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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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変わりゆく世界 7

「……はい……もしもし……」


 指輪型端末のコールと振動に起こされ、寝床でうつ伏せのまま、直人は電話に出る。直人の声に反応して、端末は音声のみの通話を開始した。


『もう九時よ、お兄ちゃん! まだ寝てるの⁉︎』


 幾分甲高い、良く通る声が、耳を突き刺し、直人は目を半開きに開いた。


「……沙耶か……どう……した?」


 この夏休み。直人は大半を寝て過ごしている。カミラのお茶会以降、起きるのは食事の時くらいだった。直人は、休日をダラダラと過ごす方ではないが、過酷なインナーミッションは、知らず知らずのうちに、心と身体を疲弊させていたのだろう。 強い眠気と疲労感には抗えず、割り切って、徹底して休息に充てることにしていた。


『どうしたって……お兄ちゃん? ……あれ、お兄ちゃん⁉︎』再び微睡んできた直人は、返事も有耶無耶に、眠気に身を任せる。


『もう! お母さぁ〜ん! お兄ちゃんが!』『仕事で疲れてるんでしょう? また後にしたら……』『ダメよ! こういうことはすぐに聞いておかないと!』


 電話の向こうの騒がしさに、直人は身体を起こさざるを得ない。


「なんだ……沙耶。帰ってたのか?」『なんだっ……て。一昨日、夏休みで帰国したの! 帰るって連絡もしたのに! 来月のIN-PSIDのフェスに呼んでもらってたから、休み調整してもらって……って。そのIN-PSIDよ! もう、なんなの⁉︎ いったい‼︎』妹、沙耶は、捲し立てる。声楽家を目指し、ドイツに留学中の妹の声圧に、直人は気圧され、答える気もしないが……


 そういえば、微睡みの中で会見報道を見て……何やらネットが炎上しているようなニュースも、あったような……。ずっと眠っていて、何が起こっているのか、まるでわからない。


『ちょっと、沙耶。ナオ、そっちは大丈夫?』「えっ……あ……う、うん」


『もう……大丈夫? じゃないわよ。IN-PSIDの報道のせいで……昨日の夜から、お母さんの生徒さんが、今朝からレッスン休むとか、辞めるとか!』「えっ⁉︎」沙耶のその言葉に、直人は目を見開き、すぐにテレビをつけてみる。ちょうど朝のワイドショーの時間帯。沙耶の言わんとすることはすぐにわかった。


 母は、松本の実家で個人のピアノ教室を営んでいるが、そんなことになっているとは……


「ご、ごめん……母さん……オレのせいで……」


『うぅんん、貴方が悪いわけじゃない。気にすること……ないのよ。ウチがIN-PSID関係者って知ってるの……そんなにいないし……大したことは……」『何いってるの! こういう話は、すぐに広がるんだから! ねぇ、お兄ちゃん! IN-PSID、ニュースで散々、悪く言われてるけど、違うよね⁉︎ 二十年前の震災起こしたのも、IN-PSIDとか! デタラメ……』直人は、ハッと息を飲んだ。


『沙耶! もう、いいから。ナオ。こんな騒ぎ、何かの間違い、そのうち収まるわよ』「う、うん……」


 すると、通信端末が、別の通信の呼び出しを知らせる。IN-PSIDの緊急コールだ。


「呼び出し、みたいだ……ごめん、行かないと……」


『えぇ。私は信じてるから。IN-PSIDの皆さんも、貴方も。こっちのことは心配しないで』「ありがとう……」


 電話を切った直人は、しばらく俯いて、深く息を吐き出す。乱れた気持ちを整えて顔を上げると、ベッドから勢いをつけて立ち上がった。



 ****


 一時間後。IN-PSID本部、大会議室。


 東の招集に応じて、直人が会議室に入室すると、そこにはすでに、藤川、真世、田中、アイリーン、東のインナーミッションスタッフら、そして、亜夢とティムがすでに集まっていた。


