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INNER NAUTS(インナーノーツ)第二部  作者: SunYoh
第四章 ノヴス・ドミヌス

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変わりゆく世界 6

 所長室に入室すると、すぐに東は客席のソファーに腰掛け、手にしたタブレット端末を立ち上げて、室内のインフォメーションモニターに画面を共有する。アイリーンと藤川もソファーに腰を下ろし、モニターを見やる。


 東は、ヴァーチャルネットにアクセスし、先程のSNSのタイムラインを始め、いくつかのリアルタイムのニュースサイトの検索を始める。IN-PSIDの会見は、速報記事となってニュースサイトにも上がっていたが、すでに数千に登るコメントが付いていた。その大半が、IN-PSIDへの感情的な批判で埋め尽くされていた。


『そのご様子ですと……まだ、この事態は?』電話が繋がったままの上杉が問いかけてきた。


「えぇ。今、会見を終えたばかりで」「まだ二〇分程度よ……なのに、この反応は……」アイリーンは、背中にゾワりとした感覚を覚え、身体を小さく震わせた。


『えぇ、ヴァーチャルネットには、強力な拡散力があるとはいえ……このスピードは、なかなかありません』上杉は言う。


 藤川ら三人、そして上杉と葛城は、しばらく押し黙り、次々と現れるコメントを見つめる。コメントは、次第に二十年前の『世界同時多発地震』に言及するものが増えてきている。日本だけでなく、世界の各地からもコメントが出始めていた。


『世界同時多発地震。アレの発端は、日本の水織川研究所。IN-PSIDは、その水織川研究所を前身としている』『ほらきた! やっぱり、アイツらが、また災害を起こそうとしてる!』『女神の予言が正しかったんだわ!』『予言の言う悪って! やっぱり、IN-PSIDなん⁉︎』『#IN-PSIDはINvent-PSID(発明-PSI特性災害)』……


 腕を組んで眉を顰めた藤川の、厚手の眼鏡のレンズにモニターが映し出す、罵詈雑言のコメントが映り込む。


『あの二十年前の世界震災……水織川研究所。やはり紐づけられてきましたね』上杉は、静かに語りかけてくる。


『……もちろん、アレは不幸な事故と解明され、一般的にも、そう認識されています。ですが、人の感情はそう簡単に、納得できるものではありません。こうなることは、当然、想定されていたはず……なぜ、あのような会見を?』藤川は、押し黙ったまま、モニターを凝視し続けている。


『……まぁ、ご事情は色々とお有りかと。ですが、この件、このままでは大事にもなりかねません。先日の捜査にご協力頂いた恩もあります。我々にできることがあれば、いつでもご連絡を……』上杉の申し出に、藤川が短く礼を伝えると、上杉は電話を切った。


「所長……」東、そしてアイリーンは、凍りついた表情のまま、藤川の険しい顔を見つめる。藤川は腕を組んだまま瞑目し、何も答えない。


 すると、東の端末にIN-PSIDのイントラ専用チャットに着信が入る。バビロニア支部の(ホウ)からだ。会見と、その後のヴァーチャル・ネットの荒れ用を心配する短いメッセージと共に、直接話せるか、訊ねてきている。


「所長、繋いでも?」「……ん、ああ。頼む」


 東はチャットから画像通信に切り替え、モニターに出す。モニターに現れた方が口を開く。


『東さん、会見の方は、なんだか大変なことに……あ、藤川本部長もご一緒でしたか』藤川は軽く頷いて応えた。


『黄金の女神の件……少し解析が進んだので、ご報告を、と思いまして。もちろん、この騒ぎにも関って来るかと……』


 東、アイリーン、そして藤川の三人は、モニターの方へ身体ごと向き直って、方の言葉へと耳を傾ける。



 ****


 鳥海山麓の朝は、薄霧に包まれていた。一晩を過ごした宿の小さな部屋に、ヤマガラの鳴き声が、清涼な風に運ばれて、開いた窓から流れ込む。朝風呂に熱った身体をそっと撫でていく空気に、夏から秋への移り変わりを感じながら、アランは出発の準備を整えていた。


 この四日ほどの遅めの夏休み。アランはIN-PSID近隣の、出羽三山を巡り、昨日は、鳥海山に登頂した。鳥海山は、アランのホームマウンテンで、一晩滞在したこの常宿は、IN-PSID職員の保養施設ともなっている。


 身支度を整えたアランは、勝手知ったる宿の朝食会場へと向かう。ロビーまで来たところで、猫背の頭髪が薄くなった、七十手前ほどの小柄な男性を見かける。この宿の主人で、常連のアランは、彼とはすっかり顔馴染みだった。


