変わりゆく世界 4
四十近いレンズの眼が壇上に向けられ、そこかしこで機械の動作音、マイクチェックの騒がしい声が、報道の場を整えていく。登壇して席に着いた藤川には、それが会見に臨む、一つの儀式のように見えた。
この時代には骨董品ともいえるような磁気テープが、大型のビデオカメラや録音機材に、感光フィルムがアナログのカメラにセットされる。PSI時空間テクノロジーの発達したこの時代、カメラという物を使わずとも、空間の映像、音声の収録が可能な技術まである。しかし、報道機関では、前世紀でもすでに時代遅れとなっていた「原始的」な録画、録音機材が(時代に合わせた進歩が幾分あるとはいえ)用いられるのが当たり前となっていた。
映像、音声の情報は、いくらでも作り変え、無からでも創造できてしまう。もはや記録そのものの信憑性が、著しく希薄となってしまっていた。そのような状況で、俄かに加工がしにくい磁気テープやフィルムといった、一部、芸術分野で表現材料として使われる程度になっていた過去の遺物が、数十年前から再び日の目を見るようになってきている。今では報道や、公的な一次記録は、磁気テープやフィルムの『原本』が存在しないと、記録としての価値を認められないのであった。
「……定刻となりました。お集まり頂きました、報道関係の皆様、ありがとうございます。本日の会見は、昨今、巷で話題となっている『神の声』、あるいは『黄金の女神』とされる、ヴァーチャルネットの現象、そして、その『声』が語る、『来るべき大災厄』について、国連の見解を、広く世界の皆様へお伝えすることを目的としております」司会を務める東が話し始めると、IN-PSID本部中央区画のエントランスホールに響き渡っていたざわめきが、潮が引くように静まってゆく。
東は、会見に先立ち、IN-PSIDが国連を代表して、今、社会問題になりつつあるこの事態への見解を発表するに至ったか、その経緯をかいつまんで説明する。説明を聞きながら、藤川は昨晩感じた違和感を、想い返さずにはいられなかった——
「……その声明を……我々から?」音声のみの電話を、IN-PSID本部の自室|(所長室)で受けた藤川は、眉を顰めた。電話の相手は、IN-PSID顧問団団長、ウォーロックである。
『君らの他に、適任なものもおるまい』と、ウォーロックは言い切る。
「はぁ……」藤川は、気が乗らない返事を返す。ウォーロックは構わず続けた。
『神の声』『黄金の女神』のヴァーチャルネット出没は、たった三日ほどで世界中の話題となっている。あらゆる公的機関の通信網にも現れ、もはやヴァーチャルネットの怪事件として、見過ごせる問題ではなくなってきている。ウォーロックによれば、その日の、国連のヴァーチャルネット会議にまで出現したという。
インナースペーステクノロジーを多分に用いたヴァーチャルネットの安全性が問われる事態であり、そのテクノロジーの最先端で、セキュリティの研究にも携わるIN-PSIDが、国連の声明を出すのは妥当であろうと、ウォーロックは煽り立てるように言う。藤川は、二、三、相槌を打ちながら、彼が語るに任せていた。
『国連も混乱していてな。君たちの顧問である私にも、あれやこれやと……少しは、私の身にもなってもらえたら、嬉しいのだが』と、ウォーロックは、乾いた笑いをたてた。相変わらず、人を包み込むような、話の上手い男だと思いながらも、藤川は渋々、承諾する。
『おお、やってくれるか! ありがとう、Dr.藤川。会見の手配、資料の原案はこちらで準備する。恩にきるよ』
「我々の方でも、資料の内容を確認する時間が欲しいですな。日本時間の明朝には頂けますかな?」『わかった。すぐにかかろう。あぁ、それともう一つ……』ウォーロックは軽く咳払いをして、声の調子を整える。
『Dr.藤川は、その『女神の予言』については、聞き及んでいるかな?』「……人類滅亡とか……よくある終末思想だということは……』
『うむ。私の方に集まった情報によると、その内容なのだが……』——
藤川は、自分に向けられたカメラと報道陣の瞳が、その答えを欲しているのを具に感じていた。
『黄金の女神』に対する見解を、共に登壇したアイリーンが、最初に英文で、続いて日本語で、国連側が用意した原稿を読み上げる。
『神の声』『黄金の女神』の目的、発信者は未だ不明であり、IN-PSIDも調査を始めたところではあるが、セキュリティレベルの極めて高い公的機関のネットワークにも入り込んでいる事象が、すでに数百件に上っており、何らかの高度なハッキング技術を有する者が関与していると考えられる。旧来のインターネット階層は、メッセージ、及びホログラム等の情報量から推測して、それに対応できないため、出現の可能性は極めて低い。緊急、重要性の高いデータの授受は、容量を圧縮の上、インターネット階層を使うことを推奨、また、ヴァーチャルネット内で『神の声』『黄金の女神』との遭遇があった場合は、ヴァーチャルネットへの接続を停止し、速やかに契約のプロバイダーやセキュリティ管理者へ連絡するように、といった、常識的な内容にとどめた声明だ。藤川も事前に一読し、特に修正することもなかった。