 直人は、ティムの促しで、彼の隣の空いていた席に着く。そうしている間に、ちょうどその日の朝が退院だったカミラが、アランと貴美子に付き添われ、入室してきた。


「退院、おめでとう。すっかり元気そうだな」東は、入院の始めに見舞いに一度行ったものの、そのあとカミラと顔を合わせていなかった。


「ええ、おかげさまで」そう言いながら、カミラも席につき、その両隣に貴美子とアランも着席する。


 そして、案の定、一番最後にサニが駆け込んで来た。


「はぁ! よかった、間に合ったぁ!」「大丈夫、大丈夫! お前の遅刻は、織り込み済みだって」と、から笑いするティム。


「あぁら? アンタこそ、よく間に合ったわね。今日はおデェ〜〜ト、じゃなかったの?」デートという言葉に、一同がティムを覗き込む。


「え、あ、いや! なんでもねぇっすよ! はは、何言ってんだ、コイツ。はは!」ティムは、乾いた笑いで誤魔化した。ヒョンなところで、サニには穂波のことを嗅ぎつかれ、今日の予定も知られてしまったのだが……彼女のことはまだ公表してはいない。


「さぁては、フラれたな」ティムの隣に座ったサニは、小声で嫌味ったらしく言う。


「うるせっ」ティムは、ツンとサニから顔を背けていた。


 招集をかけた全員が集まったのを見計らい、東は全員を見渡して、口を開いた。


「休暇最後の日に、急にすまない。集まってもらったのは他でもない。皆も既に、状況は知っていることと思うが……今、世界中で話題になっている『神の声』、または『黄金の女神』の件だ」東は、単刀直入に切り出す。


「あ! それ、それよ!」すぐに反応したのはサニだ。「うん、もう! あのダンス教室のババァどもぉ〜〜! うぅうう‼︎」


「ババァ? おばぁさん? おばぁさんのダンスゥ?」ぽけらんと、亜夢は呟く。


「亜夢ぅ〜。ああいう乱暴な言葉遣いは、覚えなくていいのよぉ〜」亜夢の隣の席の真世は、引き攣った笑いで、亜夢を諭しながら、横目でキッとサニを睨む。


「ふん!友達と私(アタシたち)ばっかり、いつも先生に褒められてるからって、IN-PSIDの炎上ネタに、陰でコソコソ、チクチクと! 呼び出しがなけりゃ、半殺しにしてやったのにぃ‼︎」と、テーブルを両手で叩くサニ。


「ハンゴロシ??」「いいから!」またしても、ポワンとしながら新しい言葉をインストールしようとする亜夢を、真世が嗜めている。


「なんだぁ、お前もか」と、ティムはニヤリとして、先ほどの『お返し』をした。睨み返すサニ。


「既に、我々の周りにも影響が……それじゃあ、他の皆も?」東の問いかけに集まった皆は、深く頷いた。


 直人は、先ほどの電話の件を、アランは今朝の宿の件、ティムは適当に、はぐらかす。田中も、自身と妻の実家、それぞれから心配の連絡があったと言う。


「あ、それと……えーと、ホラ! こいつ‼︎」サニは、まだあんのよ! と言わんばかりに勢いよく立ち上がり、中空にホログラム投影すると、その画面にSNSのタイムラインを表示させで見せた。


「ミワ……ミツヒコ! あ、こいつ……この間、お前が見せてた、オカルト雑誌の⁉︎」すぐに反応するティム。直人は、息を呑み、俯いて画面から目を背けた。


「そう! あいつよ! みて!」サニはいいながら、タイムラインをスクロールする。


『IN-PSID大炎上! 二十年前の世界震災の真相はこちら』『震災は爬虫類人の仕業か⁉︎ 女神の予言はこうなる⁉︎』などと、自身の記事へと誘導する投稿がいくつも現れ、それがどれも表示回数が百万を超え、反応も数十万とついている。


