変わりゆく世界 3
『ヴァーチャル国際シンポジウムに黄金像、現る⁉︎』『世界の破滅⁉︎ 『神の声』戦慄の予言』『黄金像は、女神か? ヤハウェか?』『地球規模の大厄災カウントダウン! 二十年前の世界同時多発地震を上回るか?』
昼下がりの午後、自席の端末が中空に映し出すモニター画面に、センセーショナルな記事のタイトルが踊る。刑事、葛城は、このところ増え続けるその話題に、嫌気がさしていた。
『神の声』『黄金の女神像』……そんなネットの噂が流れ始めたのは、ほんの四日ほど前。それが今や、ネット、SNSだけでなく、世界中のテレビを始めとする各種メディアも、連日、この報道を朝から晩までやっている。公的な機関のネットワークにも出没するなど、バーチャル・ネットワーク全域におけるセキュリティーへの不信、懸念も噴出する一方で、そうした制約を超え、神出鬼没に予言を授ける光り輝く存在は、人類を遥かに凌ぐ高等生命体、あるいはまさに『神』を彷彿とさせ、人心を魅了する。この短時間に社会現象となるのは、わからない話ではない。が、しかし、インナースペース、PSIテクノロジー全盛のこの時代にあって、『足で捜査』せざるを得ない事態に、幾度となく接してきた刑事の勘が、違和感の臭いをかぎ取っていた。
「噂の『神の声』。だんだんと、予言が過激になってきてますねぇ〜」後ろからの声に、葛城は振り向く。
「とっ……上杉さんまで。こんなバカ騒ぎに関心が?」
左手に乗せたソーサーから、ティーカップを口に運び、上杉はゆっくりとカップを傾けた。アールグレイの柑橘系のフルーツを思わせる香りが、葛城の鼻腔をくすぐる。
「ったく……オモトワの行方不明者は、まだ二千人近くもいるってのに。SNSはこんな話題で持ちきり。全く手がかりなしっすよ」
「事件からもう三ヶ月……世間の関心が薄れるには、確かに、十分過ぎるくらいです」上杉は、涼やかな瞳でモニターを見つめたまま言う。
ヴァーチャルネットの人気サービス『想いは永遠に(通称、オモトワ)』が引き起こした、大量誘拐および殺傷事件——
仮想現実で、逢いたいと想う相手に会える。普段、会えなくなった相手だけではない。架空の人物でも、アイドルでも。そして、すでにこの世にいない人物にも……逢いたいと願う相手に出会える、そのリアルを超えた体験を提供する『オモトワ』は、話題に話題を呼び、一大センセーショナルを巻き起こしていた。
しかし、三ヶ月前。『世界同時多発地震』から、ちょうど二十周年を迎える頃。オモトワが震災メモリアル企画として、被災者やその遺族に優先アクセス権を与え、死者との対面を実現すると謳ったサービスを展開。被災者、遺族の多くが、飛びついた。その一方で、同じ頃、世間では人が突然、行方知れずとなる『神隠し』が話題となり、捜索願いが急増していた。
警察庁広域特捜課の上杉と、彼の相棒、葛城は、この捜索願いの急増に事件性を疑い、捜査に乗り出した。『オモトワ』の関与を疑った彼らは、インナースペースに及ぶ『オモトワ』のテクノロジー調査をIN-PSIDに依頼。その調査結果から、事件解決へと導いたのだが……
カルト教団の信者拡大を狙った大規模誘拐、殺傷事件で、オモトワがそれに関与していたという事で幕引きされたが、上杉も葛城も、事件にはもっと深い闇を感じていた。現在は、捜査本部も上層部の意向で解散。未だ『オモトワ』絡みの行方不明者の捜索優先度も下がり、まだ捜査継続しているのは上杉、葛城の特捜班だけだった。
共に事件解決にあたった、刑事課の成田、新見らは、文句を言いながらも手を貸してくれてはいるが——先日、別の大物事件に応援に呼ばれたと鼻高で、嫌味ったらしく手伝いを断ってきたのが思い出され、葛城は、苛立ちを手元の煎餅に乗せ、ぼりぼりと音を立て始めた。
「……けど。だからこそ、誰かが探し出さなきゃ。どこかで今も、救い出されるのを待っているなら」と、葛城はSNSのAI検索に、「オモトワ。行方不明者」などと音声入力するが、またしても神の声や黄金の女神に関する投稿を部分一致、類似一致で引っ張り出してくる。
「あー! くそっ、だからそうじゃねぇっての!」葛城は、小綺麗にセットされた髪を掻きむしる。そんな葛城を横目に、上杉は紅茶をもう一口飲む。ふと、目に入った投稿に、上杉はカップをソーサーに戻し、葛城の机に置いた。
「葛城くん」上杉は、気になった記事を指差した。葛城は、ゆっくりとその記事を声に出して読み上げる。
「『噂の黄金の女神。オモトワみたいな胡散臭さがある。あれはカルト教団のサブリミナルだったていうけど、今度もどっかのカルトが仕掛けてんのかな』……サブリミナル⁉︎ 上杉さん!」
「ええ。十分、あり得ると思いますよ。オモトワの影響は、あのサービス利用者のみでしたが。インナースペースを利用したヴァーチャルネットは、今では、人の無意識層にも干渉し、よりリアリティのある仮想体験を実現しています。もちろん、無闇矢鱈な干渉は、国際的に決められたガイドラインに沿って、厳しく制限されますが……あのオモトワが示したように、それを抜けて、ダイレクトに人の無意識に働きかけることは、不可能ではない」
「確かに……こんな短時間で、社会現象になるのは、なんらかのサブリミナルも……」「まだ、断定はできませんがね」
「まさか……『オモトワ』と『神の声』騒動……何か繋がりがあると、上杉さんは考えて?」「……さぁ、どうでしょう……ですが……」少し、戯けたような口調で、上杉が答えている間に、SNSのタイムラインに、リアルタイム中継の情報が投稿される。
「おや……これは?」上杉は、グッと身を乗り出して投稿を覗き込み、そこに添付された映像をジェスチャー操作で拡大した。
「国連主催の記者会見? ……あれ、ここは?」葛城は、映像に映る施設に見覚えがあった。三ヶ月前、上杉と共に訪れた場所だ。
「ええ。IN-PSID本部ですね。あ、藤川所長」
上杉と葛城は口を閉ざすと、まだ騒然としている会見会場の映像に注視した。




