縁(えにし) 2
「真世が……」「えっ……意味わかんないんだけど……」「…………」ティム、サニ、そして直人は、東の言葉に絶句する。カミラ、アラン、アイリーン、そして田中も動揺を隠せない。
『ん、な? どういう、ことだ? 真世ちゃんがどうしたって?』勇人は、一人、話が飲み込めていない。
『私も、仔細はわかりかねますが、東さんのお話から解釈して、インナースペースで活動中のPSIクラフト、えぇと、<アマテラス>でしたか? ……それとこちらの管制室間の、『多元量子マーカー』というものを使った特殊な通信に、本来、入り込むはずのない、その……えぇと、亜夢さんという方のPSIパルス情報、それに合わせて真世さんのPSIパルス情報が入り込んでいた。真世さんは、その通信には関与していないはずなのに……そう理解しましたが、よろしいでしょうか?』上杉が口を挟む。勇人は、わかったような顔をして頷いた。
「ええ。おおよそ、そんなところです」東が答える。
「亜夢の魂は、アムネリアの例もあるので、直人の気配を追ってとも考えられるが……一方の真世にそのようなことができるとは考えにくい。ましてや、あの時、真世は、IMCからも一時的に離れた」藤川は腕を組み、当時の蒸気を思い返しながら言う。
「確かに、あの時、彼女は、亜夢の様子を見に行ったのでしたね」東は眉を顰める。
「チーフ、何か?」カミラが問う。
「いや……思い過ごしかもしれんが……その時の真世……なにか雰囲気が違ったような……」
「けど、そのタイミングで亜夢と真世が一緒にいたなら……」「亜夢の影響で、彼女のPSIパルスも、マーカーに転写されたのかも……」アイリーンと田中は仮説を立てる。
「それも検証したが……その程度はフィルタリングされるレベルだ。ここまではっきりとは出にくい」と藤川。
「その、もう一つ、正体不明のPSIパルスというのは?」とアラン。東がディスプレイに表示された波形データの中から、その不明のスペクトルのみを映し出す。
「これについては、この本部の全職員、関係者のデータと比較したが、該当者がいない。外部のものか……あるいは……」「お化けかもね」と東の言葉に被せるサニ。
「そんなところかもしれん」「えっ?」真顔の東に、サニは虚をつかれ、目を点にする。
「……ね、そういえば、あの時。真世、誰か呼んでなかった? 確か……」「神取くんだ」アイリーンが考えを巡らせている間に、藤川はその答えを出した。
「神取って、あの療養棟の⁉︎」「あぁ、あいつ! 確かに怪しそうよね」「アイツだぜ、そのPSIパルス、絶対そうだって」ティムとサニは、一件落着とばかりに声を上げる。
『ば、馬鹿いうな! 神取くんが⁉︎』抗議するように声を上げたのは、勇人だ。
『確かに彼は部外者だが、紹介したのは私だ! 彼の身元は私が保証する! 貴美子だって、信頼してるっていうじゃないか! なぁ、コウ!』
「信頼とか、そういう話ではないのだがな……」『コウ!』藤川を睨みつける勇人。
「た……確かに……神取氏のPSIパルスデータと照合しましたが、一致はしなかったです」と、東は取り繕う。それみろ、と言わんばかりにムスッと腕を組んで踏ん反り返る。
藤川は溜息を一つ漏らす。
「今、明らかにしたいのは、『ノヴス・ドミヌス』なるものが、我々のミッションに介入してきた可能性だ。そのために外乱の影響を洗い出している……真世と何者かのPSIパルスが、亜夢の魂をミッションに導いた可能性がある。今わかるのはそれだけだ。なぜそうなったのか、何か目的があったのか……それはこれから検証するとして……まずは、先に進もう」
藤川の発言は、発散しそうになる皆の気持ちを引き戻す。
「東くん、次を……」「は、はい……」
『なぁ……コウよ。その前にだ……』東が次の資料を準備する間に、腕を組んで、神妙な面持ちで、勇人が声を挟む。
「ん?」
『さっきから話に上がっている、その『亜夢』という名前だが……いったい誰だ? 君たちには当たり前の話だろうが……私はまるで面識がない。上杉くんもではないか?』『ええ、確かに……』
『だいたい、さっきの話は、ようするに、真世や神取君より、亜夢とやらが、お前さんたちのミッションに入り込んだ張本人ではないか?』
「うん……まぁ、そうだな」とティムは頷く。
『私からすれば、亜夢を真っ先に疑っても良さそうなもの……と思うのだがね。どうかね、上杉くん?』『ごもっとも……と思いますよ。藤川所長。よろしければ、その亜夢さんのことを、お聞かせ願えませんか?』
藤川は、腕を組んだまま頷いた。
「確かに……そうですな。特殊なケースの娘なので、いささか理解し難いとは思うが……東くん、説明を」「わ、わかりました」東は、端末を操作し、準備していた資料の展開を中断し、別の資料を探し始める。
その間に、藤川が口を開く。
「亜夢は、我々がある医療機関から五年ほど前に預かり受けた娘でな……PSI覚醒能力者、いわゆるPSIキッカーだ……」
