
「常世の、ですか。それも三宝神器の影響だと?」神取は、検査記録の作業を終え、三人の方へと向き直った。兵は答えようとしない。
「ふふ、御所に忍んだ玄蕃も手を焼いておる様子。この女の心の中、妾が抉ってみようかねえ、旦那様?」皆の目で、兵と陣に挑発的な視線を送る彩女。陣がまた、顔を強張らせている。
「控えよ、彩女」「旦那様が、そうおっしゃるならぁ〜」
「……破戒尼……ですか。ふふ……怖いものなしですね、彩女さんは」「そりゃぁ、もう死んでこの方、千年近いからねぇ」
兵はわずかに微笑むと、静かに口を開く。
「……相変わらず、せっついてきてますよ、彼女。『神子』はまだか? ……と」
「ヴァーチャルネットの回線は、何やらサイバー攻撃のようなものに晒され、閉鎖されたようですが……御所の回線は健在ですか」「ええ……嫌になるほど……」くすくすと笑う兵に、神取は余命一年とない患者とは思えない、安らぎを覚える。
「……どうやら、あれが動き出したようです。稼働させながら最終調整が行われるのでしょう」
兵は陣の手を借り、身を起こす。
「……生きたまま、あの世に放り込まれる……そんな感覚でした。無数の星のような煌めき、深い地の底の闇……」
天井のあたりをぼんやりと視線を向けたまま、兵は口を開いた。
「……何者かの意志が体を駆け巡り……私の体は海……そう、まるで原初の生命の海の中で、あらゆるものと溶け合うかのようでした……同時に、わずかに感じていた皆と陣とも一つに溶け合っていくかのようになり……一つになった私たちは、あらゆるものを見、あらゆる音を聴き、そして、その全てを言葉にならない言葉で吐き出していました……そして、我々は失った。声を、音を……そして……光を……」
陣は、兵を支えたまま、彼の言葉に顔を強張らせて、小刻みに震えている。その彼の肩を兵はそっと包み込む。
「あれは……何か高次の存在と繋がる通信器のようなものではないでしょうか……天と地が共にあるような高次の世界と……」
窓から差し込む日差しの明るい方へ、兵は感じるままに顔を向ける。
「……ここは、良いところですね」兵は、誰にともなく、呟いていた。




