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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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波打際の輝石 6

 高く昇った日差しが、浜辺の砂を照らし、その一粒一粒までも、宝石のように輝かせている。小さな煌めき達に心を弾ませていると、静かに足元に忍び寄る波が、その煌めきを飲み込み、黒い闇へと変えてしまう。


 ……だめぇ‼︎ ……亜夢は、波の前に立ち、両手を広げて叫ぶ。しかし、再び押し寄せた大きな波は、容赦なく亜夢の足元を洗ってゆく。


 ……だめなんだからぁ‼︎ ……


 亜夢はスコップ片手に、黒く染まった砂浜を掘り起こし、急いで砂の壁を作る。その後ろには、亜夢に助けを求めるかのように、まだ白い砂がキラキラと輝いていた。


 背に当たる潮風が、勢いを増してくる。風にけしかけられた波が、次々と浜に押し寄せる。


 辺りを見渡せば、波はあっという間に白い砂浜を黒く染め、残ったのは亜夢の砂の壁が守る、その一角だけ。亜夢の足元の波も、次第に水量を増し、亜夢の身体は、膝まで波に浸かる。


 それでも亜夢は、崩れそうになる壁を必死になって補強し、砂を盛る。


 ……愚かな……そんなことをして……何になる……


 身体に触れる波が、亜夢の体を伝って語りかけてくる。


 ……だって! キラキラがなくなっちゃうもん‼︎ ……


 ……それの何がいけない? ……


 ……いいじゃん! キラキラの方が好きなんだもん! ……綺麗だもん‼︎ ……


 ……それは、乾ききった砂浜に、個々の砂粒が浮き立っているからだ……一見、美しく見えても……所詮はバラバラの粒の散らばり……


 強風が吹き荒れたかと思うと、亜夢の砂壁に大きな波が強く打ちつける。


 ……あ、ああああ‼︎ ……


 亜夢の壁は崩れ、波に飲み込まれていった。


 ……脆いものよ……


 ……なにすんのよぉ〜‼︎ もう‼︎ ……


 亜夢は、手にしたスコップを波に叩きつける。


 ……私は……『繋がり』だ……砂粒のような個々を繋ぎ……ひとつにする……私こそ……愛なのだ……


 ……いゃだぁあ‼︎ キラキラを返せ‼︎ ……


 ……一つになる……その、大いなる愛を解せぬというか……ならば……包み込んでくれようぞ……


 天空に現れた暴風の渦に巻かれ、沖の方が盛り上がって巨大な波の山と化す。


 ……えっ⁉︎ い、いやぁああああ‼︎ ……



 身の危険を感じた亜夢の叫びが、身体の裡から魂の炎を燃え上がらせる。


 ……そう……それだ……お前のその輝き……もっと私に見せろ……


 燃え盛る亜夢の炎目掛けて、高波が蛇の鎌首のようになって襲いくる。両腕で頭を庇い、身構える亜夢。高波は容赦なく、その頭上に落下してきた。


 ……わぁああああああ‼︎ ……


 亜夢は思わず両眼を瞑る。


 ……一つになれ……大いなる愛に包まれて……


 激しい濁流の中に飲み込まれた……はずだった。


 恐る恐る、両眼を開ける。


 ……えっええ? あれぇ? ……


 狐に摘まれたような顔で、亜夢は辺りを見回す。亜夢と、彼女が必死に守ろうとした砂浜の一角を、光り輝く清らかな流れが取り巻き、高波を押し留めている。


 ……ふふ……待っていたぞ……水の中で燃え盛る炎……炎を抱く水……


 ……なぜだ? ……なぜ、お前たちは、私の愛を受け入れぬ? ……なぜ一つとならぬ? ……古き神に裂かれし人々が、再び一つとなる……それこそ、人の求めてやまぬ願いではないか? ……私がそれを成そうというのだ……


 ……全てが一つに……確かに、それは人の願いかもしれぬ……


 清らかな水流は、徐々に高波を押し戻す。


 ……されど……それは……一人、一人が求め合い、引かれ合って繋がってゆくもの……


 水流の柔らかな光に照らされ、それに呼応するように、黒く塗り替えられた砂浜の中から一つ、また一つと煌めきが戻ってくる。


 ……その煌めきが、時に、他を傷つけ、ぶつかり合うことがあっても……


 亜夢を取り巻く水流が枝分かれし、まるで手を差し伸べるように伸びてくる。亜夢はその水流に、自ずと自分の手を差し出していた。亜夢の魂の炎が水流に混じり合う。亜夢の炎は勢いを弱め、水流は激しく蒸気を発しながらも、それらは互いに混じり合い、『燃え盛る水』の流れへと姿を変えていった。


