↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

288/343

縁(えにし) 4

 南中に昇った日に照らされ、跳ね上がった水飛沫が煌めきを空に残したまま、散弾となって襲いくる。咄嗟に沙耶は飛び退くも、左足はその餌食となっていた。


「いゃぁ‼︎ もう! 濡れちゃったじゃない‼︎」


 ジーンズに、びっしょりと描かれた染みを摘み上げながら、沙耶は子供達に混ざって水場に入っていった亜夢に抗議する。子供達は大笑いだ。


「ははは! びしょびしょだぁ! いもうと!」すでにずぶ濡れの亜夢に言われ、沙耶は頬を膨らませる。


「だ、誰のせいよ! もう! それに、私は『いもうと』じゃなくてぇ‼︎ さや……きゃ‼︎」


 沙耶は背中から尻にかけて冷たいものを感じて、振り向く。


「あぁ‼︎ もう、今度は誰よ‼︎」


 水場でずぶ濡れの男の子と女の子は、知らん顔。一緒にいた親らしき女性が二人駆けよってきて、ごめんなさいと頭を下げるので、沙耶は、苦笑いしてその場を離れ、ウッドデッキの椅子にどかりと座った。


「まったく……さっきの寂しそうな顔、なんだったのよぉ‼︎」


「何ツンケンしてるのぉ、沙耶?」背後の廊下の方からかけられた、まったりした声が勘に触る。恨めしそうな目で、沙耶は振り返る。


「お母さぁ〜ん。もう、あの亜夢って子。めちゃくちゃよぉ!」と濡れた服に髪を見せつける。


「ふふ、やられちゃったね。今、タオル、持ってくる」と母、聖美に代わって答えたのは、真世だった。それに気づいて、ハッとなって沙耶は、大丈夫です、と言ったが、真世はすでに廊下を駆けて行ってしまった。


「真世さんと一緒だったの?」「ええ。そこで会って。お昼ごはん、ここの食堂で食べれるそうよ」


 まだまだ日差しの暑い日。ガーデンの水場は、子供たちには最高の遊び場だ。避難で訪れ、初めて顔を合わせる彼らの親同士も、子供たちを通して会話を始めたり、子供に混ざって、水場遊びに参加する父親もいる。亜夢はすっかりその中に溶け込んでいた。


「楽しそうじゃない。沙耶も思いっきり、遊んできたらぁ?」「はっ! いや、ムリムリムリ……」沙耶は顔の前で大げさに手を振って見せた。


「そお? あなた、噴水とか、ああいうのすごく好きだったのに……」「いや、いつの話よ……」沙耶が頭を抱えた時。洗濯したてのタオルがそっと差し出された。


「あ……ありがとう、ございます。真世さん」沙耶は真世からタオルを受け取り、濡れた髪と服を拭き始める。


「亜夢ちゃん、ずいぶん元気な子ね。ここで治療受けてるなんて、ちょっと忘れちゃいそう」微笑ましく亜夢を見守りながら、聖美は言う。


「元気なんてもんじゃないわ……ここの上から下まで全部……走り回されたのよ」沙耶の髪を拭く手がいささか乱暴になる。


「あれでも、だいぶ落ち着いたんだよ。最初の頃は、あの子の不思議な力に、あの子自身も振り回されていて……わたしも、飛びかかられたこともあったわ」真世は、ほんの数ヶ月前のことを思い出して苦笑いする。


「突然、水を怖がったりして……あんな風に水場で遊べるようになったのは、やっぱり、咲磨くんのおかげなんだろうなぁ……」「さくま……くん?」髪を拭く手を止め、沙耶は訊き返す。真世は、感慨深げに水場で遊ぶ亜夢を見つめていた。