「……もちろん、我々、IN-PSIDにも情報をお寄せください。テロップに表示されておりますコードを、セルフ端末で読み取り……」と、アイリーンは情報提供を呼びかけ、国際機関、あるいは警察関係等と協力しながら、事態究明を進めると、結んだ。質問を受け付けるが、記者団からも無難な質問ばかり。アイリーンは、事前に打ち合わせたとおり、これから調査すると答えるに留め、東も頃合いを見て、質問を打ち切る。
「それでは、次に『神の声』の予言について、IN-PSID本部代表、藤川よりお話しいたします」東は、眉を顰め、強張った顔のまま藤川に目で合図した。藤川は、頷いて応え、報道陣を改めて見渡す。
「IN-PSIDを預かる藤川です」藤川は、ゆっくりとした口調で話し始めた。アイリーンが、英語に同時翻訳し、それに追従する。
「さて……『神の声』、あるいは『黄金の女神』の予言……その内容は、皆様の方がよくご存知かもしれませんが、改めて要点をまとめました」藤川の言葉に応じて、アイリーンが資料を中空に投射したホログラムスクリーンに表示する。その内容は、既に様々な尾ひれが付いて、拡大解釈、さらには新たな予言まで便乗して拡散されているような現状ではあるが、『神の声』『黄金の女神』が言ったとされる内容は、次の三つに絞られている。
①世界規模の大災厄が、近いうちに起こる
②その破滅を導こうとする悪き者がいる
③『神の声』『黄金の女神』を信じ、悪と戦う者が救われる
「……まず、これらの『神の言葉』は、典型的な終末思想を持つ宗教観には、普遍的にみられる型であり、特筆して新しい思想ではありません。ですが、これは集合無意識の『死と再生』の元型であり、インナースペースレベルから、個の無意識へと強く働きかける確かな作用があることを、ご忠告申し上げたい。目的はわからないまでも、ヴァーチャル・ネットという、無意識レベルでネットワークに繋がれる空間で、利用者にダイレクトにアプローチしてくることから考えて、何らかの意図への強い誘導、洗脳の可能性があり、極めて危険性が高いものと考えられます」藤川は、自身に向けられたカメラの向こうの一人一人に語りかけるつもりで、じっと見渡す。記者団がざわつき始める。
「……それで、この『予言』は確かなのですか?」「そうですよ! 世界的PSIDの可能性があるんじゃないんですか?」「皆、それを知りたいんだ!」
「二十年前の世界大震災! あんなのは二度とごめんだ!」
藤川は、口を固く結び、東は静まるよう呼びかけた。アイリーンは、心配気に藤川を見つめ、東も顔を硬くして、藤川の出方を窺う。
藤川は、さっと手をあげ、そして再びマイクをとった。
「よろしい……では、そのことについて、お話ししましょう」藤川のその言葉に、場内のざわつきは、次第に収まっていく。
「……大災厄があるかどうか……予言は、PSI特性災害、つまりPSIDとは明言してはいない。が、世界的な規模の災厄があるとすれば、やはり皆さんのお考えどおり、巨大PSIDの可能性が最も高い。それは現在、国連も、我々も認識しているところです」藤川は、ゆっくりと、丁寧な口調で語りかける。会場は元の静けさを取り戻し、藤川の言葉に皆、傾聴する。
「……実際、その可能性を探る研究を進め、日々、PSIDの発生を未然に防ぐよう、あるいは被害を最小限に食い止めるよう備えるのが、我々IN-PSIDの使命ではあります。そういった意味では、常に、『巨大PSIDの可能性は、ある』……とだけ、お答え致します。しかし、その時期、また規模まで、ここで申し上げることはできません。ただ、インナースペースの観測は、流動的なものではありますが、ただちに破滅的な危機につながるような事象は、今のところ観測されておりません。万が一、危機的な状況が確認された場合には、国連から声明を出し、皆様の安全と安心に、最大限の努力を払うことをお約束します。予言に振り回されず、ヴァーチャルネットとは、適切な距離を置いて、穏やかに日常をお過ごし頂くよう、お願い申し上げます。私からの話は以上です」
一気に話し切った藤川は、マイクを置き、口を固く閉ざし、記者らをもう一度見渡した。記者らから、次の質問が上がることはない。重い空気が会場を包み込んでくるのを感じながら、東は急ぎ気味に、会見を閉じた。