「炎上騒ぎに便乗して、昨日今日で、大バズりしてんの! フォロワーなんて、千人程度の底辺アカだったくせにぃ!」そのフォロワーも百万近くに昇っている。


「……って、オマ……フォローしてたんだ……」どこか悔しそうにしているサニに、ティムは突っ込まずにはいられない。


「じょ、情報収集のためよ!」


「ミワ……カミラ。この間、報告してくれた例の記者か?」藤川が問う。「え、ええ。サニから話があったので、一応、お耳に入れておこうかと……」


「所長! こいつ、絶対なんか怪しいですよ! 気をつけた方が!」「う……ぅむ……この件も、考慮に入れておこう」サニに気圧され、藤川は眉を顰めながら答えた。


「お願いします!」サニは、ホログラムを閉じ、腰を下ろす。


「よ、療養棟の方も、大変でしたね」と、カミラは貴美子に話を振り、話題を変えた。


「ええ、昨晩から入居者の家族から、大丈夫なのか、とか他に移したいとか……なんとか、説得してるけど……病院にもクレーム電話が鳴りっぱなしだし……」貴美子は頭を抱えた。附属病院だけでなく、IN-PSID本部にもクレーム電話が後を経たない。なんとかAI応答で対応しているが、通信を逼迫している。


「……それについては、通信解析を入れ、対処する。もう少し待ってほしい」と藤川。皆は、頷き口を閉ざした。


 藤川は身を乗り出して一同を見渡す。


「……皆、こんな事態になり、申し訳ない。一重に私の、不徳の致すところだ」と、藤川は、頭を下げた。


「何をおっしゃいます! あの会見は、国連の要請で……!」「そうですよ! 断れる感じじゃ、なかったじゃないですか!」東とアイリーンが、強く声を上げる。


「事情はどうあれ……世界に伝えるべきことは伝えねばならない。そういう想いで臨んだ会見だ……こうなった責任は、私が一切を受け合う」


 藤川の強い覚悟に、皆、言葉が出ない。


「所長……」重い沈黙を破ったのは、カミラだった。


「この一週間……私は、患者としてお世話になりました。七年前にも。でも、七年前とは、全く違った。療養棟のスタッフや患者さん、見舞いに来てくれた皆……その気持ちが、温かかった。まるで家族のように」


 カミラの穏やかな語り口に、皆の緊張が和らいでゆくのを、隣に座り、彼女を黙って見つめるアランは感じていた。


「IN-PSID……ここは、私にとって大切な家。皆が待つ、帰るべき場所。いつの間にか……そうなっていたんだなって……皆は、どう?」カミラは、微笑んで皆の顔を見回した。


「なぁに改まってぇ。今更、気づいたんですかぁ? 隊長」と、微笑むティム。「だぁからぁ! こんなに、頭に来るんじゃない!」サニのムスッとした口元にも笑みが戻る。


「……お前も、そうだよな、ナオ!」と、ティムは

一人、硬い表情のまま俯いている、隣席の直人の肩を叩く。ハッとなって顔を上げる直人に皆の視線が集まる。


「……オレは……オレも……ここが……ここしか……ないから……」皆の視線から逃れるように直人は、また俯く。そんな直人にカミラは小さく微笑んで、最後に隣のアランを見つめる。アランはただ、一つ頷くだけだった。


「所長……これが皆の気持ち……ここは、そういうところ……」


亜夢も、真世、田中、アイリーン、貴美子、そして東も、皆、呼吸を合わせたかのように、一斉に頷いた。


「……喜びも、苦しみも……皆で共に。この困難も皆で、背負わせてください!」カミラの願いと共に、一同の視線が藤川に注がれる。


「……ありがとう、皆。おかげで私の腹も決まったよ。大切な仲間、家族、そしてこの場所。どんなことがあっても守り抜く。たとえ、この先、世界を相手に、戦うことになろうとも」藤川の言葉は、いつになく重い。再び会議室の空気が張り詰める。だが、皆は互いの顔を見つめながら頷き合った。


 藤川は、一人一人の表情を確かめるように見つめ、それから自席のコンソール端末から通信ウィンドウを立ち上げる。


「片山くん」と、藤川が呼びかけると、しばらくして通信ウィンドウに、白髪混じりの前髪を短く切りそろえた、堅物な男性が現れる。IN-PSIDの副所長を務め、またPSIテクノロジー災害全般の研究者でもある片山徹である。そして片山の背後から、こちらを覗き込む男がもう一人。IN-PSIDの制服ではなく、インテリジェントな細身の眼鏡とブラウンのスーツがどうにも似合わない、ニヒルな笑みを浮かべたその男は……


「あ……松永……」直人は思わず、その男の名を口にしていた。

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