波打際の輝石 7
「『黄金の女神』に最初に遭遇したのは、バビロニアのインナーミッションだ。故に、我々のこれまでのミッションに、『ノヴス・ドミヌス』なるものにつながるヒントが、あるような気がしてならない」藤川の言葉に、一同は頷く。
「確かに、これまで何度か、インナーミッションには本来ならありえない外部の介入が、何度もありました。所長は、これらの中に、その『ノヴス・ドミヌス』の介入があったと……?」東は、真剣な眼差しで藤川を見つめる。これまで、ミッションへの度重なる外部からの侵入を許してきたことに、ミッションの統括管理を担う東は、責任を感じていた。
「はっきりとはわからん。だが、他に『ノヴス・ドミヌス』につながる糸口は見つけられそうもない。何者かの介入があったミッションを一つ一つ、まずは洗い直し、検証してみたい。そのためにミッションに携わる君たちに集まってもらったのだ」「わ……わかりました」東はぎこちなく頷いた。
「上杉くん。貴方には警察の視点で、ご意見を頂きたい。特殊なミッションなので、わからないことも多いとは思うが、気づいたことは何なりと発言してもらえるかな?」と藤川。
『えぇ。警察としては、今回の騒動、広域組織犯罪を視野に入れたサイバー攻撃事件ということで、正式に上には捜査権と、あなた方の警護をとりつけています。あくまでも捜査の一環として、お話を伺います。捜査中の案件……私の口から出ることは、あくまで、私見ということで』「うむ……それで結構」
上杉は、スーツの襟を正し、微笑を浮かべる。私も聞かせてもらうぞ、と居座りを決め込む勇人に、藤川は、好きにしろ、とにべもない。
「そういや、真世と亜夢は?」ティムは二人の姿がないことを気にするような素振りで訊ねる。
「さっき、貴美子先生から連絡があって、亜夢、今朝方、ちょっと体調崩してたみたい。ちょうど、定期治療のタイミングだったので、パスするって。真世も、お母さんについてたいそうよ」と、アイリーン。
「こんな状況だ、知らず知らず、皆ストレスを感じている……休める時に、休むのも大切だろう。二人のことはいい。さっそく始めよう。東くん、過去のミッションの資料を……君がまとめてくれているレポートを出してくれ」「は、はい。少し、お待ちください」
東は、いつも保持しているタブレット端末でサーバーにアクセスし、外部介入があったと見られるミッションのファイルをピックアップする。それらは空間投影され、通信中の勇人、上杉にも共有された。
「では……さっそくですが……まずは、こちらのミッションのレポートからご覧ください」
東が展開したファイルのうち、一つを拡大する。
『これは……我々が調査協力をお願いした……』
「ええ。あの、『オモトワ』事件のミッションです」
直人がハッとして俯いたことに、藤川と東は気づく。『オモトワ』のシステム調査のため、アクセス媒体とした直人の父、直哉の残した『生態記憶データ』。インナーノーツは、インナースペース領域に展開された、この直哉の記憶情報にアクセスし、二十年前の『世界同時多発地震』のトリガーとなったといわれる水織川研究所の事故当時の真実を知ることとなった。それは、当時、四歳だった直人が、ここのPSI精製水に流れ込んでいたアムネリアの魂と感応。その感応がエネルギーとなって暴発し、現象化して地震を引き起こしたのだった。
東と藤川は、アイコンタクトで、直人に関わることには触れないで話を進めることとする。
「事件解決の鍵となった、オモトワのサブリミナル信号のサンプリングに向かう途中、インナーノーツが乗る余剰次元活動艇<アマテラス>の船体上に、奇妙な反応が現れていました。我々のデータにはない反応で、おそらくこれが、最初の外部からの介入と思われます」東は、そう言いながら、画像処理されたその反応のグラフィックを表示する。
