縁(えにし) 5
咲磨について、東が簡単に説明する。森部教団が咲磨を生贄にしようとしていることに気づいた彼の母は、救援活動で諏訪に入っていた神取らに助けを求めた。そこから、IN-PSIDの長期療養棟に入った経緯、教団に駆り立てられた幹部としての義務と、親としての愛情との板挟みに苦悩しながら迎えに来た父親の話を一通りすると、東は、カミラに話の続きを促した。
「上杉さん達の協力を得て、生贄にされそうになっていた、咲磨くんの救助作戦が展開されている間、私たちはインナースペースから、教団の集団心理と結びついた『ヤマタノオロチ』の現象化を食い止めつつ、咲磨くん救助の支援にあたったのですが……」
『現象化? あぁ、あの蛇体のような雲……あの不可解な現象なら私も目撃しました。あのことですね』「ええ。インナースペースの情報エネルギーが何らかの物質化を起こし、現象界に顕れるのを、現象化と呼んでいます。現象界に甚大な影響を及ぼす現象化を止める……それが私たちインナーノーツの仕事、とも言えます」『なるほど……』
カミラは続ける。
「ヤマタノオロチに、心身共に飲み込まれかけていた咲磨くんを救うため、私たちは彼の深層心理領域に突入。しかし、そこで思わぬミッション介入を受けることに……」そう言ってカミラは、資料に添付されていた音声ファイルを開く。
『あ〜〜ちぃ〜〜めぇ〜〜おぉぉおぉぉ〜〜』
『うぉ⁉︎ なんじゃ、薄気味悪いな、おい!』再生された音声に、あからさまに嫌悪感を顔に浮かべる勇人。
『……祝詞……でしょうか……』上杉も眉を顰める。
「はい。分析したところ十種神宝の祓祝詞と類似性はあるものの、若干異なるところもあります」と東。
『そうかい。いや、すまん……止めてくれんか?』カミラは、勇人が気分悪そうに顔を顰めるので、すぐに再生を停止した。勇人はハンカチを取り出し、広い額に薄っすらと滲み出した汗を拭く。
『どうにも……気が遠のきそうだったぞ……で、なんなんだ、これは?』
「介入者らの呪いのようだ。俺たちはこの呪術にハマり、危うく森部の山中の余剰次元下に閉じ込められるところだった……」アランの返答に、インナーノーツ皆が顔をこわばらせて頷く。
『つまり……あなた達を狙って……攻撃を仕掛けてきた者がいると?』「そういうことになります」上杉の確認に、カミラは厳しい表情のまま答えた。
「……その時は気づかなかったけど、その時も、本当は、アムネリアだったんだよ。アイツらの狙いは!」いつになく、尖った口ぶりで直人は断じる。
『アイツら?』「……ノヴス・ドミヌスなのかは、わかりません。しかし、続くチャイナと、オセアニアミッションで介入してきたのも、同じ者たちではないかと……」
インナーノーツ五人の視線が重なり合う。
『ほう……確信があるようですね。何か根拠でも?』「クソガキよ‼︎」問いかける上杉に、サニは真っ先に、含んだ笑みを浮かべて答える。珍妙な回答に、上杉も、勇人も目を点にした。
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「そんな……恐ろしいこと……」
聖美は、フォークにスパゲッティを絡めたまま、ぽかりと口を開けている。沙耶も顔を硬直させたまま、真世を見つめていた。
咲磨が教団から生贄にされかけたところを、彼の父親が命懸けで守ったこと、警察の力も借りて、彼を救出したことなどを、真世が聖美と沙耶にかいつまんで話したところだった。
「……でも、咲磨くん……お父さんが目の前で……
そのショックで、ヤマタノ…………えっと、急性PSIシンドロームを発症しかけて……それで、風間くん達インナーノーツが出動して、一命は取り留めたんだけどね……」二人ともどこまで話を飲み込めたのだろう……と思いつつ、真世は、スパゲッティをフォークで巻く。『ヤマタノオロチ』の話はしなくて正解だったようだ。
「風間くん……あ、お兄ちゃん⁉︎」硬直していた沙耶の顔にふと笑みが戻った。
「大変だったのねぇ……」そう言いながら、聖美は、絡めていたスパゲッティを口に運ぶ。沙耶も嬉しそうに食事を再開する。真世は、そんな沙耶を微笑んで見つめていた。それに気づいて沙耶は、フォークを置き、紙ナプキンで口を拭く。
「っ! ……お、お兄ちゃん、ちゃんとやってますぅ⁉︎ お母さんに似て、どこかぼーっとしてるから、あの人……」
「うん。もちろん」真世は、笑顔で言い切った。
「な、なら、いいけど……」沙耶は、何ともバツの悪そうな顔で、垂れた髪を耳後ろに掻き上げながら、残りのスパゲッティに向かう。そんな娘を、聖美も微笑ましく見つめる。
「それで……その、咲磨くんは?」聖美が、話を元に戻す。
「あ、うん。咲磨くん……一命は取り留めたのだけど……教団ことも、お父さんの死も……ここに滞在したこともすっかり忘れてしまって……」真世は、そう言って庭の方を眺める。
「えっ? ……それじゃ、あの子のことも……」真世の視線を追う沙耶。まるで今の一瞬を全力で楽しんでいるかのように、水場ではしゃぐ亜夢に、沙耶は目を細めていた。
「うん……でも、そのことも受け入れて……強い子よ。亜夢は……」
真世のその言葉に沙耶と聖美は、亜夢をしばらく慈しむように見つめていた。
「ふふ……亜夢とその咲磨くんのこと。実世と咲磨くんのお母さん、まるで恋人同士みたい、とか言うのよ。亜夢はともかく、咲磨くんは八歳よ。おかしいでしょ。私には、姉弟みたいに見えてたけど……そんな大切な友達の記憶に残れないなんてね……」
「……こいびと……か…………ん? って、え? そういえば、あの子、お兄ちゃんの『こいびと』とか言ってたんだけど⁉︎」眉を吊り上げて捲し立てる沙耶。コロコロと表情が変わる沙耶に、真世も苦笑いが溢れる。
「ほんっとうに、……アレ……っと、あの子、お兄ちゃんの彼女なんですかぁ⁉︎」
「え? えっ……えぇ……と……」沙耶にずいと迫られた真世は、思わず椅子ごと後ろに引き下がり、コ、コーヒーでも……いかが? と、中座して、ドリンクサーバーへと向かった。




