変わりゆく世界 5
「……藤川所長……いや、流石ですね。記者達の質問に流されず、あの『神の声』の危険性だけは、ズバッと!」会見のリアルタイム放送の一部始終を見終えた葛城は、嬉々として言うと、追加の煎餅を口に運ぶ。
「ええ。今、IN-PSIDが言えることは、これくらいでしょう。妥当な会見です。ですが、葛城くん……何か、感じませんでしたか?」上杉は、生徒の勉強を見る、先生のような口ぶりで問いかけた。
「はぁ? えっ……と……」葛城は、座っていた椅子ごと振り向いて、彼の後ろに立つ上杉を二、三度、瞬きをして見る。
「……わかりませんか? そもそも……この会見自体……。ん? あ、ほら、さっそく反応が……」上杉は、端末の画面の方を指し示し、葛城に注目を促す。葛城は、再び椅子を回して、画面に向き直ると、上杉が示した、会見動画に付随したコメント投稿欄を拡大した。
「……おい、おい、おいおい! なんだよ、これ」口に運びかけた煎餅を戻しながら、葛城はコメント欄をスクロールしていった。
『嘘つきIN-PSID』『何か隠してる』『無責任な声明』IN-PSIDの声明に、明らかに否定的なコメントがいくつも並ぶ。理解を示すコメントも時折投稿されるが、すぐに大量の批判コメントにかき消されていく。立ち上げたままのSNSのタイムラインにも、同じようなIN-PSID批判コメントが、ポツポツと現れ始める。
「……まあ、こうなりますか……」と上杉。
「え、いや、なんなんっすか、ってこうなりますかって、えぇええ⁉︎」
「IN-PSID……だからですよ」
ますますわからない、と眉を顰め、口をひん曲げた葛城を横目に、上杉は、カップに残った紅茶を静かに飲み切った。
「ですが……思ったより状況は悪そうです。葛城くん、至急、IN-PSIDの藤川所長に連絡を」「えっ⁉︎」「ことと次第では、我々も動く必要があります。手早くお願いしますよ」「あ、は、はい!」
葛城は、指輪型の自端末を起動させ、手のひらにホログラムの通信端末を投影すると、すぐにIN-PSIDへの電話をかけ始めた。
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長い白髪の老翁は、両手に乗せた、手びねりの鈍く黒光りする茶碗を傾け、茶を飲み干すと、亭主を務める尼僧へと茶碗を返す。茶碗を受け取った尼僧は、茶巾で静かに茶碗の口縁を拭く。
「待たせたな」白髪の老翁、風辰は、右手側の方へと身体を向け、声をかけた。
茶室の障子窓から差し込んだ、柔らかな日差しが作る陽だまりの中に、その場には不似合いの、厳つい宇宙服のようなもの(PSI現象化防護服)に身を包んだ男が、姿を現す。天井に仕込まれた投影機が作り出すホログラムだ。
「三宝神器の調整作業……ご苦労様ですこと」尼僧もホログラムの男の方へ向き直ると、声をかけた。
『ありがとうございます、夢見殿』
長身で、顔立ちが整っている一方で、癖のある伸びきった髪を無造作に束ね、髭も濃くなっている。その男に静かに微笑みつつ、尼僧が小さく溜息を漏らしたことに、老翁は気づかない。
「それで?」
『はい。三宝神器で観測している、集合無意識スペクトルに異常変動が……調べたところ、これが……』
男のホログラムが瞬時に切り替わり、ヴァーチャルネットの大手SNSのタイムライン、そして先程のIN-PSIDの会見の記録映像に置き換わる。風辰と尼僧は、その画面を覗き込んだ。
「……ほう、何やら、面白いことになっているな」風辰は口角をやや上げながら、眉間の皺を深く刻む。
「……これは一体……まさか……」尼僧が何かに気づいて、風辰を見つめる。
「うむ……『ヒルコ』なら……これくらいのことはやれる。そうであろう?」
『ええ、お察しのとおり。集合無意識スペクトルのパターンが、このように……』防護服の男の声が答えると、ホログラムに二つのスペクトル波形図が表示され、重ね合わさっていく。
完全にとは言えないが、『HIRUKO?』と表示された高く伸び上がる波形に、『集合無意識サンプリング』と表示されたスペクトルの波形が追従しつつあるように見える。
「ヒルコが……IN-PSIDを?」尼僧が顔を曇らせる。風辰は腕を組み、思案を巡らせる。
「……あそこには、『神子』が……」尼僧は構わず続けた。
「わかっておる……」風辰は、しばらく瞑目し、再び両眼を開いた。
「バビロニアの方に連絡を。データを提供してやれ」『はっ、直ちに』男が短く答えると、ホログラムが消え、その場に元の柔らかな陽だまりが戻ってくる。
「また……IN-PSIDの手助けを?」尼僧は、釜から柄杓で湯をとり、建水に注いで、手速く茶筅を濯ぐ。
「神子の安全が最優先だ。それに……」
尼僧は、茶筅の水気を切って、立て置き、身を起こして風辰を見つめる。
「ヒルコを放ってはおけぬ……」
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会見の終了したIN-PSID本部エントランスロビーは、機材を片付ける音、その場の記者やIN-PSIDのスタッフら人の声で雑然としている。
藤川が腰を上げると、記者が群がってくる。もうニ、三、コメントを引き出そうとする彼らに一礼だけして、藤川はアイリーンを伴って壇を降りる。追いかけようとする記者らを会場のスタッフらが止め、藤川、アイリーン、東の三人は、上階へと上がるエレベーターへと向かう。その途中、藤川は、頭の中で着信コール(脳感応式通信端末による)が鳴るのを感じ取り、広げた掌に、指輪型端末が映し出すホログラムの通信画面を表示させた。事務スタッフの女性が、端末に出る。
『所長、お電話です』「電話? どなたかね?」
話している間に、藤川、アイリーン、東の三人は、エレベーターホールまで来ていた。上階行きのエレベーターが出迎えるように、ドアを開けたので、三人はすぐに乗り込んだ。ロビーの喧騒が忽ち遠のく。
『えぇと……警察庁広域特捜課の……葛城とおっしゃる方からです』「広域特捜課の?」
藤川のその問い返しに、警察からとあってか、東とアイリーンが関心を示したので、藤川は画面を空間投射し、音声を外部スピーカーに切り替えてから、スタッフの女性に電話を取り次ぐよう伝えた。女性スタッフに変わり、通信器のスクリーンに、四十代ほどの細身の男と、スーツ姿の、身なりの整った六十前後の紳士が現れる。
『藤川所長、ご無沙汰しております。広域の葛城です』『突然、すみません。その節はお世話になりました。上杉です』画面の向こうから二人は軽く会釈する。
「藤川だ。何かあったのかね?」藤川が返事を返した頃、エレベーターが上昇を始めた。
『会見、お疲れ様でした。拝見いたしました。その会見のことで少々……葛城くん』『え、えぇ。あのぉ、会見配信のコメント、見られましたか? あぁ、それとこっちも』そう言いながら、葛城は、通信を画面共有に切り替える。中空に描かれたモニター画面に、配信動画に付いた無数のコメント、SNSのタイムラインに、次々と湧いてくるコメントが浮かび上がる。三人は目を丸めた。
「こ、これは……」「えっえぇえ⁉︎」東とアイリーンは顔を青ざめさせ、藤川は無言のまま画面を凝視する。その時、エレベーターのドアが開いたが、三人はしばらく身動きが取れずにいた。




