波打際の輝石 1
「結界プロトコル、量子アルゴリズム、PSI-Link連動良好!」「ターゲットパルスは?」「待ってください……ターゲット……捕捉! …………成功です‼︎」「よし!」「続いて鳥海まほろば市境界セキュリティゲート、同期開始! カウンター結界、展開!」
夕刻。IN-PSID本部、中枢区画内——『PSIテクノロジー安全対策課』のラボに集う十数名のスタッフらは息を殺し、壁面の大型モニターを見つめる。そこには、鳥海まほろば市のヴァーチャルネットワーク通信網に展開された『カウンター結界』の、効力を色分けした模式図が示されていた。ヴァーチャルネットを通して、すでに街の通信圏まで浸透してきている『黄金の女神』のPSIパルスの赤色が、カウンター結界の青色に置き換えられていく。
「急拵えの割には……順調だな」同室に詰めている片山は、じっとその様子を見つめながら呟いた。
「当然ですよ。クククッ」片山の傍に立つブラウンスーツの若い科学者は、細長い眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
「松永……眼鏡なんてしてたっけ?」直人は、ボソリと言う。インナーノーツと主だったスタッフら(亜夢と真世は療養棟へ戻り、貴美子は病院へ、田中は帰宅している)は、様子を窺いにラボまで
「ふっ……これだから風間は。『知性的』! この、様式美を理解したまえ」「なんだ……伊達か」直人の呟きに、顔を引き攣らせる松永。
「松永くん、協力、感謝する。短時間でよくやってくれた」藤川は、モニターに表示される結界の効果率が、順調に上昇していくのを眺めながら労う。
「ふふ……元々都市ネットワーク防衛は、私の専門の一つですからね。こんなこともあろうかと、試作モジュールを重ねてきたのが役に立ちましたよ」再び眼鏡のブリッジを持ち上げながら、誇らしげに言う松永。彼は、IN-PSID附属大学で、直人と同研究室の同期だったが、その才を認められ異例の教授職についているだけのことはあるなと(大学で教鞭をとるものがこの時代少なくなり、若手でも登用される機会もあるとはいえ)、直人は素直に感心する。が……
「こんな時に言うのも何ですが。これほどの短時間に、ここまでの成果を出せるのは、この私くらいなものです。所長、つきましては、次年度の我がゼミへの研究費を……」松永は、臆することもなく、藤川に迫る。
「……うげっ……また言ってる……」アイリーンは、以前、諏訪での松永が関わった結界構築作業で、各チームの連絡管理を担当したが、その時の記憶が甦ってくる。この若き天才PSI工学博士の、この性格に、彼女は辟易していた。
「今回の開発にかかった費用と、今後の維持を見込んで……」藤川が眉を顰めるのも気にせず、松永が研究費を無心していると、大型モニターにバビロニア支部の方から連絡が入り、皆の関心は一斉にそちらへ向く。
『お疲れ様です。カウンター結界、バビロニア支部でも展開を開始しました。稼働良好です』方とバビロニア支部のスタッフにも、緊張から解放された安堵の表情が見える。
「ふふ、礼には及びませんよ。私の組んだモジュールを使えば、こんなこと……」得意げにメガネを持ち上げるのも三度目となる松永を遮り、藤川が一方前に進み出て、方に答える。
「うむ……今回は、バビロニア支部の働きに、大いに助けられた。君たちが一晩で開発したカウンターアルゴリズム……『マルドゥク』がなければ、対応も後手後手になっていたであろう」
『いえ……早いうちから黄金の女神の解析に取り掛かっていたのが、功を奏しただけです』方は、淡々と答える。
「バビロニア支部からもらったアルゴリズムを、松永のモジュールでネットワークに最適化して、展開したわけか」と直人。「うぐっ……わ、私のモジュールも、じゅ、重要なファクターだ!」「わかってるよ」と直人が答えている間に、松永は眼鏡のブリッジを押さえたまま、後ろへと後ずさっていった。
「カウンター結界は、本部、あるいは各支部を中心とした都市や拠点一帯ネットワークの重力セグメント(インナースペースを利用するヴァーチャルネットの制御には重力コントロールが用いられる)を包括的に保護します。これによりヴァーチャルネットのみならず、インナースペース次元からのサイバー攻撃への一定の遮断効果が期待できます」と、片山は淡々と説明するが、藤川や直人、東、アランらPSI工学的知識を持つもの以外の一同は、目を点にして表情を無くす。
「つまり、カウンター結界の効果範囲は、せいぜい拠点のある街単位ということだ。この範囲内では、ヴァーチャルネットを介して流れ込む『黄金の女神』の『サブリミナルパルス』を遮断し、我々の心を守ることができる」藤川は明瞭な声で言い切った。
「え、ちょっと待って。『サブリミナルパルス』?」「じゃ、じゃあ、なんか、街の人とか、みんな急に態度がおかしくなったのは?」ティムとサニは顔を見合わせ、藤川に答えを求めた。
藤川は、頷いて方へと向き直る。
「そうであったな?」『はい。解析を進めるうちに判明しました。『神の声』、あるいは『黄金の女神』が、ある種のサブリミナル・パルスを発信しているのは明らか。それは女神などとの遭遇に限らず、ヴァーチャルネット全域にも波及しており、ネットにアクセスした人々は、知らず知らずのうちに、その影響に晒されている可能性があります』「なんだって⁉︎」
方の説明によれば、『神の声』や、『黄金の女神』の出現はランダムであり、その遭遇情報も、ヴァーチャルネット利用数からすれば、はるかに少ない。おそらくそれは、『予言』を印象付ける演出である可能性が高かった。実際には、同時にヴァーチャルネットに浸透している、女神のサブリミナルパルスこそが、その本質であったのだ。
「なるほど……理屈は理解した。それにしても、この短時間でよく解明できたな」腕を組み、左手に顎を乗せたアランは、わざとらしい咳払いをする松永に構うことなく、片山の座るコンソールに表示されたアルゴリズムのパターンに目を凝らす。ぱっと見でも、数千万通りのシミュレーションがベースサンプルとなっていることがわかる。どうしても、一夜かそこらでできたアルゴリズムには見えない。
『<アマテラス>の皆さんは、この間のミッションを覚えていますか?』方は、アランの疑問に、逆に問い返してきた。カミラら、<アマテラス>の一同は、改めて方の映る大型モニターへと、体を向けた。
『ヒントは、あの時の<イシュタル>、そして最後に現れた、あの『黄金の女神』です』