『……これは』<アマテラス>のシステムによって、知覚可能な映像に構成されたものとはいえ、インナースペースという未知の領域の映像を初めて目にする勇人と上杉は、グッと身を寄せて画像を覗き込む。
『何やら……人の影のようにも見えますねぇ』と上杉。
「ええ。私たちも、これが何か、解析を試みているのですが……」「一種の思念体のようなものだとはわかっているが……正体も……なぜ、ミッションに入り込んだのかも、まだ……」発言して顔を見合わせるカミラとアラン。
「けど……私たちが追いかけていた存在……『悪魔』とは違うようです」
『悪魔……?』勇人と上杉は怪訝そうな表情を浮かべる。
「あの悪魔は……私の中に居たのだから……」俯いて呟くカミラの肩に、アランはそっと手を置く。
「その話も、後ほど触れる必要があるだろうが……まず順を追って話を進めよう」と東。カミラが頷いたのを見て、東は次のレポートを拡大する。
「次は、件の水織川の慰霊祭か」藤川がレポートを見つめながら言う。
「はい……ええと」東は、そのレポートをスクロールし、該当部分を探し始める。
オモトワのミッションから数日後。二十年前の震災の震源地となった、今は結界に覆われた死者の街、水織川。多くの被災者遺族が集う、慰霊祭の最中、鎮魂に空へと舞うスカイランタンが、突如、発火するなどの怪奇現象が発生。インナーノーツは、その原因を探り、対処にあたるため、水織川領域の余剰次元深くへと向かう。怪奇現象は、皮肉にも遺族らの強き想いと、古代、この地で没した、とある翡翠の守り手であった姫巫女の悲劇が共鳴して、引き起こされていた。
震災の真実に打ちひしがれていた直人は、姫巫女の願いに触れ、彼女の魂を救うことで、その地で没した行き場をなくした多くの魂と、彼自身の魂を救った。その過程で、姫巫女の浄化の力を引き継ぎ、アムネリアと共に、インナースペースに残る、救われない数多の思念を癒やす力を身につけたのだった。
「このミッションでは、アムネリア、そして彼女を追って亜夢の魂がミッションに入り込む事態がありました」「ええ、よく覚えてるわ」と東の説明に、サニがいち早く反応した。
「あの時は、センパイ……ヤバかったよね。亜夢が入り込んで来てくれなきゃ、センパイも、アタシも……」「うん……」サニと直人は思わず目が合い、バツが悪そうに、同時に俯いた。
「けど……あれは、水織川の感応で、直人とアムネリアに、魂レベルでの量子もつれのような繋がりがあって……アムネリアがそれを追って入ってきた……って話じゃなかったかい? チーフ?」話に手振りを付けながら、ティムは、ミッション後の東のまとめた、ミッション分析報告を思い出す。目の前に表示されたレポートにも、確かにそうある。
「ああ。それは、これまでのミッションデータからも裏付けられてきているが……問題は、あの時の亜夢だ。確かに亜夢とアムネリアにも、繋がりがある。とはいえ、亜夢をあのミッションに導いたのは、どうも……別の力が働いた形跡が、少しずつ……明らかになってきてな」東の物言いが、どうも歯切れが悪い。
「別の……」直人とサニは怪訝げに同時に顔を上げ東に視線を向ける。
「……所長、皆に話しても……?」「……この際、可能性は全部、洗い出そう」藤川は瞑目して答える。「……わかりました」
東は、レポートをスクロールさせる。表示されたのはPSIパルスのスペクトル解析波形らしいグラフだった。
「これは、亜夢がミッションに入り込んだ際の、多元量子マーカー通信に残ったPSIパルスレコードのデータだ。亜夢のPSIパルスパターンは、これ。亜夢の魂は多元量子マーカーの通信経路を伝って、ミッション時空に入り込んだのは明白だ。だが、ここに、既知の通信のデータを除くと、入り込みが考えにくい二つの固有パルスが見られた。その一つは、まだ不明なのだが……もう一方は特定できている……」
一同は、緊張した面持ちで東を見つめる。藤川は、そのPSIパルスのパターンだけを取り出して言い切った。
「……これは、真世だ」