****
「皆ぁ! 新しい友達だよぉお‼︎」引き戸のドアを勢い良く開けるなり、亜夢は部屋の中へと叫ぶ。
「あれぇ〜〜」
おもちゃ、ゲーム、絵本……誰もいないがらんとした広い部屋には、さっきまで子供達が遊んでいた空気がそのまま残されている。
「はぁ……はぁ……な、なんなのよぉ。もう!」亜夢に手を掴まれ、息を切らした沙耶が顔を上げれば、ドアの上には『遊戯室』と表示されていた。
「……そうだ!」何かを思いついた亜夢は、ドアをまた勢いよく閉め、沙耶を連れて走り出す。
「えっ⁉︎ ちょ……ちょっとぉおおお‼︎」掴まれた腕を引っ張られ、沙耶も走り出さずにはいられない。腕は振り解こうにも、解けない……いや、そうすることを許されないような、圧倒的な亜夢の謎パワーを、沙耶は感じていた。
「皆‼︎」療養棟、地下階まで降り、トレーニングセンターに駆け込む。「あら、亜夢ちゃん」年配の男女数名の顔見知り入居者が、気づいて声をかけてきた。
「あれぇ〜〜、皆は?」「さぁ。そういえば、今日は子供達、来てないねぇ……」と入居者達は、顔を見合わせる。
「……わかった!」そういうと、また沙耶を引き連れて駆け出す。
「……えっ⁉︎ ま、またぁあ⁉︎」
「おや、亜夢ちゃん、その娘はぁ⁉︎」沙耶に気づいた年配女性が、すでに部屋を出かかった亜夢に声をかけた。
「いもうと‼︎」返ってくる亜夢の返事。
「いもうと?」「亜夢ちゃんに、妹いたのかね?」「さぁ……」入居者達は、きょとんとしたまま、もう一度、顔を見合わせる。
「皆!」「友だち来たよ!」「あれぇ⁉︎」ヴァーチャルネットセンター、図書・音楽鑑賞室、多目的ホール……。入居友達がいそうなところを、亜夢は、沙耶を連れて走り回る。けれど、なぜか子供達の姿はどこにもない。
「……はぁ、はぁ……お、おね……がい……はぁ……もう……はぁ……休もう!」
プライベートガーデンまで来たところで、足をふらつかせ、沙耶は廊下から出てすぐのウッドデッキにへたり込む。咳き込む沙耶に気づいて、ハッとなり亜夢も一緒に座り込んだ。
「ごめん……いもうと……皆に会わせたかったのに……もう……どこ行っちゃったのかなぁ〜〜」
「はぁ……はぁ……あ、貴女……あれだけ走って、平気なの⁉︎」
「うん! いっつも皆と走ってるし。それに、あの水飲むと、走りたくなる!」熱った毛量の多い長い髪を鬣のように靡かせた満面の笑み、その顔の中で大きく見開かれた瞳に見つめられる沙耶は、ライオンに仕留められた縞馬か何かの気持ちが、今よくわかった。
「……そ、そうなの……お、お兄ちゃん……よく、こんな……子と……」沙耶がげんなりして顔を伏せかけた時。
「あれ、亜夢姐ちゃん!」「りょーた!」
亜夢と沙耶が振り返ると、十歳程度の少年が駆け寄ってくる。
「あれぇ〜……?」笑顔を作りかけた亜夢は、そのまま、ぽかんと口を半開きにしていた。亮太の後ろから見慣れない中年の男女がついてくる。
「パパとママだよ! パパ、ママ! 亜夢姐ちゃん!」亮太は嬉しそうに言う。彼の両親は、にこにこと、はじめまして、いつも亮太と遊んでくれてありがとう、と亜夢に声をかけた。
「ねぇ、りょーた、皆どこ行ったのぉ?」
「自分の部屋じゃない? 皆も、パパとかママとか来てたから! あ! ほら‼︎」亮太が指差す方を見ると、亮太と同い年くらいの男の子や、女の子らが、親や親戚らしき人達を連れてこちらに向かってくる。
「なっち! せーや!」「あ! 亜夢ちゃん‼︎」
亜夢の周りに子供達が集まってきて、急に賑やかになりだすと、沙耶はようやく解放されたとばかりにため息を吐き出して立ち上がり、ウッドデッキに並べられた椅子に座り直して、亜夢らを見守ることにした。
「ねぇ! パパ、ママ! こっから庭に出れるんだよ! 行こう‼︎」「あ! オレも行く! お母さん! 早く!」「なっちも行くぅ〜〜! ねぇ! パパ、ママも!」
駆け出す子供たちに引き摺り出されるように、親たちもその後に続いてウッドデッキに出てくる。
「亜夢ちゃんも一緒に遊ぼ!」なっちが亜夢に声をかける。
「う、うん……」と徐ろに立ち上がった亜夢が、彼女と彼女の両親を交互に見ている間に、なっちは外履きも履きかけの両親の手を引いて、庭へと走り出していた。
その後、何組かの親子が、ウッドデッキから庭へと降りていったが、亜夢はぼんやりと、ただ見送るばかり。
目の前に見えるプライベートガーデン中央の水場では、残暑の涼を楽しむ親子連れで賑わいだす。
「そっか……あの子たち、普段は親と離れて、ここに居るのね。皆、嬉しそう……」沙耶は微笑ましく、その光景を見つめていた。
「……えっと……亜夢……ちゃん? あなたのパパとママは?」沙耶は、何気なく訊いたが、亜夢の返事はない。ふと、亜夢の方を見やれば、亜夢はぽかんとした表情のまま、水場の方を眺めている。
「パパ……ママ……」
その呟きに沙耶はハッとなる。
「……えっ……あ……ご、ごめんなさい……」沙耶は口を閉ざし、俯いた。海の方から、穏やかな風が、二人の間を通り抜けてゆく。