 ……決して、強大な力によって、無理矢理、塗り潰されるようなことではない……


『燃え盛る水』の流れは、高波をどんどんと押し返し、輝く砂浜を回復させていく。


 ……馬鹿な……そのようなこと……それは、憎しみと争いを生むだけ……現に人は、幾度もその愚行を繰り返してきたではないか……なればこそ、強き力が必要なのだ! ……


 高波は、暴風と共に、無秩序に荒れ狂いだす。


 ……そうかもしれない……だが、それは人が人自身で決めること……


 ……我は、いや……我ら(・・)は……人の輝きを信じる……そんな人々と共に……生きてみたい……


 ……よかろう……なれば、どう転ぶか、じっくりと眺めることとしよう……


 ……面白い……実に……面白い……ふふふ……


 覆い被さっていた高波は、その声と共に引いて行き、天には再び、日が戻る——


 いつものベッドの上で亜夢が目覚めた時、身体はまだ、波の中にいるような不快さを感じ、ベッドから跳ね起きる。全身、寝汗でベトベトだ。


「大丈夫? うなされてたよ。悪い夢でもみた?」


 既に目を覚ましていた同室の真世が、隣のベッドから声をかけてくる。


 胸騒ぎが収まらない亜夢は、ベッドから降りると窓に駆け寄り、カーテンを思いっきり開け放つ。


 窓から見えるプライベートビーチは、空へと高く昇り始めた日に照らされ、薄っすらと白く輝いている。亜夢は、窓を開けると、朝の爽やかな風を胸いっぱい吸い込んだ。



 ****


 同日、同時間帯、IN-PSID本部IMC——


『……とにかく、状況はわかった』


 中空に投影されたディスプレイが映す年配の男は、口髭を片手でつまみながらそう言うと、ため息を一つこぼす。


『だが……コウ! なんでもっと早く連絡してくれなかった⁉︎ えぇ?』年配の男は、眉を吊り上げ藤川を睨む。


「こっちも、やる事に追われていたんだ。それに、これは我々の問題……お前さんに出る幕はないよ、勇人(はやと)」『ったぁく! ……そうやって、俺に邪険に当たる時ほど、ピンチなのは変わらないな。上杉君には頼ったくせに。……まぁいい、政財界の方は俺に任せておけ。何かと便宜がいるだろ?』「ああ……そうだな」


 勇人から視線を逸らすと、藤川は眼鏡を外し、ポケットから取り出したハンカチでレンズを拭き始める。同席していた東、アイリーン、そしてカミラとアランの四人は、眉を顰めて二人のやりとりを見つめるほかない。


『ああ、そうだな……って! おい、お前のそういうところだぞ! 今回の炎上もなぁ……』


「おはようございます」


 その声に、勇人の声はぴたりと止まり、皆の視線は声のした入り口の方へと向く。入室してきたのは直人、ティム、サニ、そして田中の四人。直人は、卓状モニターテーブルの上に投影された男が誰なのか、すぐに気づいた。


「あ、じっちゃん」勇人は急に顔を綻ばせ、直人の方を見る。


『よ、よう! 直人。大変だったなぁ! 聖美さんと、沙耶もそっちなんだって?』「うん、昨日の夜から」直人はそう言いながら、準備されていた椅子に座り、後の三人も席に着いた。


 通信映像の男は、風間勇人。全日本PSI開発推進機構(Japan PSI-development and initiatives Organization 通称:JPSIOジェサイオ)の理事長であり、直人の祖父にあたる男だ。


『とにかく、支援はさせてもらうぞ。聖美さんと孫たちに不自由させるわけにわいかんからな! ……お前のためじゃねぇぞ! ははん!』一方的に喋り倒す勇人に無言で応えながら、藤川は眼鏡を掛け直す。


 すると、もう一つ、検問の警察指揮車から通信コールが入る。アイリーンが通信を受け入れると、勇人の映像の隣に、同じようなディスプレイが投影され、今度はスーツ姿に一縷の乱れもない、パリッとした男が現れる。


『……お待たせしてすみません。ようやく朝の検問が落ち着いたところで』『上杉くん! いやぁ、今回の件では、ウチ(・・)のコウが面倒をかけて』藤川より先に勇人が応じた。


『おや、風間理事長も』「呼んではなかったのだがな……」意外そうな表情を浮かべた上杉に、藤川は愛想なく返す。


『くぅう! 嫌なヤツだろ、コイツ!』『いえいえ……ところで、JPSIOの方は、今回の騒動に巻き込まれたりしてないのですか?』


『巻き込まれ?』上杉の問いかけに、勇人は、怪訝げに眉を寄せる。


『ええ。今回の炎上騒ぎ。あの二十年前の水織川の事故とIN-PSIDが結び付けられたのが、大きな要因の一つ。ですが、水織川研究所は、元々JPSIOの研究機関でした。当然、JPSIOも槍玉に上がっても良さそうなものです』


『そういえば……多少話題には出ても、こっちは大して騒がれないな。言われてみれば、変な話しだ』


「JPSIOは官民一体企業だ。日本政府の情報操作もあるだろうが……やはり『黄金の女神』の攻撃対象が、我々であることの証左であろう」


 一同の表情が固くなる。


「だが……このまま守りに徹していても、状況は悪くなる一方だろう。そのためにも、我々は一刻も早く、『黄金の女神』の正体を暴かねばならない。『ノヴス・ドミヌス』と名乗った、見えざる敵の正体をな」

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