縁(えにし) 3
「確かに、亜夢に関しては、我々にとっても不明な事が多い……」語り始める藤川に、皆の視線が注がれる。
「ここに来る前、彼女は北海道の、我々IN-PSIDと提携する、ある病院で保護されていた」
『保護? ですか……』「はい……その病院に置き去りにされていたと。身元を特定できるようなものはなく……」そう言いながら、東は、資料の写真を一つ、開いてみせる。
合成紙の用紙に走り書きしたメモ——
"この子、亜夢。どうか、よろしくお願いします。"
というメッセージと、本名らしき『比嘉晴海』の名と、生年月日らしき日付が書かれている。
「亜夢が所持していたのは、このメモだけ。書かれた名前と生年月日をもとに、その病院で身元を調査したが、有力な情報はとうとう見つけられなかったらしい」
東の方でも亜夢を預かってから、追跡調査をしたが結果は変わらなかった。東は、意図的に情報が消されているような感覚を覚えたという。
『消されている……ふぅむ……ちょっと待ってください』そう言って、上杉は自端末を操作する。
『……広域のデータベースにも、それらしい失踪届や捜索願いも無いですね』「ええ、過去に警察にも問い合わせましたが、そう言われました」
東は資料を切り替えながら、説明を続けた。
「亜夢はその病院の待合ロビーで眠り込んでいるのを、帰宅しかけた職員に発見され、保護されたそうです。こちらに移される四年ほど前ですが……この頃、すでに昏睡の兆候があったようで……」
『昏睡……ひょっとして……コウ……亜夢とは、お前が前に話していた?』勇人は数年前に、一度、藤川から聞いた話を思い出していた。
「そう、あの時は世話になった。亜夢を保護するのに必要だった水槽は、頑丈なJPSIO 製のPSI精製水槽が一番適していたからな」『そういうことだったのか。ったく、碌に事情も話さないからなぁ、お前は』「話さなくても、協力してくれるからな、勇人、お前は」『ちっ! 黙れ、このクソジジイ』二人の応酬は、自ずと皆の顔を綻ばせる。
「彼女には、PSIキック能力……発火現象や水の発露、透視、テレパシーなどが確認されています。ただ、その能力はどれも、彼女自身コントロールできない力で……PSIシンドロームの臨床において最先端であったその病院も、持て余していたようです。それが、五年前、突然、深い眠りに落ちたまま……それで我々IN-PSIDに」東は説明を続けた。
「けど、その亜夢が目覚めるってんで、オレたちが初出動! ってなったんだよな」ティムの言葉に、インナーノーツの皆は頷く。
「ああ。昏睡で、図らずも亜夢の能力は抑制されていた。だが、急激な目覚めでそれが一気に解放されれば、彼女の心身だけでなく、ここ周辺にも甚大な被害が出る恐れがあった……」『それほどの能力が……その亜夢さんに……』上杉は驚きを隠せない。
「そのミッションで、私たちは、急激な目覚めを誘発させようとしている存在を見つけ出し、一旦はその力を押さえ込むことに成功しました。ですが……」「まさか、それが亜夢のセルフ……亜夢本来の魂だったなんてね」カミラとサニは、顔を見合わせ、ミッションを思い返しながら頷きあう。
「亜夢の昏睡……それは彼女のもう一つの魂ともいうべき存在が、亜夢のセルフを押さえ込んでいた事による。亜夢が生を渇望する意志なら、それは、死へと向かう衝動……タナトスともいうべき存在だった」と藤川。
<アマテラス>初のミッションとなった亜夢の深層心理で得られたビジュアルイメージを東は選んで(亜夢の心理に配慮し、公開しても問題ないであろうと、判断されたものに限る)を投影する。
燃え盛る炎のようなビジュアルの中には赤ん坊のような存在、そして、それを抱くように取り囲む、流れる浄らかな水の流れは精霊のような存在……勇人と上杉は息を呑む。
『これが……』『魂……というものですか?』
「あくまでも、膨大なアーキタイプデータを組み合わせ、その性質を我々が認識できるイメージに変換したものですが」と東は補足した。
『美しい……』勇人は、感嘆の息を漏らす。