 ****


「むしろ、亜夢は、何かに付け狙われてる……そんな感じだよな?」「あ、そうそう! それ、アタシも思ってた!」


 亜夢の疑念が晴れた、いや、一旦、傍に置いたところで、ティムとサニが発言する。カミラ、アラン、そして直人も頷く。


「……たぶん、狙われているのは、亜夢というより……アムネリアの方だと思う……」直人の言葉にインナーノーツの皆はもう一度、頷く。


「そうね。あのチャイナのミッション。それに……」「オセアニアの時もだな」カミラとアランが補足する。


「ミッション介入者と、直接コンタクトした事例だな。君たちの方が詳しいだろう。カミラ、君の方から説明を」「ええ、わかりました」


 カミラは、東からホログラム投影している資料のコントロールを渡され、自席の端末で操作しながら説明を始めた。


「……彼らとの直接的な邂逅は、おそらく……この諏訪の……咲磨くんの救出ミッションの時と思われます」


東の提示した資料に、一〇才未満の少年の写真が掲載されている。


『諏訪……ああ、あの時の』上杉は、三ヶ月ほど前の事件を思い返す。


「発端は、水織川のミッション直後に起こった、フォッサマグナ断層帯域地震でした。我々も調査に向かい、あれはPSI特性災害と判明したのですが……諏訪湖の余剰次元に途方もないエネルギー坩堝……『PSIボルテックス』を発見……』そう言いながら、カミラは、諏訪湖を中心に、四方八方に赤く染められた触手を伸ばしたような時空間エネルギー分布図をピックアップアップしてホログラムに投影する。


「『ヤマタノオロチ』。我々はこれをそう呼んでいます」


『ヤマタノオロチ……ですか。なるほど、確かに無数の頭と尻尾を持つ怪物のようにも見えますね』上杉は、興味深く、彼の端末に共有されたその図を覗き込んでいる。


 カミラは、事件の経緯を簡単に説明する——


 その地震の被災地域は広範囲に及び、国や地域の各レスキュー隊が、各地、分担して救援活動を開始する中、IN-PSIDもまた救援チームを派遣し、諏訪、守屋山山麓のとある離れ里一帯を受け持つこととなる。その『森ノ部の郷』は、心配された震災被害や住民のPSIシンドローム発症は軽微だったものの、一人だけ、奇妙な症例を発症した子供を預かることになった。


「それが……この、咲磨(さくま)』君です」


『あの、森部教団の生贄にされかけた少年ですね』


『い、生贄⁉︎』上杉の発したその言葉にギョッとなる勇人。


『咲磨くんの生まれ育った郷、『森ノ部の郷』は、『森ノ部真理教団』というカルト教団に支配されていました。彼らは、諏訪の古代神道を騙りながら、(いにしえ)の生贄神事を復活させようと目論んでいました。フォッサマグナ帯域地震は、彼らにとってはむしろ好都合だったのです。生贄、しかも人身御供を捧げる、大義名分として……』



 ****


 長期療養棟の食堂は、入居者に面会しに来た家族らが、もうすでに何組か入っており、いつになく賑やかだ。


「あら、美味しい」「うん、いけるわ」


「よかった、お口に合うようで」


 聖美、沙耶、真世の三人は、三人揃って、この日のランチ定食である『キノコの和風バタースパゲッティ』を口に運び、舌鼓を打つ。ここ鳥海まほろば市からそう遠くない、内陸地域の特産であるマッシュルームをふんだんに使い、しめじやエリンギも盛り込んで、カツオだしと醤油バターで和えた旨み主体の風味は、日本人の味覚によく合う。


「やっぱり、和食よね〜。日本人は!」と沙耶。「和食? ねぇ……」聖美と、彼女の対面に座る真世は、顔を見合わせ、小さく笑った。


「醤油とだしが入ってれば、和食みたいなもんよ!」そう嘯く、ドイツで暮らす沙耶。彼女は、もうすっかりヨーロッパの人間なんだなと、聖美と真世は思う。


 沙耶が窓向こうの庭を見やれば、まだ亜夢は子供達と駆け回っている。先程、真世が昼食に誘ったが、あとでー! とだけ返された。


「まだ走ってる……どんだけ元気なの?」スパゲッティを口に運ぶ手を止め、窓の外を見つめたま沙耶が言う。


「そういえば……真世さん」沙耶はふと、真世の方を向き、声をかける。


「さっき、あの子、水を怖がってたって……本当なんですか? それと……えっと……さ……」「さくまくん?」


「ええ。その『さくまくん』って?」


 真世は、フォークを一旦おき、水を一口飲むと、ゆっくりと口を開いた。


「咲磨くんは、三ヶ月くらい前に、ここで預かっていた男の子。数日の短い間だったけど、亜夢とは通じ合うものがあったみたいで……すごく仲良かったのよ」「ふぅ〜ん」


「不思議な力がある子で……」


 真世は、咲磨が人の心を慰め、癒やす力があり、その力が作用したのか、亜夢の心身が落ち着き、彼女の特異能力もコントロールできるようになっていったらしいと言う。咲磨との交流が、亜夢の成長に与えた影響は大きい。


「その子は、今は?」聖美が何気なく訊く。


「……色々あって……」真世は顔を俯けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。