「おはようございます」と声をかけるアラン。肩をびくつかせ、主人は、アランの方を向いた。


「や、やぁ……おはよう。よく、眠れたかい?」


 廊下に出てきた他の客をチラチラと気にしながら、どこか気もそぞろな主人に、アランは眉を顰める。


「どうか、しましたか?」主人は、もう一度、辺りを見回すと、ほど近い事務所にアランを引き入れ、付けっぱなしになっていたホログラムテレビを指差す。昨日、ちょうどアランが、山から降りて来ている頃に開かれていた、IN-PSIDの会見の様子が映し出されていた。


『世界同時多発地震、再び⁉︎ 炎上するIN-PSID会見』ニュースのテロップが大きく表示され、アナウンサーが、この一晩にヴァーチャルネット上に集まったIN-PSIDへの批判の数々を紹介しつつ、否定的なコメントを述べている。アランは息を呑み、顔を顰めた。


「なんだ、まだ見てなかったのかい?」呆然と画面を見つめるアランに、主人は問う。


「えっ……あ、はい……」


 昨日は、いつもより山を満喫し、下山に時間がかかってしまい、宿に戻ったのは夕刻頃。すぐに温泉に浸かり、食事を済ませると、連日の登山の疲れからか、泥のように眠ってしまった。その間、ニュースもSNSも全くチェックしていない。そもそも、山に来る目的の一つは、そうした世間の雑音から離れるためだ。アランはプライベートと緊急の通信以外、オフにしていた指輪型通信端末を、思い出したように起動させた。それを見て、宿の主人は、苦笑いを浮かべ、アランを見つめた。


「いや……すまんなぁ……私は、長年お前さんらとは付き合いがあるし、こんな報道は、おかしいとわかるさ。けど……こういう商売はね。イメージがあるから。しばらくは、おたくらとは……」苦々しい表情を浮かべた主人は、俯いて、アランから視線を逸らした。


「……ええ、わかります……朝食、頂いたら、すぐに立ちますので……」「……本当に、すまないなぁ……」主人は、顔に刻まれた皺を更にクシャッとさせ、アランを見上げ、寂しそな笑顔を作ると、先に事務所を出て行った。



 ****


 朝九時を迎える頃。『鳥海まほろば』駅の構内は、朝の通勤、通学が落ち着いて、静かなものだ。改札までやって来たティムは、あたりを見回し、それからほど近い待合室へと足を運ぶ。


「あれ、まだ……か?」と、ティムは、無人の待合室に腰を下ろし、左手の指輪型端末から通信ディスプレイをホログラム投影する。そこに表示された時刻は、待ち合わせの時間をとうに過ぎていた。怪訝げな表情を浮かべたまま、ディスプレイに『連絡先』を開いて、操作していると、着信コールが頭の中で鳴り響く。ティムはすぐに応答した。


『……あ、もしもし、ティム? もう……駅、よね?』ディスプレイ画面に現れた、線の細い女性が、眉を寄せて、申し訳無さそうに声をかけて来た。


「どうしたんだい、穂波? え……まさか、まだ家?」穂波は小さく頷く。ティムは、顔が引き攣るのを抑えることができない。


『……今朝のニュース……見てる?』「え、いや……ひょっとして、昨日の会見の?」そう言いつつ、ティムは待合室を見回すと、室内のインフォメーションディスプレイに、ワイドショー番組が流れている。IN-PSID会見の炎上騒ぎを扱っているようだ。PSI災害の専門家や学者らが、思い思いにコメントを語っている。電話を横に、聞き耳を立ててみれば、IN-PSIDの態度、姿勢に対し批判的に言及し、正論めいてはいるが、ネットの騒ぎに便乗するような発言をしている。昨日からの騒ぎは知ってはいたが、ここまで話が大きくなっているとは……ティムは愕然となる。


『今朝……ニュースを見た父が……』穂波が、言葉を詰まらせながら話し始めた。


 穂波が言うには、父が報道を間に受けて、ティムとの交際に、反対し出したという。


 この日は、穂波の息子、航星を連れて、三人で近くの水族館に行く予定だった。しかし、父が出かけるのを許さない。今日を楽しみにしていた航星が、どうしても出かけるといって聞かず……


『それで……航星が……父と喧嘩になってしまって……その……今日は……ごめんなさい!』穂波は、俯いている。


「……オッ……オッケー……まぁ、そういう……状況じゃ……な……。ま、まぁ、水族館はまた、そのうち……」『ごめんなさい……お互いの……ためにも……しばらくは、その……』


「…………だな……」『じゃ……じゃあね……』穂波は、静かに画面から消える。


「……ヘビィだなっ……ったく……」穂波の消えたディスプレイをそのままに、待合室の椅子に背中を埋め、ティムは天井を見上げて、一人、呟いた。

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