「我々の最初のミッションの結果、亜夢のこの水のような気質を助ける事になり、亜夢の能力の暴発は止めることができたが、亜夢は再び深く眠りに落ちてしまった。セルフを抑え込んだため、この水の気質が亜夢の肉体を支配し、ゆっくりと死へと向かい始めたのだ……」
ビジュアルに浮かび上がる、どこまでも清らかな水の精霊の眼差しは、静かに皆を深き水の底へと導くようだ。そんな感覚に襲われ、勇人は、その美しき精霊から目を逸らす。
「一度は抑え込んだ亜夢の生命の意志、セルフを再び亜夢の肉体へと戻し、亜夢の命を救う……そのためにインナーノーツは、再び、亜夢の心象世界へと向かった」と藤川。
「結構、ヤバいミッションだったよね」サニは思い出して強張った、奇妙な笑みを浮かべる。
「あぁ……けど!」と、ティムが、唐突に直人の肩を叩くので、直人は目を丸めた。
「我らがナオの大活躍! な!」
「そ……そんなこと……皆で頑張ったからだろ」頬を少し上気させて、直人は俯く。
「それに……アムネリアは、わかってくれたから……」
『アム……ネリア……? さっきからちょくちょく出てくるが……?』勇人は、怪訝げに眉を顰める。
「この、亜夢の魂の水のような気質を、我々は『アムネリア』と呼んでいます。直人がその者の名ではないかと……」「そう……聞こえたような気がしたんだ……何度か……亜夢の心の中で」東の説明に、直人が続けて言う。
『ふぅむ……』勇人は視線を背けた水の精霊をもう一度、チラリと見た。
「二度目の亜夢の深層心理へのアプローチで、亜夢の命はなんとか救われました。ですが、元々、相反するような火と水のような魂の二面性は分離。亜夢の肉体は亜夢とアムネリアという二つの魂が、一つの肉体に同居する形となって、今は安定しています」東はその概念図を指し示しながら説明した。
「アムネリアは個体深層無意識領域にいて、表層意識領域には、亜夢がいることが多い。アムネリアが亜夢という生を受け入れたのだと、我々は解釈している」藤川は言いながら、直人に視線を配る。それに気づいた直人は深く頷いた。
「しかし、その代償として、亜夢の肉体と魂の結合は、常人の半分程度になっています。端的に言えば、肉体への慢性的なエネルギー供給不足……それを我々独自の治療で、定期的に補っていますが……それがなければ、亜夢は一月と保たないでしょう……」東の説明にIN-PSID職員ら、皆の表情が曇るのを、上杉はしっかりと見つめていた。
『なるほど……亜夢さんの複雑な事情……よくわかりました』
「亜夢は、そのノヴス……なんちゃらとは関係ないと思うよ」「だよなぁ。精神年齢十歳くらいの、ぶっちゃけただの子供だぜ」サニとティムが発言する。
「さっきも話にあったように、亜夢はPSIキッカー。今では<アマテラス>の凖クルーとして、その力を貸してくれている。特にアムネリアの力には、何度も助けられている」あまり喋らないアランも、この時ばかりは主張した。
「ええ……なんの証拠もないけど……あの子は、一緒にやってきた仲間……感覚的には、私たちを貶めようとしたり、裏切ったりするような疑わしい行動は一度も……」サニ、ティム、カミラの発言に、アランと直人も大きく頷く。
『わぁーた、わぁった! お前さんたちがそこまで言うなら、俺もその、亜夢って子は信じるさ! ましてや、孫の『ソウルメイト』ってんだ。疑って悪かったよ!』「ソ……ソウルメイト⁉︎」ニヤけて見つめてくる祖父に、直人は赤面する。
『だぁ! そうだろ! 話をまとめると、直人。お前は、幼い頃に、なぜか彼女の魂と水織川で遭遇。今、こうして、なんの巡り合わせか、IN-PSIDで肉体を持った亜夢として再会。まさに『ソウルメイト』じゃねぇか? それとも『運命の赤い糸』って方がいいかぁ⁉︎』
「じ、じっちゃん‼︎」直人は顔をさらに赤くして、腰を浮かせる。
『ふふっ。いいじゃねぇか。大事にしてやれよ、その亜夢って子』笑い顔の中に、祖父の真摯な眼差しが見える。直人は、それ以上、反論することをやめ、ぎこちなく、うん、とだけ頷いて椅子に座り直した。




